ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。アニメ『マクロスΔ』について語り合います。


最近流行りのアイドルもの……いやいや最初からアイドルものですよ、マクロスは!


飯田 『マクロスΔ』は『マクロスF』以来8年ぶりとなったTVシリーズで、今回は5人のユニットアイドルである“超時空ヴィーナス”ワルキューレが登場し、空戦パートのほうも主人公たちケイオス側と敵であるウィンダミアの空中騎士団のチーム戦が描かれると。「複数」ってのが今回のひとつのポイントです。人数がとにかく多い!
 あらすじ的には、人びとの理性を失わせる「ヴァール症候群」を抑制・予防する音楽活動「ワクチンライブ」を行う戦術音楽ユニット“ワルキューレ”と、彼女たちを護衛する“Δ小隊”が所属する星間企業複合体ケイオスが所有する超巨大な船団マクロス・エリシオンを軸に繰り広げられる物語であると。で、敵対するウィンダミアというのは、もともと統治されていた地球人たち新統合政府に二度目の反旗を翻して独立戦争をしかける側で、ヒロインのフレイアはウィンダミア出身だというねじれがあると(ケイオスは新統合軍から依頼を受けてウィンダミアと戦う)。
 僕は『マクロスF』のころからファンクラブに入ってくるくらいにはガチ勢で、今回も推す気満々で観はじめまして、先日もファンクラブイベントに普通に行っています。ライターとしても今回の主役であるフレイア・ヴィオン役の鈴木みのりさんにすでに4回も取材しているという……。

藤田 ぼくも基本的には面白く観ています。26話構成で、この対談の時点では折り返し地点をすぎたあたりですが…… 14話まで観た今の印象としては、1〜4話辺りが、戦闘と歌の組み合わせという、マクロスシリーズの基本的な快楽を存分に味わえる回。そこから徐々に「三角関係」にまつわる人間関係と背景の政治的な状況をじっくり描いている感じでしょうか。全体として、対テロ戦争や、暴動などが意識されている。空中戦の動き、アイドルショーの画面構成の快楽、歌の組み合わせなどなど、最初の数話は目を瞠りましたね。
『マクロス』マニアとは言えないぼくの感想としては、今までのマクロスにプラスして、最近流行しているような「アイドルもの」の要素が入った印象を受けます。

飯田 いや、『マクロス』は最初からアイドル出てるからねw 初代のリン・ミンメイも前作『F』のシェリル・ノームもランカ・リーもアイドルだから……。『マクロスプラス』は人間じゃないバーチャルアイドルのシャロン・アップル。
 ただマクロスは毎回アイドルというわけではなくて、『マクロスII』や『マクロスゼロ』は歌巫女、『マクロス7』はバンド。
 アイドルアニメとしての『Δ』の特徴のひとつはライブシーンが作画である点。最近はやりのセルルックの3DCGでライブシーンを描く、という手法ではない。河森正治総監督が手がけた『AKB0048』や前作『マクロスF』の劇場版では3DCGを使っていたんだけどね。

藤田 なるほど。技法面ではそういう差異化をしているわけですね。ところで、リンゴを出荷している惑星ウィンダミアという寒そうな惑星出身で、なまりのある女の子が、今回のヒロインの一人のフレイアですね。
 ウィンダミアって、青森をモデルにしているんでしょうか?w

飯田 あのなまりはキャストの鈴木みのりさんが愛知県出身ということで三河弁がだいぶ入りつつ、脚本・監督が考えた適当な方言もミックスされた架空の方言ですね。
 といって別に名古屋がモデルということでもなく、ウィンダミアという名前自体はイギリスにもあるらしいんだけど、基本は北欧神話のイメージ。「フレイア」という名前も北欧神話から来ている。ウィンダミアに落とされた次元兵器によってバカでかく空いた穴はギンヌンガガプ(世界のはじまりの前に存在していた巨大な裂け目)のイメージかなと。ちなみに北欧神話のフレイアはドエロい女神なんですが、『Δ』では性的な要素はみじんもない元気っ子ですね。

ヴァール化やウィンダミアの主張は昨今の国際問題の象徴か!?


藤田 人間を暴徒にさせる「ヴァール症候群」と、それを解除する「ワルキューレ」の歌、という設定は、どことなく、伊藤計劃さんの『虐殺器官』で書かれた「虐殺の言語」を早期させます。ある種のプロパガンダや洗脳のメタファーのようでもありますが。

飯田 ひとびとが理性を失うヴァール症候群はヨーロッパを混乱させている難民問題やイスラーム国によるテロリストが潜伏しているかもしれないという恐怖を翻案したものだと思います。

藤田 ハードパワー(軍事力)と、ソフトパワー(文化力)、その両方の力を用いた衝突それ自体の隠喩のような作中の戦争だなぁ、と。アニメそのものが、ソフトパワーとして機能する現実の状況が入れ子になっていて、なかなか不思議ですし、作中のハードパワー(軍事力)に対して、ソフトパワーを行使するフレイア(たち)は良いと思っていないという対立も持ち込まれている。

