ASAHI ORIGINAL『メ〜テレ本』朝日新聞出版
「メ〜テレ」こと名古屋テレビの開局50周年を記念して刊行されたムック。そのマスコットキャラのモチーフとなった羊と狼がさまざまな切り口からとりあげられている(もちろん、羊肉=ラム肉のおいしい店の紹介もあり)。巻頭のエッセイには高村薫、橋本治、内田樹、福岡伸一らが寄稿している。表紙にはくだんのキャラ「ウルフィ」が登場。その毛皮の部分にはモコモコした素材が使われ、最初は真っ白だが、月日が経つと本物の羊の毛と同じくまるで汚れているかのように変化するという。

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名古屋テレビというテレビ局がある。文字どおり名古屋市に所在し、愛知・岐阜・三重の東海三県を放送エリアとしている。ある世代以上のアニメファンなら東海三県出身・在住でなくても、「機動戦士ガンダム」などサンライズのアニメの製作に名前を連ねていたことから名古屋テレビを記憶している人も結構いるのではないだろうか。

その名古屋テレビは2003年より「メ〜テレ」という愛称を採用している。ただ、新聞のテレビ欄にも「メ〜テレ」と書かれているのには、さすがにまだ違和感を抱くのはわたしだけだろうか。まあ、名古屋の人間は名古屋駅を「メ〜エキ」、名古屋大学を「メ〜ダイ」と呼んでいるのだから、名古屋テレビが「メ〜テレ」でも何もおかしいことはあれせんのだが……おっと、つい名古屋弁が出てまった。

その名古屋テレビというかメ〜テレが今年で開局50周年を迎えたという。これを記念して『メ〜テレ本』という本が出たというので(テレビでCMも流されていた)、さっそく買ってきた。朝日新聞出版から出たのは、同局がテレビ朝日の系列ということを考えると納得がゆく(余談ながら、同じく名古屋の民放であるCBCラジオの人気番組「つボイノリオの聞けば聞くほど」が書籍化されたときは、同局がTBS系列にあるにもかかわらずなぜかフジサンケイグループの扶桑社からの刊行だった)。

しかしその内容はといえば、わたしが想像していたのとはかなり違った。この手の本というと、会社の歴史や番組制作の裏話がたくさん載っているに違いない……と思いきや、『メ〜テレ本』にはそういうことはまったく出てこないのだ。

表紙を飾るのは「ウルフィ」というメ〜テレのマスコットキャラ。メ〜テレという愛称とともにデビューしたものだ。ごらんのとおり、狼が羊の毛皮をまとっている(裏表紙を見ると、ウルフィの背中にチャックがついているのが確認できる)。その生みの親であるクリエイティブディレクターの岡康道によれば、羊のイメージはちょうど2003年が未(ひつじ)年だったことと、鳴き声のメ〜とメ〜テレが通じることもあって思い浮かんだのだという。しかし羊のあの従順なイメージがどうもしっくりこない。テレビはもっと狼のような気高い志を持つべきではないか……そこで、いまは羊だけれど、いつかはその皮を脱ごうというチャレンジフルなテレビ局になってほしい。そんな思いからこのキャラクターが生まれたのだという。

本書もまずはこのキャラありきで生まれたわけだが、だからといって単なるキャラクター本には終わっていない。羊と狼から、その進化の歴史や生態、人間とのかかわり、さらには地球環境の問題までを考察するという、思った以上に深い内容となっている。

たとえば「北の大地で 羊と生きる 狼と暮らす」と題する特集記事は、もっとも直接的に彼らとかかわる人びとを追ったレポートだ。羊に関しては北海道の白糠(しらぬか)町と足寄(あしょろ)町でそれぞれ「羊飼い」を営む人たちが登場する。白糠町在住の羊飼い・酒井伸吾は、脱サラしてモンゴルに渡り、遊牧民と生活しながら羊飼いの道を学んだ。経済的にはなかなか難しいようだが、それでも生産した羊毛が国内コンテストで3位に選ばれたり、ラム肉が2008年の洞爺湖サミットで各国首脳をもてなしたりと評価は確実に高まっている。

