「洗脳されていた」 被害女性が問う学校の安全管理体制 小学館漫画原作者“性加害”問題〜「こども性暴力防止法施行」まで半年
■小学館“性加害”問題―被害女性が取材応じる

小学館の漫画アプリ「マンガワン」の編集部が、児童ポルノ禁止法違反の罪で罰金刑を受け、連載中止になった男性作者を別の漫画の原作者として起用していた問題。高校の講師として勤務していたこの原作者の男性から性加害を受けていた当時生徒だった女性(以下、Aさん)が日本テレビの取材に応じた。
「大人が生徒を支配できる環境があり、学校がそれを防がず、被害を知った後も十分に動かなかったことが、私の人生に長く残る被害を生んだのだと伝えたいです」
Aさんは、当時の性被害を振り返り、学校という環境の特殊さ、学校側の安全管理体制の不備を訴えた。
半年後の12月25日に施行される「こども性暴力防止法」では、学校に対して性暴力を未然に防ぐための取り組みが義務化され、被害の早期発見や相談窓口の設置、教員などに性犯罪の前科があるかを確認することなどが求められることになる。
閉鎖的な空間で起こる学校現場での性暴力を防ぐためには何が必要か。被害を受けた当事者の声を聞いた。
■講師と生徒の「権力差」
学校という環境の特殊さのひとつに、教員と生徒の間に明確な立場の差が存在するということがある。Aさんもそうした「権力差」の中で、被害にあったと語った。
「相手は、私を指導し評価する講師であり、約30歳年上の大人でした。私は、教えられ、評価される側の生徒でした。幼少期からの家庭環境の影響もあり、私にとって大人とは、基本的に従うべき存在でした。また、教師や講師は、生徒を守る正常な判断力を持った大人だと信じていました。そのため、大人が親切に接して信頼を得た後、その信頼や立場を利用し、生徒を自分の都合に従わせることがあるとは考えていませんでした。家庭内の悩みを聞いてくれることや、絵や漫画について詳しい話をしてくれることも、危険な接近とは判断できませんでした。私は相手を、危険な大人ではなく、助けてくれるかもしれない大人として受け取っていました。当時の私は、性や性被害について十分な知識を持っていませんでした。何が適切な関係で、何が大人による不適切な行為なのかを判断するための知識も言葉もありませんでした。そのため、恐怖や違和感があっても、『大人である相手が正しく、自分が知らないだけなのではないか』と考えていました。相手は、私の家庭環境について把握していたと話していました。私が家庭の中で十分に守られていないこと、大人に頼りたい状態にあること、学校という居場所を失いたくないことを、知っていた、または知り得る立場にあったと思います。現在振り返ると、相談、親切、特別扱いを通じて信頼を得た上で、私が逆らいにくい関係が作られていったのだと考えています。私は、対等な立場にある相手を、十分な知識と自由な判断によって選んだのではありません。講師と生徒、約30歳年上の大人と生徒、学校内で力を持つ側と居場所を失いたくない側という関係において、対等な恋愛や自由な同意が成立していたとは考えていません。そこにあったのは、明確な権力差と心理的支配でした」
■“拒否すれば居場所失う”…「エントラップメント型性加害」

こうした上下関係を悪用した性加害は、「エントラップメント(わなにはめる)型」とも呼ばれる。エントラップメント型の性加害では、まず加害者が日常生活や会話の中で自分の権威を高めたり相手をおとしめたりする言動によって、心理的に加害者に逆らえない状態に相手を追い込んでいく。そうして築かれた上下関係の中で性的な要求をおこない、被害者はもし要求を断れば、評価を落とされるのではないか、学校や職場で居場所を奪われるのではないかと思ってしまい、加害者は被害者のそうした弱みにつけこんで性加害を行うという特徴がある。
Aさんもこうした関係性の中で、当時は「拒否する」という選択肢がそもそもなかったと訴える。
「私には、相手を拒否した後も安全に学校生活を続けられるという条件がありませんでした。私は不登校を経験しており、その学校は、その後にようやく通うことのできた場所でした。また、母親が私のために選んでくれた学校でもありました。私は、その学校に通い、母親に今度こそ『ちゃんとした姿』を見せたいと思っていました。絵を学び、その先で美術大学へ進みたいという希望もありました。そのため、相手を拒否することは、一つの要求を断ることではありませんでした。学校での居場所、絵を学ぶ機会、母親からの信頼、将来への希望を失うことのように感じていました。相手の機嫌を損ねれば、学校に行きづらくなるのではないか、自分の方が問題のある人物として扱われるのではないかと恐れていました。最初に断りたいと感じた場面は、相手の車内でした。私は、自分の意思だけでその場を離れることができず、相手の機嫌を損ねないような遠回しの拒否しかできませんでした。その場を安全にやり過ごしたい、早く帰りたい、学校にいられなくなることだけは避けたいという気持ちが強くありました」
さらに、Aさんは男性から、行為について、「Aさんが望んだことだった、Aさんにも責任があると繰り返し説明された」という。
「私自身の実感としては、『洗脳されていた』という表現が近いです。強い苦しみの中で、相手に心理的に依存するようになりました。その結果、大人であり講師である相手の行為ではなく、明確に拒否できなかった私の方に責任があると思わされました。自由な同意が成立するためには、何を求められているのかを理解する知識、拒否しても安全であること、その場から自由に離れられること、拒否した後も不利益を受けないこと、守ってくれる大人がいることが必要です。当時の私には、そのいずれもありませんでした」
■「無反応」だった学校 具体的な措置はとられず
Aさんは、講師個人だけでなく、学校の管理体制にも問題があったと指摘する。
「学校内に、安全に相談できる仕組みがありませんでした。講師と生徒との私的な連絡先交換や、講師による送迎が日常的に行われ、両者の境界線が適切に管理されていませんでした」
さらに、学校が被害を把握した後の対応にも、Aさんは不信感を抱いた。
「学校側は、当該講師への聞き取りを先に行い、私への十分な聞き取りや安全確認を行いませんでした。その後、私は当該講師から、口止めとも受け取れる注意を受けています。キャンパス長からは、『心配していました』という趣旨の言葉がありました。しかし、安全確認、接触制限、事実調査、専門機関への接続など、具体的な保護措置は取られませんでした。心配していたのであれば、なぜ行動しなかったのか。私は今も、その点に強い疑問と怒りを感じています。学校側は後に、複数の職員が問題に気づいていたものの、それぞれが抱え込んでいたという趣旨の説明をしました。複数の職員が把握しながら、情報を集約し、組織として対応する仕組みがなかったこと自体が、重大な組織上の問題です。私の認識では、私以外にも被害を受けた人がおり、その情報が学校内で共有されていたことも、学校側は謝罪の場で認めています。さらに、私が事実の公表を求めた際には、『生徒の親御さん方に余計な心配をかけてしまうので難しい』という趣旨の説明を受けました。私はこの発言を、被害を受けた側や他の生徒の安全より、学校の評判や運営上の都合を優先するものとして受け止めています」「学校側の無反応と不作為は、私に、『学校が責任を負うほど重大なことではない』『苦しんでいるのは自分自身の問題だ』と思わせました。私は、学校に守られなかっただけではありません。その後の苦しみまで自分の責任だと思わされ、さらに深くトラウマの中へ沈んでいきました」
こうして、学校や周囲の大人から、被害を重大な問題として扱われなかったことは、より強くAさんに被害を自分の責任であると思い込ませるようになったという。その結果、Aさんが自分の身に起きたことを「性被害」だと認識するまでには数年の月日がかかり、経緯や影響について説明できるようになるまでに約10年をも要した。
■学校側に求めることは―

