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日本銀行がマイナス金利政策を解除して、まもなく1カ月になろうとしている。17年ぶりの利上げとなったものの、植田和男日銀総裁の采配で、金利市場や為替市場に大きな変動をもたらすことなく、穏やかに政策変更ができたとして高い評価を国内外から得ている。

植田総裁が述べたように、普通の中央銀行の姿に戻るきっかけとなることは間違いないだろう。とは言え、その道のりは極めて困難で遠い可能性が高い。17年間の金融緩和政策によって、日本政府は莫大な国債を発行することが可能となり、累計の財政赤字はGDP(国内総生産)の2.6倍にもなってしまった。

アベノミクスの10年間で、日銀は政府が発行する国債を購入し続け、株式市場のETFやREITなども購入し続けて、景気回復にトライしたものの、その成果はいまだにはっきりしない。日銀正常化によって、日本はどう変わっていくのか……。国際的にスタンダードな「金利のある世界」を演出できるのか……。日銀正常化の影響について考える。

急激な利上げは中央銀行の「逆ザヤ」を招く?

日銀が今後、金利を上げていくとしたら、どの程度のペースで、どこまで金利を上げていけるのか。大和総研のメインシナリオでは2024年10〜12月期には短期金利で「0.25%」、2025年以降は年2回のペースで年間「0.5%」程度引き上げていくとシミュレーションしている(大和総研「日本経済見通し:2024年3月」)。他社のシナリオでも、今後は徐々に金利引き上げを図っていく、と予想しているところが多い。

金融引き締めに転換したものの、日銀は相変わらず「大規模緩和の状態は続けていく」と宣言しており、金利のある社会への転換は簡単ではなさそうだ。しかも、アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が、インフレ収束を示す兆候がなかなか出てこないために金利引き下げが遅れ、日米の金利差は一向に縮まらないのが現状だ。

日米の金利差が縮小しなければ、ドル円相場はどうしても円が売られていくトレンドになる。実際に、34年ぶりとなる1ドル=154円台をつけてそのままの状態が続いている(4月19日現在)。つまり、世界でこのままインフレが収まらずに金利高の状況が続いた場合、日銀が利上げをしない限り、円はどんどん売られて円安が進むことを意味する。そこで、心配になるのが日銀にどの程度の「利上げ余地」があるのか、という疑問だ。

中央銀行も企業であり、収入と支出があるわけだが、たとえば日本銀行の場合は、保有している資産の債券などから得られる利息が収入となり、支出となるのは一般の銀行が資金を預ける「当座預金」の利息になる。この両者の差が「利ザヤ」であり、通常は当座預金で支払う利息よりも、保有する債券から得られる利息収入のほうが高くなる。実際に、日銀は2022年度末で576兆円の長期国債を保有し、549兆円の当座預金を抱えている。

問題は、金利を急激かつ大幅に引き上げる必要に迫られたときには、当座預金で支払う利息が一気に増えてしまうことだ。国債などの利息収入を上回れば「逆ザヤ」になってしまう。逆ザヤが続けば、中央銀行が抱える資本金や債券などの資産を上回る負債を抱えて「債務超過」に陥る。

詳細は省くが、実際にFRBは急激な金利引き上げで、2023年10月の段階で500億ドルを超える債務超過に陥っていると、定期的に公表する財務データ「準備預金増減要因」で明かしている。2023年の決算では、1143億ドル(約16兆円)と過去最大の赤字になったとも発表した。

中央銀行にとって、逆ザヤと債務超過は大きな問題であり、紙幣を発行している銀行として、お金の価値を減らす=通貨安を招くため、できるだけ避けたい事態と言っていい。FRBが、2024年内に3回の利下げの方針を打ち出した背景には、逆ザヤと債務超過の懸念があるからとも言われている。

「0.28%」の金利で日銀は「逆ザヤ」?

