日本の医療は世界的に見ると特殊な状況で成り立っています(写真:Fast&Slow / PIXTA)

日本の医療を支える仕組みで、最も特徴的といえるのが「国民皆保険制度」です。社会保険方式の1つで、簡単に言えば、すべての人から少しずつおカネ(保険料)を徴収して、その集めたおカネを、医療を必要としている人に再分配するという仕組みです。

「皆」という字からわかるように、原則として日本では望むと望まざるとにかかわらずこの制度が適用されます。たとえば、自家用車を運転するとき、事故を起こさないという自信があれば保険に入らないという選択ができますが、「自分は病気にかからないから病院のお世話になることはない!」と思っていたとしても、給与から保険料が差し引かれるのを止めることはできません。

日本では誰でも医療機関にかかることができる

この皆保険制度のお陰で、日本では「誰でも・どこでも・いつでも医療機関にかかることができる社会」を実現しています。

僕はかつて脳神経外科の医師として働いた経験を持っています。ここまで患者さんの負担を抑えながら医療の質の高さと、アクセスのしやすさを両立している仕組みを持っているのは、日本だけだと言っても過言ではないでしょう。しかし、医師になってしばらくして日本の医療が危機的な状況にあると知りました。

拙著『脳外科医からベンチャー経営者へ ぼくらの未来をつくる仕事』でも指摘していますが、日本の医療の問題点の1つが国民皆保険制度です。今後維持できないのではないかという懸念が至るところで叫ばれ、中には「すでに破綻している」という見方もあります。

日本の医療費、年間いくらかご存じですか?

厚生労働省の発表では2015年にはおよそ42兆円のおカネが医療に使われています。あまりに額が大きすぎてピンと来ないかもしれません。このおカネは誰に使われていて、誰が負担しているのでしょうか。

42兆円のうちのおよそ6割が65歳以上の患者さんに使われています。75歳以上の患者さんで見ると全体の4割弱の医療費が使われています。人口に占める75歳以上の割合は13%程度ですから、いかに高齢者に対して医療費が使われているのかがよくわかると思います。

ただし、年齢が上がれば上がるほど病気をして医療を必要とする確率が上がるのは当然のことですので、高齢者が医療費を多く使っていることは不自然なことではありません。今後、高齢者の人口が増えることは明白であり、また高額な新薬も増えるだろうと考えると、医療費が増えていくことは防ぎようがありませんし、道理であるともいえます。

誰が負担しているのか

問題は、その42兆円を一体誰が負担しているか、です。日本の国民皆保険制度は、給与などから一部支払われる「保険料」と、患者が病院の窓口で支払う「患者自己負担」で支えられるのが原則です。


しかし、その内訳を見てみると、保険料は全体の5割、患者自己負担は1割にすぎません。残りの4割は税金などの公費が支えているのです。「日本の医療財政は保険制度としては半分破綻している」と言う人がいるのはこのためです。

僕はこの事実を自分が研修医だったときに知って驚愕しました。医学部ではこのような医療経済のことを教えてくれません。もちろん、医療はインフラ、セーフティネットという意味合いを大きく持った産業ですので、国などが一部を支えることはおかしくありません。

しかし、保険の仕組みから考えれば、財源に補助が入らなければいけないのであれば、保険制度として自立していませんし、その補助の割合が4割となればなおです。

もし仮に、全てを保険料できちんとまかなうとしたら、僕たちは保険料をどのくらい納めなければいけないのでしょうか? 実際のところ、会社員の保険料は個人と会社が折半して負担しており複雑なのですが、ここでは「社会全体で見て、働いている人あたりどのくらい医療費を負担しなければいけないか」ということを考えてみます。

仮に現在の日本の就労人口を6000万人とならしたとすると、42兆円÷6000万人=70万円。つまり理論的には、働いている全ての人が年間70万円、月に5万円以上の社会的負担をすることで維持される仕組みが現在の国民皆保険制度なのです。

もちろん給与や家族の有無などで負担額は異なってきますが、「日本の医療費42兆円」という数字が、もう少し手触りをもって感じられると思います。

現状の保険料ですら高いという声は聞かれますが、現在、私たちが無意識にその恩恵を受けている医療制度は、本来このくらいの負担がなければ維持できないのです。

医療費を支える人が減り、使う人が増える」

そして、少子・高齢化が進んでいる日本では、「医療費を支える人が減り、使う人が増える」のは明らか。2025年には医療費は50兆円を超える予想で、就労人口が5000万人とすると、1人あたり年間100万円の負担が医療を支えるためには必要になります。

