仙台の街並み。こうした地方都市や海外に転勤するケースは少なくない。充実した転勤生活を送るにはどうしたらよいだろうか?(撮影:今井康一)

サラリーマンにつきものなのが転勤。入社早々転勤になった人もいれば、この秋の辞令で転勤が決まった人もいるだろう。独立行政法人 労働政策研究・研修機構が昨年実施した「企業における転勤の実態に関する調査」調査結果の概要によると、海外も含めた転勤経験者の比率は、全国転勤型の男性正社員を対象にした場合、転勤経験者が「6割以上」いる会社の割合は23.6%。2〜5割程度の会社は4割以上に達する。企業規模が大きくなればなるほど転勤経験者の割合は高くなる。

反対に、転勤経験者がほとんどいない企業はわずか7.8%。転勤の可能性は誰にでもあると考えていいだろう。そこで、今回、先輩たちのアドバイスを基に、若手社員が充実した転勤生活を送るためのポイントをまとめた。

転勤の狙いは人間関係のリセットが目的?


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「いきなり大阪勤務。大学の友達も、同期もいない。会社が終わった後や休日をどう過ごせばいいのか、想像しただけで頭がクラクラしてきました」(不動産・23歳)

ずっと自宅だったので、とにかく1人暮らしが不安でした。ごはんの作り方がわからない。病気になったらどうしよう。アイロンはどうするんだろう。赴任するまで、そんなことばかり心配していました」(金融・23歳)

最大の悩みは、まだ大学生だった彼女とのことでしたね。遠距離恋愛で果たしてもつのか……」(アパレル・24歳)

転勤自体は楽しみだが、友達や家族や恋人と離れることが不安。こんな心理をあげる人は少なくない。

「ブラックと言われそうなので、大きな声では言えませんが、新人の転勤では、これまでの人間関係をいったん断つことを狙いの1つにしているケースは少なくありません」と話すのは、ある大手メーカーのA人事部長。

新人時代は仕事を覚える大事な時期。親や友達から離れて、アフター5も休日も、社内の人間とだけどっぷりつきあう。それが仕事を覚える早道というわけだ。だから、かつては新人全員に一定期間の寮生活を強いる企業が多かった。もっとも集団生活に馴染めない新人が増え、そうした制度はすっかり影を潜めている。

仕事を覚えるだけでなく、知らない地域での1人暮らしは自分を鍛えるチャンス。特に自宅暮らししか経験がない人は、「転勤」を、そんな機会としてとらえてほしい。

一生のつきあいになりそうな先輩と出会えた」(流通・27歳)

「本社に戻って10年近くたつけど、いまだにその地域の人たちに顔が利く。担当部門が変わっても、仕事で役立つことは意外に多い」(運輸・33歳)

というように転勤終了後も、転勤時代の人脈を継続させている人が圧倒的だ。「転勤が多い職場だけど、転勤する都度、地元でのツーリング仲間ができたのはラッキー」(IT・43歳)と、前向きに語っているように、趣味の交友関係の幅を広げた人もいる。

自立した大人になるチャンスと考える

転勤で広がる人脈には2パターンある。1つは、同じ東京からの転勤族同士。お互い寂しいので先輩や上司だけでなく、取引先とも急速に仲良くなることが多い。海外赴任では、よくあるパターンだ。特に苦労が多い新興国や発展途上国では、日本人会の結束が固く、その関係は帰国後も続く。それが結果として円滑な取引に結び付くことが多い。

もう1つは地元のネットワークからの人脈。具体的には、転勤がない地域限定社員、地元企業、海外ならローカルスタッフや取引先などだ。企業が、わざわざ地方や海外に支店、営業所、工場などを設け、東京から人を送っている理由の1つは、地元との関係を強固にするため。だから、転勤したら、当然、地元ネットワークづくりに挑戦したいところだが、これはなかなか難しい。

閉鎖的な地域で誰も声をかけてくれない。本気で会社を辞めようかと思った時期もあったが、半年くらいしてから徐々に仲良くなり、最後は涙のお別れでした。あきらめないでよかった」と話すのは、前出の運輸業界勤務の男性。

同様に、「小さな都市だったので、スーパーで買い物していても、飲み屋に行っても取引先に会う。中でも、初対面でいきなり『常識がない』と怒られた会社の部長に出くわすことが苦痛でたまりませんでした。でも、あるとき、雪で車が動けなくなったときに、たまたま通りがかった、その部長が、一生懸命押してくれたことをきっかけに一気に地元の人たちと親しくなり、毎日が楽しくなりました」(金融・29歳)と、話す転勤経験者もいる。

地域の一員に溶け込むことに苦労した人は少なくない。それでは、どうすれば、地域に溶け込めるのだろうか。

飲み会やランチの誘いは可能な限り参加。家に招待されれば、積極的に行きました。そうした席で、新たな知り合いも増えるという感じで、だんだんネットワークが広がっていった。好き嫌いがないことと、知らない食材を楽しむチャンレジ精神が奏功したと思います」(建設・40歳)