飯田 ウィンダミア人はEU離脱を決めたイギリスのようにも見えるし、暴虐のかぎりを尽くすアサド政権に対して立ち上がったイスラーム国のようにも見える(もちろん、『Δ』の制作はEU離脱が決まるずっと前からつくられているけど、昨今の民族問題/難民問題を意識していることは容易に想像される)。ウィンダミアの軍人は自分たちの正義を疑っていない。「僕たちが生きているこの現実をデフォルメして、いま世界中で起こっていることを移民船団のお話として押し込めると、とても変なものに見える」と河森さんは意っているけど、かなりシリアスなことをデフォルメして描いていると思っています。
 ウィンダミアの空中騎士団は『ソードアート・オンライン』に出てきそうな感じだよね。メガネをかけたロイド様とか。他の作品だったら味方のほうにいてもおかしくない。そういう連中と戦わせるからこそ、戦争のエグさが出る。

藤田 敵側も感情移入できるように描いているのは特徴の一つですね。
 「音楽の力で人類はひとつになる!(かもしれない)」的な希望のニュアンスもどこかに匂わせつつ、その「ひとつにさせかた」の違いが、二つの勢力によって代表されている。伝統主義的な価値観を持つ敵の使う歌は、全体主義的に人間を管理する効果を持つ歌かな。主人公達の歌は、自由とか個とかを解放する感じ。ヴァルキューレの側は歌だけではなくて、色味や演出も、躍動、解放、快楽の側面は強い。観客はそれをダイレクトに感じるわけですね。

飯田 河森さんが面白いのは、ウィンダミアのほうが洗脳ソングなんだけど癒しのニューエイジ系の歌で、それに対して洗脳を解くワルキューレのほうが激しく理性を吹き飛ばすようなアッパーな歌なんだよね。ワルキューレの歌詞には「理屈なんか無視して」みたいなのがたびたび出てくるんだけど、実際はヴァール化を抑止してまともな人間にとどめておく効果をもっている、というねじれがある。
 ちなみにこれは『マクロスプラス』のシャロン・アップルの歌もそうで、バーチャルアイドルであるシャロンの歌はバキバキでデジタルなものではなくて、動物的な菅野よう子の曲に合わせて自然が似合う新居昭乃の声で歌われていた。これは意図的なものですね。

藤田 歌詞の中に、「身体」とか「風」ということもよく出てきますね。アニメなのだから、原理的には存在していないそれを観客にも感じさせようとしている。「風」は、全体の重要な概念にもなっているようですし、主人公達にとっても敵軍にとっても重要な、共通するキー概念になっている。

飯田 河森さんに取材したときに聞いたら「いかにもな洗脳ソングだとつまらないし、逆にリアリティがない」と。一見そう見えない、聞こえないものが洗脳の効果を持つほうがこわい。

ミュージカルのように演出された迫力の空戦シーン


飯田 風といえばヴァルキリーの空戦の風の演出もすごい。
 今回の3DCGチームは板野一郎直系でミリタリー描写を『F』のTVシリーズより徹底していて、たとえば漫画的な効果線による速さの演出は禁止! 動きだけで速度を表現している。パイロットひとりひとり性格に合わせて機体の飛ばせかたが違うとか、こだわりが細かすぎて、一回見ただけだとわからない。今回はヴァルキリーがダンスするのも特徴で、流して見てると速すぎてよくわかんないけど、冷静に考えると「こんなんよく作ったな」と思う動きです。

藤田 空中戦はすごいですねぇ…… 『スカイクロラ』の2万倍ぐらい動いているんじゃないかと思いました。

飯田 メカに3DCGの全勢力を注ぐことにしたことも、ライブシーンのキャラが作画でやることになった理由のひとつらしいけどね(もうひとつは3DCGのアイドルアニメが増えたので、ひとの後追いとか真似がきらいな河森さんが、じゃあ……ってことだと言っていた)。
 空戦シーンはミュージカルみたいに演出しているとCGチームの方が言っていました。歌と歌詞に機体の表現を合わせると。これはほかの萌えミリにはあまり見られない演出かなと。戦闘の盛り上がりとサビがもろかぶりすると爆発恩と歌のクライマックスが重なって音がうるさくなるから着弾やその音をちょっとだけずらすとか、職人的なテクニックが駆使されているのが『マクロス』の頭のおかしいところです。

藤田 ぼくはこの演出のスピード感って、過集中型のフローに似た感覚の印象を受けるんですよね。過集中しているんだけど、同時に全方位にもアンテナをビンビンに張っていて、それに対して流れるように呼応していく感覚。……それを描く能力は、脱帽です。本当に凄い。
 ただ、敢えて不満を言えば、「スピード感」のある演出が全力になる回とそうじゃない回があって。……シリーズものなので、仕方がないし、脚本的にもクライマックスに向けて盛り上げていく流れになっているとは思うんですが(これから観れるのでしょうけど)、今のところはまだ不完全燃焼感があります。

飯田 そうですね。さすがに毎回全力だとスタッフが死んでしまう……。