企業秘密や個人情報など会社には外部に漏らしてはいけない多くの情報がある。うっかり漏らさないようにするにはどうすればよいのか(写真:ふじよ / PIXTA)

企業のICT化が進む中で、パソコンの社外持ち出し規定をはじめ、情報管理についての社員研修にかける時間は長くなる一方だ。厳重な情報管理の大切さは、誰でも十分に理解していることだろう。

ただ、中には判断に迷うものもある。大学時代の仲間との飲み会で仕事の話をするのはどうなのだろう? 同期の恋愛話や上司のカツラ疑惑、先輩が嘆いていた健康診断の結果などを人に言うのは? いらない名刺のポイ捨ては? いったいどこからどこまでが情報管理の対象になるのだろうか。そこで今回は、情報管理のマナーについてまとめた。

漏らすと損害を被る情報=「企業秘密」


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「情報管理は、シンプルに考えたほうがわかりやすい。まず『企業秘密とは何か』から考えてみましょう」。こう話すのは、『本当にあったトンデモ法律トラブル』(幻冬舎新書)、『説得の戦略』(ディスカヴァー21)などの著書がある元銀行マンで弁護士の荘司雅彦氏だ。

「企業秘密」とは、一言でいえば、漏洩すると会社に損害を与える可能性がある情報のことだ。会社にとって価値ある情報と言い換えることもできるだろう。就業規則などで、漏らしてはいけない情報について具体的に書いている企業も多い。

「最もわかりやすいのは新聞社や出版社などでしょう。新人の時から、取材源が誰なのか、どういうスクープを狙っているのかといったことは絶対に外部に漏らしてはいけないと厳しく言われているはずです。一方、難しいのは金融機関やメーカーなどの取引先名簿や名刺などの扱いでしょう」(荘司氏)

たとえば、銀行やメーカーの営業マンが、「いつ、どの会社のどの部署の誰に会った」という情報は、ライバル社や関連業界の人間が知れば、どんな案件を進めようとしているのか、ある程度推測できる。だから、取引先名簿や名刺は、かなり企業秘密に近いといえるだろう。

しかし、メガバンクのA社がJR東日本と取引をしているといった情報だったらどうだろうか。大半の人が、そうした取引先の情報を知っているし、新聞等で報道されることもある。そうした観点から見れば、取引先名簿や名刺などは企業秘密というほどのものではないことになる。

また異業種交流会などに頻繁に参加したり、あいさつ回りの機会が多く、不特定多数の名刺をたくさん持っているような人の場合も、名刺の束に意味はない。それを捨ててしまったとしても企業秘密の漏洩にはあたらない。

ただ、名刺やメールアドレスなどが入った名簿などは、「個人情報」に該当する。特に、データ化して検索ができるような形にしている場合などは、個人情報保護法の対象になり、きちんとしたデータの管理が要求される。データ化している場合は、外部に流出しないようにパスワードを設定したり、名刺も破棄する場合は、シュレッダーにかけたりするなどして他人の手に渡らないような対策を講じるのが重要だ。

電車や飲み屋では誰が聞いているかわからない

「うちの会社が、ロケット開発で有名なB社と取引していたとは知らなかった」「来年から海外展開か。楽しみだなぁ」「業績最悪! ボーナス出るのかしら?」――。

社内研修や社員説明会などの場で、会社の業績や、社内の開発動向などについて話を聞くことが多いだろう。そこには、経営戦略から教育ノウハウまで情報がぎっしり詰まっている。研修はある意味、企業秘密の塊ともいえるわけだ。この研修の内容を外部に漏らすのはもってのほか。大抵は、研修中に研修内容について、外部にしゃべったり、飲み屋等で話題にしてはいけないと注意はしているはずだ。

ところが、同じ話を聞いた社員同士が、帰りの電車の中や、帰りに立ち寄った居酒屋などで、研修内容をさかなに話が盛り上がることは多い。全員の共通話題だから当然だろう。他部署に移った同僚や、同期と久々に会える機会でもあり、そうしたうれしさや研修が終わった解放感などが加わり、いっそう口が軽くなるわけだ。

電車の中や居酒屋にライバル社の社員やライバル社の取引先などがいれば、情報漏洩につながる。そうした公衆の場で、社外に漏らしてはいけない話は慎んだほうがいい。

最も危険なのは、学生時代の同級生の集まりだろう。典型は、新しい環境になじめず不満がたまってのうさ晴らしの飲み会。もちろん、こういう場があるから、つらいことがあっても、何とか乗り越えられるのも事実だが、一歩間違えれば情報漏洩につながる。

「サービス残業ばかり。うちってブラック?」「C社と取引しようと必死になっちゃってさ。お前の会社がすでに取引してるんだろう? これって無駄な努力だよね」「D社から切られちゃって社内がカリカリしていていづらいんだよね」……。

同じ学部、学科の同級生の場合、同業他社に勤めているケースは多い。

「信頼関係が厚ければいいかもしれないけど、必ずしも、そうとは限らない。上司から『同級生にE社のやつがいるよな。ちょっと聞き出してこい』なんていってICレコーダーを持たされるケースも考えられます」(荘司氏)

