「整理整頓できない」74歳で発達障害診断ニトリ会長が激白…壮絶いじめから年間売上9000億への道

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ニトリホールディングス創業者・似鳥昭雄会長は74歳の時、テレビの特集を見て自ら医療機関を訪れ、発達障害の診断を受けた。整理整頓ができない、授業を3分も聞けない、人の気持ちが読めない--そんな「できない」を抱えながら、なぜ半世紀にわたって日本を代表する家具・インテリア企業を築けたのか。著書『発達障害の私だからこそ、成功できた』刊行を機に話を聞いた。

74歳で知った自らの「特性 」

――74歳で発達障害の診断を受け、「しっくりきた」「困難の答え合わせができた」とおっしゃっています。74年間、答え合わせをされずに過ごした期間で、失ったと思うものはありますか?

似鳥昭雄(以下、似鳥) まあ、人の気持ちがわからないということはありましたね。やったことで失敗したと感じることはあって、後から気がついて「申し訳なかった」と謝ったり、社員への発言を取り下げたりとか。相手の言っていることを聞いていない、ということも多かった。

頭の中に、いろんなことがポンポン入ってきてしまうんですよ。興味のある話なら集中して聞けるんだけど、そうでないと、会話しながら全然違うことを考えちゃってね。観光に行っても、ガイドの方が説明している間に次の遺跡へ行ってしまい、「あれはなんですか」と言うと、「今言ったじゃないですか!」と怒られる(笑)。感動する話なら聞いているんですけどね。

あとはもう整理整頓がまったくできない。秘書が2〜3週間に1回、机の横に溜まったものを片づけてくれます。「ご自分でやってください」と言われるんですけど、しないですね。捨てるのも嫌いで、資料も何も全部とっておく。

ネクタイやワイシャツも色別に引き出しを決めているんですが、溜まりに溜まって、今は部屋に整理ダンスが5つ、隣の部屋にも5〜6つ並んでいる(笑)。派手なものが好きだから買い続けるんですよ。飽きてもなかなか捨てられない。ゴルフのシャツなんかも山ほど溜まって、ベトナムでゴルフ大会をやる時に社員に持っていって「好きなのを持っていけ」と配るんです。

捨てるのが嫌いですぐ溜めてしまう。私のおふくろもおばあさんも同じだったと聞いていますから、遺伝なんでしょうね。

いじめから救ってくれた「漫画 」

――子どもの頃から「できること」と「できないこと」の落差が大きかったとか。どんな子どもでしたか?

似鳥 得意なことって、あまりなかった気がしますね。覚えるということがほぼできないし、スポーツも柔道部、卓球部、バドミントン部と入っては1年で辞める。高校ではボクシングのジムに通って、大学で空手だけは2年間やりとげましたね。何でも興味は湧くんですが、長続きしない。

漫画は読むのも描くのも大好きでした。漫画が買えない時は友達が買ったのを拾ったり回し読みしたりしてね。授業中に描いていたら同級生がお金を持ってくるから(笑)、それでパンを買ったりラーメン代にしていました。当時ラーメンが20円くらいでしたかね。漫画家になりたいと思って習いに行ったこともあるんですが、ストーリーが作れないんですよ。手紙や文章を書くのが苦手で、そこで諦めましたね。

伝記はよく読みました。マゼランとかコロンブスとか、世界の冒険家や研究家の本が好きで。

――いじめを受けていた時期もあったそうですね。

似鳥 小学校からずっといじめられていましてね。中学では休み時間にトイレへ行くたびに3人くらいに囲まれてやられるとか。高校でもいじめられやすくて、これはまずいと思って格闘技を習い始めました。体を鍛えてからは、こちらがにらんだら相手が怖がるようになった。そういう「覇気」みたいなものが出てきてね。

ニヤニヤしながら近づいていくから「ニタリ」と言われていじめられやすかったんですよ。今でもそういうところはあるんでしょうけど(笑)。

でも当時は、いじめられていても不登校にはならなかった。学校が嫌だとは思わなかった。授業中は漫画を描いていればよかったし、友達は1人か2人しかいなかったけれど、なんとかやっていましたね。

取材・文:田幸和歌子

ライター。1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマに関するコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。