経験のギャップをいかにチーム内で埋めていくか。中核である中村の役割は大きい<br>(photo by Kiminori SAWADA)

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 長い沈黙が続いている。

 10月15日ウズベキスタン戦後。記者の質問に答える中村俊輔の言葉は、いつもよりも重く感じた。言葉と言葉の間に深く息を吐くこともあるし、逆に大きく吸うこともあった。ため息……と思えなくもないが、それは90分間の激闘の証拠なのかもしれないと思った。

 試合中にあごを強打。唇が切れた。

「なんか酸欠になるねぇ。相手のヒジが入って、クラっとした」と笑った。中村の目の前には彼の言葉を聞こうとする記者で黒山の人だかりができている。そんな光景を見ているだけでも、圧迫感を感じるかもしれないが、中村にとっては見慣れた光景なはずだ。

 中村が記者の前に姿を見せてから、15分くらいが経過していた。中村の後ろには代表の広報スタッフが立ち、質疑応答の切れ目のタイミングを狙い、中村をテレビの取材ブースへ連れて行こうとしている。残り時間は少ない。最後の質問になるだろうと思いつつ、私は聞いた。

「今回の新潟から始まった合宿を総括してください」

 私の質問を理解した中村が、答えを探すようにうつむいたり、天井を見上げたりしている。普段の中村は、考えが見えた段階で最初の言葉を発することが多い。話しながらまとめていくこともある。だから、沈黙することは珍しい。ましてや私の質問から15秒が過ぎ、20秒が過ぎる。誰もが中村の第一声を待った。

「長い間一緒にできたし……」。25秒後、中村はそう話し始め、言葉を続けた。

「やっぱりまだ、少しなんかこういいサッカーをするんだっていう雰囲気というか、それもいいと思うけど」

 一旦言葉が切れる。

「いいサッカーって、綺麗なサッカーってこと?」と私が聞く。

「そうじゃないけど。ミスをしない、どっかで個人の能力じゃないけど、どっかで泥臭くというか、そういうのが必要になってくるときがあるから。そのへんをやって。最後らへんになって必要になってくるから。頭とか気持ちでわかっていてもなかなか、それは若いときは俺もそうだったけど」

 言葉だけを追うと意味がわかりづらいが、ズシリと思いが感じられた。ミスを怖がったプレーをしている若い選手。僕も若いときはそうだったけれど、最終予選のような戦いでは、泥臭いプレーが個の力、強引なプレーも必要になるときが来る。最後に勝敗を分けるのは、そういうプレーなんだ。

 過去、ユース、オリンピック、ワールドカップと数多くのアジア予選を経験してきた中村が、経験の少ない選手たちに対して抱えたジレンマが、25秒間の沈黙を生んだのかもしれない。

「チップキックで綺麗にパスを繋ぐんじゃなくて、深い場所へ蹴るとか。相手が嫌がるプレーというのがある。そういうずるがしこいプレーというのも必要になってくる。今日、ウズベキスタンの選手がバタバタと倒れていたけど、あれによって日本のいい流れは絶たれてしまったでしょ」
 
 たくさんある選択肢から何を選びとり、どのように行動するのか?

 オシム前日本代表監督の言葉ではないが、サッカーに答はない。何を選んでも正しい結果が出る可能性もある。また、どのようにやっても失敗することもある。だからこそサッカーは面白いし、難しい。

 自信を持ち、自身のプレーを瞬時に選択すること。そして好結果が得られる可能性を高めるにはやはり大事なのは経験というしかない。しかし同じ体験をしても同じ経験を積めるわけではない。体感したことで何を感じ、どのように生かすかで経験の質が変わってくる。

 劇的な環境変化で急激に成長する選手(長谷部のような)は、体験を経験として生かす術、感性を持った選手なのだと思うが、誰しもがそうであるわけがなく、経験の差を埋めるのはそうたやすいわけじゃない。