一方の狼については、やはり北海道の標茶(しべちゃ)町で「オオカミの森」という自然教室を開く桑原康生が登場する。「オオカミの森」はその名のとおり狼が飼われている。飼育されている3種のなかにはおとなしいものもいて、ホッキョクオオカミと呼ばれるその狼は取材した記者をいきなりディープキスで出迎えたというから、人懐っこさが伝わってくる。

そんな狼たちと暮らす桑原康生の夢は「日本の森に狼を戻すこと」と壮大だ。これについては、狼のような猛獣をわざわざ自然に放つなんて危ないじゃないか! と反発する向きもあるだろう。しかし日本にもかつてはニホンオオカミという種類の狼が生息していた。

ニホンオオカミは明治時代に絶滅したとされる。日本では古来より狼は神の使いとして信仰の対象でもあったが、欧米文化の影響や明治政府の方針により害獣と見なされ駆除が進んだことが、絶滅に追いこんだものと考えられている。アメリカでも同様の理由から各地で狼の絶滅があいつぎ、自然のバランスが崩れた。というのも、生態系の頂点にいた狼がいなくなったことで、それまで適正数を保っていた大型のシカが爆発的に繁殖、樹木が食い尽くされてしまったためだ。

シカは水辺の柳まで食い荒らし、柳の枝を巣やダムづくりなどに使っていたビーバーも激減、さらにはビーバーのつくるダムに棲む水棲昆虫、その虫を食べる小鳥、それを狙う猛禽類……と生態系が次々と破壊されていった。そこで政府が主体となり、カナダから狼を連れてきて放したという。現地をたびたび訪れている前出の桑原によれば、狼を復活させてまもないころは少なかった水辺の柳も、その後行くたびに成長し数も増えているようだ。そこに棲んでいたビーバーなど小動物たちも戻ってきたという。

もちろん、アメリカのケースをそのまま日本に当てはめるわけにはいかないだろう。しかし、べつの記事(「狼の実学 【環境学】獣害から国土を守る! 日本の森にオオカミを」)で「日本オオカミ協会」の丸山直樹が指摘するとおり、日本でもシカやイノシシによる被害があいつぎ、狼の代役を務めるべきハンターたちも後継者不足にある以上、狼を復活させることは、真剣に議論されるべきときに来ているのかもしれない。

それにしても、自然との共生や生態系の保全といったテーマは、「自然の叡智」を謳った愛知万博やCOP10(国連地球生きもの会議)が開催された地元・名古屋のテレビ局が発信するにふさわしいものに思われる。

地元ゆかりの……ということでいえば羊のほうがより深いものがある。何しろ愛知は明治以降、長らく繊維産業を中心に発展してきた県だ(メ〜テレの大株主であるトヨタ自動車からして、その原点をさかのぼれば自動織機のメーカーである)。なかでも一宮市は毛織物産業で全国的に知られた。本書では、同市に所在し、「NORO」という高級毛糸ブランドを生んだ会社「野呂英作」がとりあげられている。社名の由来となった同社会長の野呂は世界中の羊を吟味した末に、南太平洋にあるフォークランド諸島の羊毛を選び出した。一年を通して気温が低く、羊が食べる草もまともに育たない島ゆえ、フォークランドの羊毛は強靭でしなやかなのだという。NOROではその羊毛を用い、高度な多色染めの技術により加工された毛糸を国内外に送り出している。もちろん職人が手間暇かけてつくるものだけに、化学繊維製品のように大量生産はできない。しかしだからこそ替えがたい魅力があるのだ。

と、何だか固いところばかりとりあげてしまったが、『メ〜テレ本』には、羊と狼にまつわる雑学や本・映画の紹介も満載だ。たとえば「眠れないときには羊を数えるといい」というけれど、じつは日本人にはあまり意味がないとか、狼煙は狼の糞を使ったことからこの字があてられたとか、あなたはごぞんじでしたか?

記事の合間あいまには、メ〜テレ各部署の社員・スタッフから募ったアイデアをもとにした「羊と狼のいるギャラリー」というグラビアページも設けられていて、これがまた楽しい。ロケ地には、名鉄百貨店前のナナちゃん人形など、地元民にはなじみぶかいスポットもちらほら。個人的にお気に入りは、名古屋を代表する歓楽街・錦三丁目のキャバクラで撮られたもの。こんなお店に行ったら、普段は羊の皮をかぶってるワシも狼になってまうがね! ガオーッ。(近藤正高)