先に述べた通り、医療は国全体のセーフティネットですので、実際には消費税などの税金による補助の増大が現実的ですが、これも国民全体が公的に負担しているおカネに変わりありません。

国民皆保険で支えられている日本の医療財政が、限界を迎えていることは明らかです。今の日本の医療をどうやったら持続可能なものとして維持していくことができるのかを、改めて考えていかなければいけません。

日本ではいたるところで医師が足りない、と叫ばれ医師の過重労働が問題となっています。

僕は初期研修医、脳外科医として働いていた経験がありますが、当時を今振り返ると「まあよく働いていたなあ」と思います。当時の感覚として、休日、残業という概念は全くありませんでした。問題だとは思いますが、自分の所定労働時間というものが存在していたかどうかすら知りません。

しかし、驚くことに、「医師が足りない、足りない」と叫ばれている日本ですが、病院の数はおよそ9000施設あり、これは世界ダントツの1位です。


病院数世界2位のアメリカが5000ちょっとであることを考えると、日本の病院が「異常なほど」と言っていいくらい多いのが、よくわかると思います。医師が不足しているのであれば、病院の整理・統廃合を行い限られた医療資源を最大限に活用できるような環境を整えるべきです。

日本は世界で最も多くの病院を抱える国

しかし、現状は真逆。日本は世界で最も多くの病院を抱える国なのです。

医療現場で働いていた当時、僕は当直するたびに、“小さな病院がたくさん散在するのではなく、しっかりとした大きな病院が必要十分にあるほうが、病院スタッフ1人ひとりの負担は減るし、病院の設備や維持にかかるコストも割安になるし、ゆくゆくは患者さんのためになるのではないか”とずっと感じていました。

僕は比較的マンパワーに恵まれた病院で働いていましたので、人手不足を実体験で痛感したわけではないのですが、同じエリアに小規模の病院があったりすると、“なんでみんながバラバラにやっているのだろう”といつも疑問に思っていました。

たとえば、大きな病院まで車を飛ばしても1時間くらいかかってしまう、というようなエリアには、小規模でもある程度救急を受け入れられるような病院は必要だと思います。

しかし、大きな病院まで車で○分もあれば行けてしまうようなエリアのなかで、いくつもの病院が救急を受け入れるのは効率的とはいえませんし、近いエリア内で多くの病院がCTやMRIなどの高額の医療機器を導入して利用することも、全体としてみたら合理的でありません。

病院が多数散在しているということを、医師の数からも具体的に考えてみます。

たとえば、脳神経外科において、専門医は日本全体で約7000人登録されています。専門医を取る前の若手脳外科医は1学年300人×5年分として約1500人程度と推定されますので、計8000〜9000人程の脳外科医が日本にいることになります。

一方、脳神経外科を標榜している病院は、日本全体で約2500病院存在しています。仮にすべての脳外科医がクリニックではなくて病院で働いているとしても、1病院あたり平均3〜4人しかいない計算となります。

現場にいた僕の感覚ではありますが、計3〜4人の脳外科医のチームでは、提供できる医療はかなり限られてしまいます。脳外科の手術には最低でも3人ほどの医師は必要ですし、その間の外来や病棟や救急対応を行う医師も必要です。

日本には3人程度の脳外科医チームで踏ん張っている病院が同じエリアに複数存在していることがありますが、このような3つの病院がくっついて、脳外科チームをつくったほうが患者さんのためにも働く側にとってもいいだろう、と思ってしまいます。

日本の医療の特徴

また、病院の数だけでなく、日本の医療の特徴として、民間病院を中心とした医療提供体制があります。

日本の約9000の病院のうち、約7割が民間病院(私立病院)で、3割が公的な病院です。普段はあまり気にしないと思いますが、病院は「◯◯会」のような医療法人が経営している病院に代表されるような民間病院と、「市立〇〇病院」や「国立〇〇病院」のような公的な病院の、大きく2つの種類に分けられます。


日本の社会保険のように公的な仕組みで医療財政をまかなっている国(ドイツ、フランス、イギリスなど)では、大半の病院が公的病院となっており、医療の提供体制が統制されています。イギリスでは医療は税金を財源としているため、医師は公務員です。

一方で、医療財政が民間の医療保険で成り立っている国の代表がアメリカです。アメリカでは75%が民間病院となっていて、医療はインフラというよりもサービスという側面が強くなります。

つまり、日本は公的な仕組みで医療の財政が成り立っている一方で、その財政を使って医療を提供する病院の多くが民間という、世界的にみると特殊な状況で成り立っているのです。民間病院の経営努力により、日本の医療費が抑えられているという現状もありますが、政府や公的な制度によって病院の数を規制することは難しくなります。