「水」の痕跡があった…! 「大気」が似ていた…! 今も地球からもっとも遠くを飛ぶボイジャーが、地球を沸かせた「衝撃的発見」

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「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた

圧倒的人気を誇るこのシナリオには、困った問題があります。生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロに近いのです。ならば、生命はなぜできたのでしょうか?

この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、著者が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめたのが、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』です。本書刊行を記念して、その読みどころを、数回にわたってご紹介しています。

今回は、2023年11月に途絶えた通信が、今年の6月に復旧したというニュースが記憶に新しい、地球から最遠を飛ぶ観測機「ボイジャー」による探索について見ていきます。1号と2号の2機のボイジャーが訪れた木星、そして土星で、生命とその誕生に関わる発見は、どのようなものがあったのでしょうか。

*本記事は、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

ミッション「液体ノ水ヲ探索セヨ」

NASAの標語にも「Follow the Water!」とあるように、地球外生命を探査するとき、まず考慮されるのが液体の水の存在です。現在の地球は、表面の約70%を液体の水に覆われています。水は宇宙ではありふれた物質ですが、その表面に水が液体として存在する天体は珍しく、太陽系においては、いまでは地球のみです。

内側の“隣人”、金星は太陽に近く、表面温度が水の沸点を超えていますし、外側の火星の表面では、わずかに残っている水はほぼ氷の状態です。このため、宇宙での生命の存在を考えるときは、天体の表面で液体の水が存在できることが最重要と考えられるようになりました。

なお、水が惑星表面に液体で存在できる範囲は「ハビタブルゾーン」とよばれています。この考えでいきますと、木星や土星はハビタブルゾーンの外側ということになります。

1977年、NASAは2機の惑星探査機を打ち上げました。「ボイジャー1号」と「ボイジャー2号」です。1979年に2機は相次いで、木星系に到達し、木星およびその衛星たちに接近してクローズアップ画像を送ってきました。

図「ボイジャー2号が撮影したエウロパの[筋]」は、ボイジャー2号が撮影した木星の衛星エウロパの写真です。エウロパは木星系で2番目に大きい衛星で、1610年にガリレオ・ガリレイが発見した4つの「ガリレオ衛星」の一つです。

エウロパの表面が、水の氷で覆われていることは知られていました。しかし、ボイジャーが送ってきた写真には、予想外のものが写っていました。

マスクメロンの縞模様のような「筋」が意味すること

月や火星をはじめ、太陽系の惑星・衛星の表面は、隕石の衝突に長いあいだ曝されて、クレーターだらけになっています。ところがエウロパの表面には、クレーターがほとんど見られず、その代わり、マスクメロンの縞模様のような「筋」が見えていたのです。これは、氷の表面がつねに更新されているからではないかと考えられました。

つまり、内部から水が噴き出している可能性があるということです。もしそうであれば、氷の下には液体の水が存在することになります。

その後、1995年に探査機「ガリレオ」が木星系に到達して、エウロパをさらに詳細に観測した結果、氷の下に「海」が存在する可能性がさらに高まりました。さらに2013年には、地球を周回するハッブル宇宙望遠鏡がエウロパを観測し、「筋」から水が噴き出しているさまをとらえました。

これらのことから、エウロパには氷に覆われた「海」が液体の状態で存在することがはっきりしたのです。木星ー太陽の距離は、地球ー太陽の距離の約5倍もあり、木星系は極寒の世界です。それにもかかわらずエウロパの内部の氷が融けているなら、そこに太陽からのエネルギー以外のなんらかのエネルギーが作用しているはずです。

その有力な候補とみられているのが、木星がエウロパに及ぼす「潮汐力」です。地球は月から潮汐力を受けており、そのために満潮・干潮が起こります。同様に、木星の潮汐力によってエウロパの氷と岩石に熱が生じ、氷が融けているのではないかと考えられるのです。

こうして液体の水があることがわかり、エウロパにも、氷の下には生命が存在するのでは、という議論が起こりました。それまで太陽系の生命探査は天体表面、つまり太陽のエネルギーが得られやすい環境に限定されていましたが、天体の内部も探査の対象となってきたのです。

暗黒の世界で紡がれる生命。鍵は「化学合成細菌」

そのことは、地球でも同様でした。地球では植物などの光合成生物が太陽光を利用して有機物を合成し、それを動物などの従属栄養生物が利用する、というしくみが唯一の生態系の形とみられてきました。

ところが1970年代末、ジャック・コーリスらは南米ガラパゴス諸島沖の海底を探索中に熱水噴出孔を見つけましたが*、その周辺ではハオリムシ(チューブワーム)などからなる特異な生態系が存在していました。