たとえば証券会社なら、うかつに自分の担当エリアや具体的な客の名前など挙げれば、翌日、友人の会社の営業マンが、自分の会社より安い手数料を手土産に客を取りにくるといったこともあるわけだ。悪意がなくても、面白い話であれば、同業他社の友人が、翌日、社内でしゃべってしまう可能性もある。

SNSも要注意だ。「会社の研修で導入予定のF社のアプリの講習を受けた」など、何気ない書き込みでも、読む人によっては、社内の状況がわかる貴重な情報にもなる。さらに、写真にも気をつけたい。たとえば納会の様子や、退職した社員を囲んで社内で撮影した記念写真をフェイスブックやインスタグラムなどでアップすることもあると思う。その際、背景に「売上高○○万円目標」といった標語や、発売前の試作機など、「外部に漏らしてはいけないもの」が映り込まないようにしておきたい。

故意に情報漏洩すれば、刑事罰の対象に

漏洩を引き起こしたらどんな罰則があるのだろうか?

「情報を漏らした場合、程度にもよりますが、懲戒処分を受けるおそれがあります。重大な情報でなければ、通常、お仕置き的な戒告(口頭で注意)や譴責(けんせき・始末書など)で済むことが多いでしょう」(荘司氏)

ただ、よほどひどければ、停職、減給処分で、最悪は解雇。それに損害賠償が加わることもある。

「不正競争防止法に該当するような場合は別として、企業の対外的信用にもかかわるので、損害賠償請求訴訟まで提起されることはめったにないでしょう」(荘司氏)

それに対して、企業秘密を意図的に持ち出し、ライバル会社に転職などすれば、事情はまったく変わってくる。その場合は、不正競争防止法違反という刑事罰になる。

名刺のところでも触れた「個人情報」については、どこに気をつけたらいいのだろうか。

面接などでは、親の職業や宗教などを聞いてはいけないといった話を聞いたことがあるが、同期や先輩などに聞くのはどうなのだろうか。もし、聞けば、個人情報保護法にひっかかるのだろうか。

「面接で禁じているのは法律ではなく、厚生労働省が定めている面接のガイドラインです。本人の能力以外のことが採用に影響してはいけないので、聞くのはやめましょうというわけです。一方、個人情報保護法とは、会社が『個人情報』として収集して管理しているものを外部に漏らさないように保護する法律。ですから社員同士で聞くことについては、個人情報にあたりません」(荘司氏)

「あの人、ああ見えて東大卒だって!」「課長のところ、先週、赤ちゃんが生まれたんだって」「あの2人、別れたらしいよ」「やだ! 同期のDさん、取引先のEさんと不倫?」……。

「このような井戸端会議的なうわさについては、法律はタッチしてません。唯一取り締まるとすれば名誉棄損や侮辱罪。本当に最悪の場合は、刑事事件に発展することもあります」(荘司氏)

ちなみに名誉棄損の要件は3つ。1つは公然と不特定多数の人に漏れる可能性があるかどうか。不特定多数の人に伝わっていく可能性があるのかどうか。2つ目が、その人の社会的評価を下げるかどうか。たとえば、「あの人には前科がある」とか、「会社のおカネを使い込みしたことがある」などは、その例だ。仮に事実でも、社会的な評価を下げる可能性があれば該当する。そして3番目が程度の問題。あまりにひどいレベルであれば、損害賠償が発生したり、最悪、刑事告訴されることもある。うわさ話もほどほどにしておくほうが無難そうだ。

「急ぎでAさんの連絡先を教えてください」への対処法

「急ぎなんですが、Aさんのケータイの番号を教えてくれませんか? メールアドレスでもいいよ」――。電話の取り次ぎをする機会が多い若手社員の中には、こんなケースに遭遇した人もいるのではないだろうか。

アドレスや会社が支給しているケータイについては、多くの場合、外からの問い合わせに対して、ケータイの番号やアドレスは教えるのか、それとも本人の了承なしには教えないのかを社内、あるいは部門ごとに決めているので、わからなければ確認しておこう。

悩むのは、会社からの支給がなく、個人の携帯電話を仕事にも使っているケースだろう。

「個人の携帯電話の番号を無断で外部に教えれば、これは、個人情報保護法にひっかかる可能性があります。部下であっても会社の人間。会社が預かった携帯の電話番号という個人情報を漏らしたということになるわけです。場合によっては漏らした本人と会社(使用者責任)が、損害賠償義務を負うこともあります」(荘司氏)

携帯電話の番号だけでなく、同僚の自宅住所や年齢、家族構成などを、本人の断りなしに漏らすこともNGだ。

これまで述べたように、会社にはさまざまな情報があふれているが、若手社員が、どの情報は機密で、どの情報はそうではないのか判断するのは難しい。本来は会社の教育の問題だが、習ってないから知らなかったでは済まされないケースもある。

新しい情報にふれるたび、その情報は「企業秘密」か「個人情報」か「単なる井戸端会議」か、考える癖をつけておくといいかもしれない。