「この難局を乗り切ることができるのはオレしかいない」の自負のもと3期目の幹事長に就任した田中角栄は、その“ヤリ手”ぶりをいかんなく発揮した。

 就任翌年の昭和44年1月からの通常国会は、何とも異常なものだった。野党の抵抗も強かった大学運営法(大学運営臨時措置法)、健康保険法改正、国鉄運賃法改正など重要法案が多く、自民党の衆院での単独・強行の採決は実に15回、参院でも5回というありさまだった。徹夜国会もまた衆院で4回、参院で2回といった具合。健康保険法改正では本会議採決を巡って衆院の正・副議長のクビも飛んだのだった。そうした中での田中の国会運営の最大の難関は大学運営法であった。
 折から、前年1月に東大医学部での登録医師の反対、また青年医師連合を認めようとするストライキを発端として、各地に大学紛争としてのデモなどが広がった。これはやがて社会問題化し、田中にとってはこの問題の沈静化、解決は「待ったなし」を突き付けられた格好だった。社会、公明、共産の野党3党は「この法案は大学改革に名を借りた治安立法である」と強く反発。一方で、同じ野党の民社党が自民党に理解を示すなどで対峙する図式となった。

 田中は終始、強気で、ここでも最終的に強行採決による法案成立の姿勢を崩さなかった。衆院ではモメ抜いた揚げ句ようやく通過、参院でいよいよ成立するという緊迫場面を、当時、田中幹事長秘書として間近に見ていた早坂茂三(後に政治評論家)が、その著『政治家田中角栄』(中央公論社)の中で「田中が国会運営でこれほど激高した場面を私は知らない」として、重宗雄三参院議長に本会議の開会ベルを押させるシーンを次のように生々しく述懐している。

【8月3日(日)。午後5時過ぎ、幹事長室】
 二階堂副幹事長 重宗の態度がおかしい。
 田中幹事長 あのジジイは、ぶったたいてやる(廊下に飛び出して参院議長室に駆け込む)。
 重宗議長 角さん、あんた、オヤジ(佐藤栄作首相)を無視してやることはないというハラだったのじゃないか。あんた、オヤジにちゃんと打ち合わせてやっているのか。
 田中幹事長 ナニ言ってんだ、ジイさん。あんたたちはもう子供が全部でき上がっているから、そんな極楽トンボでいられるんだ。学生を子に持つ日本中の親たちは、一体どうするんだ。自分たちの食うものも削って、倅や娘に仕送りしているんだ。ところが、学校はゲバ棒で埋まっている。先生は教壇に立てない。勉強する気の学生は試験も受けられん。こんなことで卒業できるのか。就職できるのか。みんな、真っ青になっているんだ。気の弱い学生は大学にも行けず、下宿でヒザを抱えているんだ。だから、いいからジイさん、早くベルを鳴らせ。やらなきゃ、このオレが許さんぞ。
 重宗議長 まあ、角さん、そうガミガミ言うな(重宗議長、保利茂官房長官に電話)。(電話で)保利さん、角さんが何と言ってもやれと言っているんだ…。

 結局、重宗議長はこの田中とのヤリトリから約2時間後、本会議開会のベルを鳴らすことになり、午後8時8分、ようやくモメにモメたこの大学運営法は可決、成立となった。
 この法律の施行によりやがて全国の大学紛争は下火になっていったが、田中は法案成立から1週間後の『毎日新聞』で、なぜ強行突破の国会運営を行ったのか、断固たる自らの政治姿勢を次のように“開陳”したのだった。
 「議会制民主主義は、多数決原理の承認と、少数意見の尊重を二つの柱としているが、社会党はことイデオロギー問題をみる場合、多数決原理の承認を拒み、少数意見の貫徹に固執する。もし、自民党が社会党の抵抗に屈し多数決原理の適用にためらえば、政権を担当するわれわれが国民に公約した政策の実行は困難となり、政治は停滞、国会はただ制度として砂の上でだけ存在するにすぎなくなる。その結果、国権の最高機関たる立法府に対する国民の信頼感は、著しく低下することが避けられなくなる。
 議会政治はもともと、国会制度だけでなく、国民の直接選挙による政党批判と一体のものとして成立しているものだ。衆院4年間の任期中に、与野党が多数決原理の承認と少数意見尊重を前提とし、多数党の責任で政治を行うのは当然である。その政治が国民多数にとって現実的な不利益を招いたとすれば、次の総選挙において国民は必ず公正な審判を下し、必要とあれば政権担当者の交代を求めるであろう。私は、議会制民主主義の生命線がここにあると信じている」(昭和44年8月10日付)

 ここでの田中の話の通り、この年12月、佐藤首相は衆院を解散、総選挙をもって国民に信を問うことになった。さて、国会は佐藤政権の一連の政権運営にどう判断を下すのか。選挙の指揮を執る田中の前には、またまた新たな二つの懸案が立ちふさがることになるのである。(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。