海外勤務では、英語だけで押し通すのではなく、運転手に練習相手になってもらったりしながら、少しずつ現地の言葉を覚えて、英語に交ぜて話すようにしました。だんだん現地スタッフも笑顔を向けてくれるようになった」(メーカー・43歳)

また、祭りなどの行事に積極的に参加することで人脈を構築する人もいる。このように、溶け込むための第一歩は、その地域を知ろうとすること。それが相手に伝われば、その後は、スムーズに進むようだ。ここで紹介した人たちは、いずれも転勤当初に、地元の特産品や歴史を調べ、食べ歩きや名所旧跡めぐりなどを楽しんでいる。すでに興味をもっているので、あとはそれが相手に伝わるのを待つばかりという状態だ。

馴染めずに帰ってくるのはモッタイない!

一方、ほとんど交流することなく戻ってくる人が少なくないのも事実。

「部下のBは、いまだに5年前の赴任先の悪口を言っている。でも、実際は地域に溶け込む気持ちがゼロ。転勤先での人との交流を嫌い、仕事が終われば、逃げるように帰って家に引きこもっていたという。新しい環境を新鮮に感じる感性が欠けているのか。こういう人を転勤させるのは資源の無駄づかいというか、東京でもいらない」(サービス・48歳)

「最近は、SNSで学生時代の友人などと常時つながれるし、ゲームで時間をつぶすこともできる。1人でいることは苦痛ではないと豪語する人間までいる。せっかく転勤したのに親しい人間の1人も作らずに戻ってくる人が増えてきたのは残念」(飲食メーカー・52歳)

「上司のCさんは、工場長としてアジアの某国に赴任したのに、どうしても作業着を着るのが嫌だったらしい。東京や欧州でバリバリやっていた営業マン時代と同様に、上質のスーツで出勤してくることにローカルの人たちは反発。重要情報がCさんに入らなくなって、ちょっとしたトラブルが大きくなった。すぐ異動になったけど、あれって左遷なんだろうね」(商社・29歳)

郷に入っては郷に従え。ほんの少しでもいいから、新しい地域に寄り添う気持ちが大切。それだけで、自分をとりまく環境はガラリと変わるからだ。これまでのライフスタイルに固執する人は、それほど固執すべき理由があるのか、まずはそこから検討すべきだろう。

地域に溶け込まなければならないという難題はあるが、転勤には、さまざまなメリットがある。

その1つは、東京にいるよりもワンランク上の仕事ができることだ。東京は顧客数が多いので、仕事が細分化され、若手の仕事の範囲は限定されている。それに対して、地方では顧客数が少ないので、1人ひとりの守備範囲は広くなる。総務から営業、生産管理までなんでもこなすことだってある。

1つ上、あるいは2つ上の階層の仕事をすることになるので視野が広がる。東京に戻ったときは、上の階層の仕事を理解しているので、自分の仕事の立ち位置を客観的に理解しやすい。

研修で東京の同期と話していたら、自分の裁量が大きいことがわかりました。本社では担当エリア・担当業種が細かく決められていますが、うちの支店では攻め込む業種は自由。自分の努力次第でいろんな戦略を立てられるとわかり、モチベーションが一気に上がりました」(法人営業・23歳)

リーダーになれるのも、どうやら東京より2年程度早いようだ。まとめる人数は東京より少ないので、いい練習になりそう。早くリーダーになりたい」(保険・23歳)

人が少ない分、いろんな仕事を覚えられる

また、一般に、転勤先では東京にいるときよりも、高い職位の人とやりとりするケースが多い。

「うちの場合は、課長クラスでだいたい2階級上の扱いをされるし、地元の名士の1人としてさまざまな場に出ることもあります。ところが、東京に戻っても偉そうにしている『2階級特進の大勘違い野郎』が少なくありません。そこは気をつけたほうがいいが、立場をわきまえれば、若手でもそれなりの扱いを受けるので、いい人脈を築くチャンスだといえるでしょう」(前出のA人事部長)

戻ってからも、「地方に行ったことで季節や特産物などに敏感になり、営業トークが豊富になった」「家族や自宅のありがたみがわかった」「引き出しが増えた気がする」「親しい地域ができて楽しい」といった具合にメリットは多い。

もっとも、どれだけ転勤の意義がわかっていても、知らない地に行くのは、いくつになっても気が重いものだ。

「社をあげてのプロジェクトの立ち上げ要員として、自分が某国の僻地に行く羽目になったときには、意義を一番知る立場でありながら『なんで俺が?』と思ってしまいました(笑)」(前出A人事部長)

楽しい転勤になるかつらい転勤になるかは実は本人次第。一生涯の楽しい思い出となるような転勤にしたい。