ユベントスのダビッド・トレゼゲが9日午後、キャンプ地のピンゾーロで報道陣を前にフランス代表からの引退を発表した。

 「長いこと考えたが、いまは頭の中ではっきりしている。“レ・ブルーは終わった”と」と会見をはじめたトレゼゲにとって、決断の理由はやはりドメネク監督の続投にあった。

 トレゼゲは「ドメネクがフランス代表のトップに立つレベルでないことは誰もが知っている。レ・ブルーは政治で争うものになってしまった。(フランス・サッカー)連盟は、ドメネク続投を選んだことで自分たちに指揮権があることを示した。プラティニがドメネクを支持したのは、ディディエ(・デシャン)とうまくいかないからだ」とこれまで同様、率直に語った。

 デシャン氏が監督になっても引退を決めたか、という問いには「いいえ」とだけ答えている。

 ドメネク続投を支持した選手たちに対しては、「シーズン中ほとんど試合に出なかった選手たちからどんな言葉が期待できる? 彼らはドメネクから寄せられた並々ならぬ信頼に感謝しているに過ぎない」と考えている。

 惨憺たる結果に終わったユーロ2008は、モナコの自宅でテレビ観戦していた。「気分が悪くなった」という。4-4-2のシステムではうまく機能しない、とさんざん言われた挙げ句、ドメネク監督は結局それを採用した。「ベンゼマやゴミスの肩に重すぎる責任を負わせてしまった」という言葉に、あの布陣ならば自分がやれたのではないか、という思いが表れている。

 代表キャップ71(プラティニに次ぎ歴代16位)、34ゴール(これもプラティニに次ぎ3位)という輝かしい記録を残したトレゼゲ。これまでの10年については、「1998〜2000年というフランス代表の最盛期を過ごすことができたのは幸運だった」と振り返る。

 12日には、スタッド・ド・フランスとW杯優勝の10周年を記念して、98年優勝メンバーと世界選抜の試合が行なわれるが、アキレス腱の調子が悪く、出場はできない。ただしセレモニーには出席するという。

 テュラムに続くトレゼゲの代表引退発表で、代表に残る可能性のある“98年組”は、アンリ(バルセロナ)、ヴィエラ(インテル)のみとなった。現役ではほかにピレス(ビジャレアル)がおり、代表引退を正式に発表したことはないが、ドメネク監督との関係から見て復帰はほぼあり得ない。