Aさんは、こうした性被害によりPTSD(心的外傷後ストレス症)などに苦しんだとして、男性と学校法人を相手取り、損害賠償を求め提訴。札幌地裁は2月、男性に対して1100万円の賠償を命じた。一方、学校側については「不法行為は授業等と関連しない日時・場所で行われた」などとして請求が認められず、今後控訴審で争うという。
Aさんは、これは個人の問題ではなく、学校の安全管理の問題だと強く訴え、学校側に求めることを具体的に7つ挙げた。
・独立した第三者による事実調査を行い、誰が、いつ、何を把握し、なぜ対応しなかったのかを明らかにすること。
・被害を受けた人の安全と個人情報に配慮した上で、調査結果、学校側の責任、再発防止策を公表すること。
・講師と生徒との私的な連絡、送迎、一対一の接触について、明確な規則を設けること。
・全ての講師と管理職に対し、権力差、性的グルーミング、境界線、性被害、二次被害について、外部専門家による継続的な研修を行うこと。
・学校から独立した相談窓口を設置し、相談した生徒が不利益を受けず、安全に保護される制度を整えること。
・問題を把握した職員に、記録、報告、安全確保、外部機関への連携を義務づけること。
「私は、謝罪の言葉だけを求めているのではありません。学校側が、自らの不作為と組織上の問題を認め、同じ被害を二度と起こさないための、具体的で検証可能な改善を実施することを求めています」
■「あなたは悪くない」被害が自己責任化される社会
Aさんが最後に、被害者の周囲や学校、そして社会全体に対して求めたことがある。
「被害を受けた側の反応を、被害の有無や重大性を判断する材料にしないでほしいです。逃げられなかったこと、明確に断れなかったこと、相談できなかったこと、相手に依存したこと、被害だと認識するまで時間がかかったことは、被害を否定する理由にはなりません。性的な知識や、自分に起きたことを説明する言葉を持っていなかったこと、性被害を口にすることに強い抵抗があったことも、本人の落ち度ではありません。相手が大人であり、教師や講師であり、学校での居場所や将来に影響を与える立場にあったのであれば、そもそも対等な関係ではありません。私自身も、自分を苦しめた本人に、苦痛を理解し、責任を取ってほしいという思いから依存していました。しかし、それは被害を望んだことや、自由に同意したことを意味しません。性被害は、身体や生活だけでなく、『自分は大切にされ、守られるべき存在である』という感覚まで奪うことがあります。さらに周囲が反応せず、被害を無視し、本人の性格や判断の問題として扱えば、被害を受けた人は、その苦しみまで自分の責任だと思わされます。私も、周囲の無反応によって、問題は相手や学校ではなく自分自身にあるのだと思い、回復するための足場を失いました。周囲の沈黙は、中立ではありません。被害を受けた人が自分を責めている状況では、何もしないことが、加害した側の説明を補強し、孤立と自己責任化を深めることがあります。社会に対しては、『なぜ逃げなかったのか』『なぜ断らなかったのか』『なぜすぐに相談しなかったのか』と、被害を受けた側を問い続けることをやめてほしいです。問うべきなのは、なぜ力を持つ側がその立場を利用できたのか、なぜ周囲や学校が止めなかったのか、なぜ安全な相談先がなく、問題を知った組織が動かなかったのかということです。
私は、この被害を、個人間の不幸として終わらせてほしくありません。被害を可能にした権力差、学校の不作為、被害を本人の責任へ押し戻す周囲のあり方を検証し、同じ被害が繰り返されない制度へ改めることを強く求めています。
同じような被害に遭い、苦しんでいる方へ伝えたい言葉があります。あなたが苦しまなければならないのではありません。あなたを苦しめている状況の方が、終わらなければなりません。あなたは悪くありません」
