「ビッグデータ」という言葉が注目されている。野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部主任コンサルタントの鈴木良介氏にビッグデータが関心を集めるようになった背景(上)と、これからの展望(下)を聞いた。

写真拡大

 「ビッグデータ」という言葉が注目されている。「テラバイト(1024ギガバイト)」「ペタバイト(1024テラバイト)」など通常のデータ分析ツールでは解析が困難な巨大なデータといわれている。そのような巨大なデータを分析するためのツールが確立されつつある中で、ビッグデータを活用した新しいサービスも出始めた。

 総務省が組織した「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」の委員の一人で、ビッグデータの活用事例について詳しい野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部主任コンサルタントの鈴木良介氏にビッグデータが関心を集めるようになった背景(上)と、これからの展望(下)を聞いた。(2回シリーズの1)

――そもそもビッグデータとは?

 ビッグデータの定義については、議論百出で明確な定義はありません。わたしは、「事業に役立つ知見を導出するための、「高解像」「高頻度生成(リアルタイムであること)」「非構造なものを含む多様」なデータと定義しています。この場合、事業には行政が行う社会システム維持などの取り組みも含めます。

 高解像、高頻度生成、多様・非構造なデータというのは、結果的にデータ容量が大きい、すなわち、「ビッグデータ」ということになります。データサイズの大きさに注目が集まりがちですが、経営者にとって収益の向上など事業に役立つかどうかという点が重要だという考え方です。

――「高解像」とは、どういうことですか?

 解像度という言葉は、デジタルカメラなどで使われる言葉です。同じ事象(たとえば、デジカメであれば写真)の状況を、どれだけ細かく説明できるかということです。たとえば、マーケティングでのデータ活用について例を取ると、従前は、「30代男性は、こういう趣味志向を持ちがちで、こういう特性があるから、こういう商材を売ろうとすれば、買ってもらえるのではないか」という「解像度が低い」分析をされていました。

 「解像度が高い」とは、「30代男性」をひとくくりにせず、それぞれ異なる生い立ちを持ち、趣味志向も異なり、ある商品に対する反応もそれぞれに違う個々の30代の男性を一人ひとり分析することです。現在では、解像度が高い情報の取得が可能になり、個々のお客さんの趣味趣向に合ったプロモーションができるようになっています。

――なぜ今、ビッグデータが注目されるのでしょう?

 理由は3つあります。実は、様々な事象からデータを吸い上げて、それを活用しようということは、以前から繰り返し言われてきました。1990年には「高度情報化社会」、2000年に「ユビキタスネットワーク」など、10年周期くらいで、IT業界において全体最適に関する議論が行われてきています。2010年−2011年のタイミングで出てきたのが、「ビッグデータ」です。

 この10年間、電子化・自動化の進展は目覚しいものがありました。消費者を取り巻く環境は著しく進展し、解析に利用できるデータの取得や蓄積が手間的にもコスト的にも容易になるという大きな変化がありました。

 象徴的な事例は、「Suica(スイカ)」などの電子マネーです。今ではみなさん当たり前のように持っていて生活の一部に根付いてしまっていますが、出てきたのは2001年。しかも、ショッピングに使われるようになったのは2004年です。

 また、2001年にNTTドコモから「FOMA」が出て、移動体通信の回線が太くなりました。さらに、FOMAによって携帯電話に標準的に位置情報を取得するためのGPSユニットが搭載されるようになりました。位置データが大事だという話は80年代、90年代から言われてきました。そのデータを取得するためのコストが高過ぎて、現実に活用できるコストではないという議論が長く続いていたので、GPSユニットが携帯電話に搭載されたというのは、とても大きな変化だったのです。

 たとえば、2001年の時点でGPSユニットは、1個十数万円でしたが、今では1個数百円になっています。今ではGPSユニットをおもちゃに積んでも惜しくないといわれるくらいに安くなり、データが取得しやすい環境が整備されてきました。これは、極めて重要です。

 ちなみに、2006年までにはなかったサービスは、facebook、Twitter、iPhoneなどです。さらに、2001年まで遡ると、WikiもYoutubeもGmailもなかったのです。「Web2.0」、「CGM」のような消費者由来のデータを上手に活用しましょうという議論は2004年頃に出てきていますが、今では、それがSNSになって実社会で流行しています。

 2つ目は、事業者側の観点でいうと、IT投資、IT活用は、ここ20年くらいやってきているのですが、電子化・自動化というステップを経て、データに基づいて事業を良くする知見を導出するところがでてきています。これまで蓄積したデータを収益に結び付けたいという意識が高まったところに、タイミングよく出てきた「ビッグデータ」という言葉が大きく広がったといえます。

 一例をあげると、企業では営業管理の効率化でCRMシステムを導入している企業が多くあります。昔の営業日報を電子化・自動化したものがCRMというと分かりやすいと思います。ところが、CRMシステムは導入が進み、往訪先や訪問目的、成果などは入力されていますが、溜まったデータによって、売上の向上に役立っているかという段階に進むと、うまくいっているとはいえないのです。電子化という第1の壁は越えているのだが、第2の壁を越えるところまではいっていないという問題意識が出てきました。

 3つ目は、ツール類、技術類、サービス類などが充実してきたということがあります。特にクラウドコンピューティングが登場してきたことが大きいと思います。クラウドはビッグデータのゆりかごといえるかもしれません。

 いざ、大量のデータを処理してみましょうとなったときに、いかにPCが安くなった、並列分散処理のソフトウェアHadoopが無料で使えるといっても、手元に分散処理環境をつくるのに数億円の設備投資が必要だと聞いたら、多くの企業が二の足を踏んでしまいます。ところが、クラウドサービスにログインしたら、使っただけの課金で並列分散処理を試すことができるという大変便利な環境が用意されています。大量データを分析するための敷居が下がったことで、データ分析のトライアンドエラーの絶対量が増え、それによって成功事例が積みあがっていくために、予算をつけて分析をする企業が増えるという循環が期待できます。

――「ビッグデータ」は、「高度情報化社会」「ユビキタス」と違って、手応えのある果実が手に入るということですか?(つづく)(編集担当:徳永浩)