スマホなどでこの記事を見ている方は、とりあえず次の画像を拡大してみてほしい。
線を使わずに無数の点で描く“点描”というスタイルで描かれたこの作品は、喫茶店などで手に入る紙ナプキンに描かれたもの。
よく見るとうっすらと、あの独特の凹凸のある紙が使われていることがわかるはずだ。



Twitterフォロワー数約1万2千人のクリエイター、エル坊さん


月や星、動物たちといったキャラクターが登場し、絵本のようにファンタジックな世界観を持つこのこの紙ナプキンアートたち。Twitterで話題を呼び、現在制作者のエル坊さんのフォロワー数は約1万2千人に膨れ上がっている。時おり「夏は汗めっちゃ吸われるので紙ナプキン絵描けないですね」といった制作ウラ話も目にするこのアカウントでは、紙ナプキン作品とはガラッと切り口を変えたマンガや絵日記なども公開されていてとても興味深い。作品づくりなどについて、ご本人に話を聞いてみた。



――エル坊さんのプロフィールを教えていただけますか?
エル坊 酉年の23歳です。まだしばらく大学生です。

――紙ナプキンアートはいつ頃、どんなきっかけで始められたんでしょうか?
エル坊 大学2年生の頃にバイトの合間に入ったカフェで、スケッチブックも何もなかったので目の前にあった紙ナプキンに落書きしてたんです。紙ナプキンって吸水性がすごいので、線を重ねるとカピカピになっちゃうんですけど、点で陰影をつけてみたら独特な雰囲気が醸し出されて……。ちょうど紙の凹凸加減がキャンバスっぽく見えるんです。それ以降、紙ナプキンに魅了されました。



お気に入りは“あの”カフェチェーンの紙ナプキン


――ちなみに、「ここのお店の紙ナプキンが描きやすい!」だとか、こだわりはあったりするんですか。
エル坊 いろんな喫茶店のを試しましたが、エクセルシオール カフェのが一番よかったです。紙質がしっかりしていて折り目も綺麗なので。

――なるほど。すごく細密に描かれた作品ばかりですが、1枚につきどのくらい時間をかけて描かれるんですか?
エル坊 肩こりの具合によりますが、休日なら寝食忘れて2日くらい、平日なら1週間かかります。あと夏は汗で紙ナプキンがうねってしまうのと夏バテで、大幅にペースダウンします。サマータイム3週間くらいです(笑)。



――じゃあまだ今はツラい季節ですね……。素朴な疑問なんですが、使っているのは普通のボールペンですか?
エル坊 ペンは三菱のキャップ式ユニボール・シグノの極細0.28を使用しています。ゲルインク(編注:水性でにじみにくいインク)でこれ以上細いものは見たことないです。目撃情報あればお教えください。

友人には「気味悪い絵」ってよく言われます(笑)


――エル坊さんの描かれる作品には時代を感じさせない独特な雰囲気がありますが、普段どんな作品に影響を受けているのか気になります。画家や作家など、好きなクリエイターはいますか?
エル坊 クリエイターというより巨匠ですが、マルク・シャガール(『愛の画家』と呼ばれ、色使いの鮮やかな作品の数々で知られる)を勝手に師と仰いでます。シャガールは絵で詩を綴っています。無性に悲しくなったり、喜びに舞い上がりたくなったり……。子供のように無邪気なんです。成長してタマネギみたいになった我々の心の薄皮を優しく、たまに暴力的に剥がしていくような力が、シャガールの絵にある気がします。
あとは小説家の稲垣足穂と詩人の中原中也。稲垣足穂は“見慣れた街の見慣れない玩具屋さん”みたいな、子供の頃夢見た童話をぐちゃぐちゃに攪拌して結晶化させた飴玉のビンみたいな、そういった混沌とした話が好きです。あとは月や星をモチーフにした話が多いので、天体好きとして無条件に惹かれます。中原中也は幼稚園の頃に買ってもらった絵詩集が好きだったので、それで。

――エル坊さんの好きな感じがちょっとだけわかった感じがします。紙ナプキンの作品はかなりの点数を公開されていますが、各作品に共通したテーマはあったりしますか?
エル坊 観て美しいと思う絵はたくさんあります。色の組み合わせとか曲線の重なりだとか。でもそういった脳の“美的感覚受容野”を刺激したいというより、もっと心の奥底にある、感情の滞ってドロドロした部分を揺らしたいと思っています。脳の原始的な部分は怒りや恐怖などの感情を支配しているって言いますが、哀しみや懐かしさや不安……そういう感情を描きたくなるのか、友人には「気味悪い絵」ってよく言われます。褒め言葉です(笑)。
描きたいのは、初めてなのに昔見たことあるような「記憶の風景」です。デジャヴでもない、眼で見たことないって知ってるのに、身体のどっかの細胞が知ってる。その細胞が心だったらいいんですけどね。そんな絵を描きたいです。



作品1枚1枚が、語り手の違う物語になればいい


――だからこそ、みんながエル坊さんの作品に魅きつけられるんじゃないかと思います。背景が都会や森、海だったりといろんなシチュエーションの作品がありますが、1枚ごとの作品の世界というのはエル坊さんの中では繋がってるんですか?
エル坊 繋がったり繋がらなかったりです(笑)。でも、よく描く人物(?)はいます。キャラクターというよりは、象徴という意味合いです。例えば悲しみを描く場合は脚長の猫の踊り子、自分を見失ってさまよう姿は帽子の長い影男、寂しさは道に迷った猫、慈しみは魚の眼、孤独に死にゆく者としての天使……。
どちらかと言えば、大きな世界を小さく切り取った世界が、1枚1枚の絵になっているのかと。現実の世界も、生き物の数だけ視点があって独自の物語を紡いでるわけですから、自分が描く絵の1枚1枚が、語り手の違う物語になればいいと思っています。



――最後に、ほとんどの作品に月が描かれていますが、それには何か意味があるんでしょうか……?
エル坊 単に星空が好きなんです。高校生の頃は天文研究会に入ってました。あとは猫が好きです。点描やってるので、陰影のつきやすい夜が描きやすいってのもあります(笑)。月は太陽や他の恒星の光を反射して光っているわけですが、一度“死んだ”光を浴びて我々は眠ります。光の成分は昼も夜も同じはずなんですが。
そういった、一歩だけ死に近い世界で静かに語られる“夜伽話”が、人々の想像力をくすぐり後世へ語り継がれてきたのではないかと思います。月は語り手ではなく、物語に自然に組み込まれた聞き手なんでしょうね。そういった意味で、無意識に月を描くのかと思います。



描くイラストのように丁寧で、言葉の選び方の繊細さが印象的だったエル坊さん。現在の活動は「完全に個人の趣味」と言うが、「学生のうちに1冊、本を出そうかと思っています。1文1絵、ページをめくる度に違う物語、話の結末はご想像におまかせ、みたいな感じのテイストで。できましたら購入検討お願いします(笑)」とのこと。
それまでTwitterやtumblrで時おり公開される作品を、じっくり楽しんでみては?
(古知屋ジュン)