道徳の授業で使われた炎上シミュレーション・カードゲーム「大炎笑」(写真:博報堂)

道徳の教科化を来年度に控える中学校で、生徒にネット炎上を疑似体験させる授業が行われている。この授業の狙いを埼玉県越谷市立平方中学校の大西久雄校長が解説する。

子どもに限ったことではないが、特にいじめにもつながるSNSによる投稿は、バーチャルなものではなくリアルなものである。

そこで起こる炎上といわれる騒ぎは、現実のライブ世界なのだが、この炎上でさえも仮想で体験できるゲームがある。大手広告企業の博報堂が企画した炎上シミュレーション・カードゲーム「大炎笑」がそれだ。

そして、公立中学校の校長である筆者は、このゲームを使った道徳の授業を開くことを考えついた。

「いじめはいけないこと」「嘘をついてはいけない」など、生徒を指導することは大事であり、学校教育のみならず、家庭教育でも繰り返し指導していくべきである。学校教育の現場として道徳が特別な教科となり、「考え、議論する道徳」をどう展開していくかは大きな関心事である。

だが、道徳の授業で「考え、議論させる」には、皆が頭ではわかっていることや規則・ルールでの決まりにとどまっていては、表面をなぞる形だけの議論になりがちだろう。

さらにその先を突っ込む要素がほしい。それだけの素材、教材がほしい。常々そう思っていた筆者の前に「大炎笑」は姿を見せた。

自分も他人も炎上させるゲーム

炎上させる側、炎上させられる側のどちらも体験し、そのときの気持ちから「どうしたら炎上をさせない、されない」か、また、それは本当に可能なのか。

こうした議論は子どもたちにとってのリアルであり、「大炎笑」は仮想ライブからリアル思考に落とし込める良い素材だと感じた。

「大炎笑」は4人1組となり、決められたテーマに沿って1人1人が自分の意見を発表する。そして、4人が互いにカードを繰り出し、他人の意見を炎上させて攻撃したり、自分の意見にカードをつけて自作自演したりすることで、ネット炎上を疑似体験できる。


ネットで相手を罵倒する際によく使われる言葉が書かれたカード(筆者撮影)

カードには、「うざい。」「無能。」「ばーか。」「頼むから消えてくれ」「トレンド入りワロタww」などと、罵倒するようなコメントが書かれている。

最終的に最も多くカードをもらった人が勝つことになるが、カードを10枚もらってしまうと「大炎上」で負けとなってしまうため、もらいすぎてもいけない。

実際に道徳の授業で行う場合は、ゲームのルールを説明した上で以下のとおりに進める。

「大炎笑」を使った道徳の授業内容
1.実際に起きたTwitter上での炎上事案を提示
2.炎上を疑似体験し、その心理を体感
3.炎上しないためにどうすればいいのか議論する
4.議論した内容をまとめ、意見を発表する
5.ゲームを始める前の気持ちと向き合ってもらう

授業の準備段階では、生徒指導を担当する各学年の教師に対し、「大炎笑」を体験する機会を設定し、ゲームのやり方を学んでもらった。その後、各学年でその教師が中心となり、各学級で授業を展開することになる。

生徒たちがノリノリでゲーム

実際に授業を受けた生徒たちは、こちらが想像した以上にノリノリでゲームを行い、日頃の硬い雰囲気での道徳授業とは大違い。授業に対する食いつき方が違うと感じた。

たとえば、テーマを「先生ってどんな人?」にしたところ、生徒たちから「本当に勉強できるの?」「週末に東京でコスプレ」「ロリ以外愛せない」「家では赤ちゃん言葉を使っている」など、コメントが出てきた。

議論の場面では、「炎上させたくなるのはなぜ」から「炎上したときの気持ち」を話し合い、その後に「炎上させない心得」を考える。

「自分のコメントに責任を持つ」「過剰に反応しない」「書いたものを読み返す」などの意見に対し、教師が「それって本当にできるの」と現実にある状況に即したツッコミを入れるようにしている。

ここでさらに生徒たちに議論をさせると、いよいよ本音が出てくる。このゲームが「考え、議論する道徳」に適していると感じたのはこの部分である。

誰もが頭だけでわかり切った意見を言いがちで空疎になりがちな議論を、生徒の現実にあるリアルなライブ空間に引き戻せるのだ。

狙いどおりの効果を得られた

授業を受けた生徒の感想には「普段スマホを使用していて、授業で炎上に触れることができ、実際の話となり、ためになった」「自分たちの実際の生活から考え、炎上させる側、させられる側の気持ちが考えられた」というものがあった。まさしく狙いどおりの効果を得られた証だった。


授業を行った教師も「道徳の授業は、なかなか本音と建前の意見の相違で苦しむことがあるが、今回の教材からは本音の意見や議論を引き出しやすい」という感想が出た。ゲームのやり方や説明をもっと簡素化できると、さらに教材化として有効だろうという意見もあった。

また、授業を参観した保護者は、「ネットの炎上が授業の素材になることにビックリしたが、こうしたことを学べてありがたい。子どもたちは楽しく学べていて良かった」と述べている。

本校の取り組みは関心を集め、いくつかの学校から問い合わせがあった。その際、筆者はこう伝えた。

「日頃から安易な禁止制限だけに走らず、情報モラル・リテラシー教育に関心を持ち、指導をしておかないと下手に炎上体験を誘発することになりかねない」

要するに、このゲームや道徳をするだけでは意味がないということである。

そもそも、筆者が「大炎笑」を道徳授業の教材として導入したきっかけは、一本の電話であった。「大炎笑」を企画した担当者から「生徒にゲームを体験してもらい、感想を得られないか」という依頼があった。

筆者は、子どもたちのスマホ・ネットに関わる情報モラル・リテラシーの啓発指導を6年前から活発に行っている。

加えて、本校ではTwitter、LINE、InstagramなどのSNSを教育活動、学校経営で活用し、情報収集や編集・発信を精力的に行っている。

さらに、生徒会を中心に全校生徒によるLINEスタンプ制作やYouTube動画配信なども展開している。

こうした筆者の活動を知っている共通の知り合いに担当者が「やってくれそうな学校はないか」と相談したことから、筆者が校長を務める本校に白羽の矢が立ったのだった。


「大炎笑」を使った授業を楽しむ生徒たち(写真:越谷市立平方中学校)

学校はもっとフレキシブルに!

筆者は、OECD(経済協力開発機構)の教育局が提示する「相互作用的に道具を使いこなす力」「異質な集団の中で交流する力」「自立的に活動できる力」の3つの21世紀型スキルこそ、これからの社会で子どもたちが身につけるべき力だと考えている。

ここで言う「道具」とは、学力はもとより、言語や、スマホをはじめとしたICT機器も含まれる。これらを使いこなしながら、相手と上手に交流し、自分の居場所を作りながら生きていける力が必要なのである。

「大炎笑」を使った授業づくりは、まさにこの21世紀型スキルを身につける格好の機会だと思う。こうした素材がもっともっと我々に身の回りにあると、未来を担う子どもたちの生きた力を磨けるのだが……。

学校、教師だけで子どもを教育していくのは、ますます難しい時代である。企業はもとより、技術や知識豊富な学校外部の力、支援、連携の注入が必要な時代である。

学校は、もっともっとフレキシブルな感覚を高め、胸襟を開く姿勢も持たないといけない時代なのだろう。