逆上がりをできずに悩む子どもが増えている?(写真:msv / PIXTA)

小学生のころ筆者は、体育の授業で「逆上がり」ができずに苦労した。友達と一緒に練習に励んだが、その成果はなかなか表れなかった。当時ぽっちゃり女子だった筆者は、両足を支えてくれる友達に「重くてごめんね」と何度謝ったことか。

あれから35年。今も逆上がりができずに悩む小学生は少なくないらしい。子育て相談サイトでも「逆上がり」に関する悩みはよくあるもの。また、文部科学省が行っている「体力・運動能力調査」によれば1985年以降、子どもの体力・運動能力の低下傾向が続いているそうだから、もしかしたら35年前よりも今のほうが逆上がりをできずに悩む子どもは多いのかもしれない。

そもそもなぜ逆上がりができないといけないのだろう? 逆上がりは、「小学校学習指導要領」によって小学校中学年から扱われている技。そのため、日本の学校に通う小学生たちのほとんどが取り組む必要があり、「人生最初の壁」と言われることもある。

実際に小学生たちに逆上がりをできない理由を尋ねると、「足が頭より高く上がるときの感覚が怖いから」だという。そして、その原因の多くは「後方回転感覚(頭を後ろに投げ出す動作感覚)の欠如」にあると富山大学人間発達科学部の佐伯聡史准教授(専門はスポーツ運動学)は語る。

1カ月弱で「できない子」は3〜4割から1割へ

佐伯准教授は体育施設機器・器具メーカーと連携し、「逆上がり練習器」を開発、2年前に発売した。

上半身と下半身を同時にサポートしてくれる練習器を使えば、逆上がりのコツをつかめる。実際に富山大学の附属小学校に練習器4台を設置したところ、その成果は顕著だった。

【4年生の逆上がりの熟練度】
▽4年1組
・できる 52%→74%
・補助ありでできる 14%→20%
・できない 34%→6%
▽4年2組
・できる 46%→72%
・補助ありでできる 8%→17%
・できない 46%→11%

わずか1カ月弱で「できない子」は3〜4割から1割前後に。練習器に興味を示した児童たちは、楽しみながら使いこなして遊び感覚で上達していった。積極的に逆上がりを練習するようになり、「10回転したら交代」と書いた注意書きが貼られたほどである。


鉄棒に取り付けた逆上がり練習器(写真:セノー提供)

「できない子はまず、練習をしないものです。失敗する姿を見られるのが嫌ですし、鉄棒から落ちると痛い。『補助をしてもらうのは申し訳ない』という気持ちもあります。だから、できない子はいつまでも練習しない。ですが練習器さえ使えば、そんなネガティブな感情を解消できます」(佐伯准教授)

「逆上がり練習器」作成秘話

この大勢を救ったアイデアは、まったく別の分野からもたらされた。


佐伯准教授(筆者撮影)

ある日、図画工作の課題に取り組んでいた学生が、割りばしと針金と折り紙による、くるくる回る作品を佐伯准教授に見せた。佐伯准教授は「逆上がりの動きを、これで再現できるのではないか」とひらめき、「鉄棒に巻き付いたまま回転する」という道具を自作して、練習する方法を考えた。その後、完成した試作器からも効果を実感できた佐伯准教授は「すぐにこれを実用化したい」と考えた。

名乗りを上げたのは、「セノー」(千葉県松戸市)。跳び箱、平均台などは国内の多くの体育館・学校で使われ、体操競技で使う鉄棒や跳馬、平均台なども手掛けてきた体育施設機器・器具の老舗メーカーである。

実は、佐伯准教授とセノーの浅からぬ縁は30年前にまでさかのぼる。高校時代、佐伯准教授はスポーツ強豪校である市立船橋高校(千葉)の体操選手として活躍していた。その実力は、インターハイの種目別跳馬で優勝するほど。しかし高校生活最後のインターハイの決勝前に、練習場で鉄棒のバーが折れるトラブルによって負傷。決勝を棄権せざるをえなくなった。

このとき、使っていた鉄棒がセノー製品だった。幸い、前年に好成績を収めていたので大学進学に影響はなかったものの、セノーの担当者はただ謝るしかなかった。佐伯准教授にとって、“高校最後の夏の苦い思い出”である。この時の担当者が実用化に尽力してくれた。

大学生たちにとっても逆上がりは大きな壁

逆上がりをできないことに悩むのは小学生だけじゃない。教員採用試験で大学生に逆上がりの実技を課す都道府県もある。

佐伯准教授は研究だけでなく小学校教員の免許取得を目指す学生の指導もしており、その中には毎年体育の苦手な学生がいた。逆上がりの練習を手助けするものの、なかなか大変。小学生と違って体重があるため、実は佐伯准教授も負担に感じていた。

逆さになる感覚に慣れない女子学生は、「ギャー」と叫んで怖がる。佐伯准教授は学生をなだめ、説得を重ねて、練習させた。たとえばこんなふうに……。

「小学校で算数や国語を教えるとき、君たちは答えを知っているだろう。体育だって同じだよ」「自分が親になってごらん。逆上がりができない先生に、逆上がりを教えてもらいたくないだろう」「児童や保護者が失望するよ。頑張ってできるようになろうよ」

指導する側もされる側も苦心しながら取り組んでいた逆上がり。だが練習器の導入後は違った。学生から「楽しいです」という声が上がるようになった。毎年10人くらいは逆上がりができない学生がいたものの、最後までできない学生は2人に減った。また、練習時間が短くなり、学生はもちろん佐伯准教授にとっても大きな救いとなった。

「補助をする負担が減ると同時に、ほかの効果もありました。女子学生の下半身に触れずに済むようになったので、セクハラの誤解を受ける危険も減りました」

佐伯准教授のアイデアを生かした逆上がり練習器は、全国の小学校や教員養成課程のある大学はもちろん、幼稚園や保育所などでも購入されている。きっと多くのできない子の支えになっているにちがいない。

そして現在は、学生と逆上がり練習器をヒントに、「バック転」や「倒立前転」を練習する器具の開発を検討している佐伯准教授。いずれも逆上がり練習器同様、どうしてもバック転や倒立前転ができない子たちが、「できる感覚」を得やすいように補助する仕組みを目指している。

「できない子を救う」練習器のニーズは、まだまだたくさんありそうだ。