三菱自動車の決断に驚きの声が上がっている。欧州唯一の生産拠点であるオランダの工場を、バス製造などの現地メーカー、VDLグループに1ユーロ(約97円)で売却すると発表したのだ。タダ同然のバーゲン処分とあっては「なぜだ」の声が渦巻くのも無理はない。
 この工場は1991年にオランダ政府と三菱自動車、スウェーデンのボルボによる合弁会社ネザーランド・カー(通称・ネッドカー)としてスタート。'99年に三菱自がオランダ政府から株式を購入し、2001年にはボルボからも株式を取得して三菱自の完全子会社に組み込み、欧州向けに『コルト』と『アウトランダー』の生産を行ってきた。工場は敷地面積92万7000平方メートルと広大で、現在の従業員は約1500人。資産価値は邦貨換算で384億円とされる('10年度)。

 繰り返して言うが、その工場を三菱自動車はわずか1ユーロで叩き売るのだ。結果、来年3月期に土地や建物の売却損など約280億円の特別損失が発生する。
 「背景にあるのは欧州の販売不振です。というのもピークだった'08年3月期には約34万台だったのですが、昨年の3月期には21万8000台まで落ち込んだ。ジリ貧に伴いコスト競争力が大幅にダウンし、今年の2月には、年内で欧州生産からの撤退を表明する事態に追い込まれたのです。このとき益子修社長は、工場閉鎖か、それとも第三者への売却かで随分悩んでいました」(三菱自関係者)

 当時、益子社長は「従業員を引き継いでくれるならば売却価格は1円でもいい」と周囲に漏らし、複数の売却先候補と交渉を重ねていたと、前出の関係者は打ち明ける。
 「欧州の生産から撤退した後、三菱自は欧州市場には日本やタイから供給をする計画です。従って三菱のブランド価値を損なう形で撤退すれば、今後のビジネスにも大きく影響する。そのためにも従業員の雇用確保は絶対条件。工場閉鎖の場合は解雇に伴う補償負担がずっしり重く、ただでさえ厳しい三菱自の屋台骨を揺るがしかねないばかりか、下手すると欧州全域を敵に回しかねません。そんな最悪のシナリオに比べたら、売却価格が1ユーロであろうと1円であろうと、地元のVDLグループが雇用継続を了解したことは、三菱自にとって極めて大きなメリットがあるのです」

 ネッドカーはオランダ唯一の乗用車工場である。だからこそ三菱自は撤退に際し、同国への配慮を示す必要に迫られていた側面も無視できない。一方、VDLは工場を買収後、ドイツBMWの小型車『ミニ』を受託生産することで調整中という。三菱自の思惑通り雇用はほぼ維持されそうだが、それにしても384億円の資産価値を持つ工場が、わずか1ユーロで取引されるのだから商売は奥が深い。