深度2500mという太陽光がまったく届かない暗黒の世界にも、地表とは別のしくみで生態系が維持されていたのです。

*『生命と非生命のあいだ』第4章、もしくは以前の記事〈まさに、かつての常識をひっくり返した…深海底からの「驚きの報告」〉参照

その鍵となるのが、化学合成細菌です。光合成細菌が光のエネルギーで有機物を合成するのに対し、化学合成細菌はメタンや硫化水素などの化合物が持つエネルギーを用いて有機物を合成しています。このことは、光の届かない氷の下でも、メタンなどのエネルギー源があれば、生態系が存在しうるということです。

こうして、液体の水やエネルギー(潮汐力など)が存在するエウロパの地下海は、新たに「ハビタブルな世界」として認識されるようになりました。

ボイジャー1号、2号は木星系を探査したあと、土星をめざして旅立ちました。1980年に1号、翌年に2号が相次いで土星系に到達し、土星のほか、その衛星たちも探査しました。

衛星たちの中でとりわけ注目されていたのが、タイタンです。

タイタンの大気は原始地球の大気に似ている

タイタンは土星系最大の衛星であり、太陽系全体でも木星の衛星ガニメデに次ぐ2番目の大きさです。そして何よりも、太陽系で唯一、濃い大気を持つ衛星であることが注目されました。

地球上からの観測で、タイタンの大気にメタンが含まれていることは知られていましたが、ボイジャーの観測により、大気の主成分が窒素であること、地表の大気圧が約1.5気圧と、地球よりも濃いことがわかったのです(図「ボイジャー1号が撮像したタイタンとその大気」)。

窒素・メタンを含む濃い大気が存在することに、生命の起源研究者はおおいに興味を引きつけられました。原始地球大気の組成については、ミラーらはメタン・アンモニアを主とするものを考えていましたが、そこまで還元的ではなかったというのが定説になり、窒素源としては窒素ガスが主であることに異を唱える人はいなくなっていました。

また、炭素源は諸説ありますが、少量ならばメタンがあった可能性も否定できません。ですので、原始地球大気のモデルは、主成分が窒素、副成分がメタンだったとも考えられるわけです。

そのような組成の大気を持つ太陽系天体としては、海王星の衛星トリトンや冥王星などもありますが、いずれも希薄で、濃い大気を持っているのはタイタンだけなのです。そこで何が起こっているのかを調べれば、原始地球でどのような化学進化が起きたかの大きなヒントになるはずです。

タイタンを包む「有機物のもや」

タイタンでの化学進化のエネルギーも、さまざまなものが考えられます。地球のような雷(火花放電)があるかは不明ですが、太陽からの紫外線、宇宙線、隕石衝突などは地球と同様に考えられます。

このほか、タイタン独自のエネルギーとしては、プラズマ放電が考えられます。土星では、磁気圏にとらえられた電子がリング状になって、土星を取り囲んでいるのですが、タイタンはこの電子の帯の中を公転しているため、タイタンからは、電子が上から降ってくるように見えるのです。この電子の流れはタイタンの上層大気と衝突して、プラズマ放電とよばれる現象を引き起こすのです。

以前の記事**で登場したカール・セーガンは、タイタンの化学でも活躍しました。

セーガンと同じ研究室のヴィシュン・カレー(1933〜2013)が、タイタンの上層大気を模した窒素とメタンの希薄な混合大気を流しながらプラズマ放電を行うと、放電容器の中に茶色い物質ができました。この物質を、セーガンはギリシャ語の「泥のような」という意味の言葉をとって「ソーリン」と名づけました。

ソーリンは複雑な有機物からできていること、加水分解(酸を加えて加熱)するとアミノ酸が生じることもわかりました。このことは、タイタンの高層大気にみられる「もや」のようなものが、タイタン大気中で生じた有機物であることを示唆します。

ボイジャー探査の結果、タイタンの表面温度がおよそマイナス180℃であることもわかりました。このことから、もう一つの可能性が浮かんできました。メタンは、この温度では液体として存在します。

ということは、タイタンの表面には液体のメタンの海があるのではないか。そうだとすると、メタンの海の中では、水の代わりにメタンを使うような生物が存在しているのではないか。疑問と期待がふくらんでいきました。

**以前の記事:〈原始地球の大気に「メタンありき」は、思い込みだった…衝撃的だった「ミラーの実験」が残した「1つの功績と2つの罪」〉。詳しくは、『生命と非生命のあいだ』第2章を参照。

生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか

じつは、ここ20年ほどで「海のある天体」は、次々と見つかっている…「地球外生命の発見」が、一気に現実味を増した「衝撃的な発見」