では、日銀が今後金利を引き上げていく場合、どの程度引き上げれば、逆ザヤになるのだろうか。野村総合研究所のシミュレーションによると、日銀が「逆ザヤ」「債務超過」に陥る金利水準は次のようになっている(NRI コラム木内登英のGlobal Economy&Policy Insight「FRBが利上げで過去最大の赤字:日銀は政策金利+0.6%で赤字、+2.8%で債務超過に」、2024年1月18日配信より)。

●日銀が逆ザヤとなる政策金利……0.28%
●日銀が経常赤字となる政策金利……0.58%
●日銀が債務超過となる政策金利……2.75%

ちなみに、東京財団政策研究所のシミュレーションでも、2023年3月末の水準で当座預金の利息(支出)が「0.25%」に上昇すると「1兆3400億円」、国債の利息(収入)が「1兆3300億円」となり、支出が収入を上回る逆ザヤになるとしている。

さらに「1.0%」の水準で3年間、利息を支払い続けると、日銀の累積損失額は自己資本(資本金1億円、法定準備金等3.5兆円、引当金勘定8.3兆円)を上回ることになり「債務超過」になると試算している(東京財団政策研究所「日本銀行はどのくらい利上げすると債務超過になるのか」、2023年10月25日より)。 

日銀の保有資産の評価方法や国債の発行状況などによっても異なるが、どちらにしても0.25%とか0.6%といった極めて低い金利水準で、日銀は逆ザヤとなり、3%未満の金利水準で債務超過になってしまうということだ。

17年ぶりの円の「売り越し」拡大が意味するもの?

ドル円相場などの為替市場は、両国の金利差によって大きく左右される。金利差が拡大すれば、円は売られてドルが買われる。機関投資家などは金利の低い円で資金を調達し、円を売って金利の高い米ドルで運用してサヤをとる「キャリートレード」が活発となり、さらに円安が進む。

アメリカのインフレ懸念が消えて、利下げがいつ始まるのかは不透明だが、金利差が縮小しない限りは、円安が進行することを意味している。イランによるイスラエル直接攻撃といった地政学リスクが高まる中で、世界的なインフレ再燃の可能性はまだ沈静化しそうにない。

言い換えれば、今後も円は売られ続けることになり、日銀は金利差縮小のために、金利の引き上げを迫られることになる。日銀が金利を引き上げられるのはせいぜい0.6%程度まで。当面、日銀は円安の圧力にさらされ続けることになるわけだ。投資家もそれを見越して、円安を仕掛けてくることになる。実際に、アメリカの商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、ヘッジファンドなどの投機筋による円の「売り越し」が2007年以来17年ぶりの最大規模になっているそうだ。

さらに、日銀にとって厳しいのは、日本政府の財政を支え続ける必要があることだ。植田総裁は、マイナス金利解除の記者会見でも、当面は政府が発行する日本国債を購入し続けると表明。中央銀行のバランスシート(総資産)は小さければ小さいほど健全と言われているが、国際的に見ても、日銀のバランスシートは極めて大きい。

たとえば、バランスシートの対名目GDP比を見ると、FRBの「27%」に対して、日銀は「127%」になる。FRBは、かつてはGDP比で6%程度だったのが、リーマンショックやコロナ禍によって3割近くにまで拡大してしまった。対して、日銀もバブルが崩壊した1998年度末には15%程度だったのが、2022年度末には9倍の131%に拡大している。

要するに、桁違いにその規模が大きく、簡単に債務超過になってしまうことがわかる。植田総裁は「いずれは国債の購入を減らしていきたい」と述べているものの、その道は遠く、険しそうだ。月額6兆円の国債購入を日銀がやめてしまえば、政府はさらに金利の高い国債の発行を迫られ財政危機を引き起こす。いつまで国債を購入し続けなければならないのか、見当もつかないのだ。

ちなみに、日銀は現在時価にしてざっと「70兆円」のETF(上場型投資信託)を保有していることはよく知られているが、その含み益は「32兆円」(簿価37.2兆円)にも達する。ETFの配当は年間で「1兆円」を超えるとも言われており、子育て支援の財源に、この配当を使ってはどうかと国会で野党からも提案されている。

しかも、こうした日銀の「資産」は、安易に市場で売却するわけにはいかない。株式市場などが大混乱に陥るからだ。そもそも、歴史的に見て中央銀行は政府の経済政策に対応して、補完的な立場を維持するのが当たり前だが、アベノミクスによって「黒子」から、一躍「主役」に躍り出てしまった一面がある。植田総裁も、ゆくゆくは金融政策の黒子に撤する中央銀行に戻りたい主旨のコメントをしている。

日銀が、普通の中央銀行に戻るためには、政府が財政健全化に本気で取り組むしかないのだが、政府の2024年度の予算案によれば、国債発行総額は「181兆4956億円」(財務省)の計画となっており、新規国債発行額は「34兆9490億円」となる。

日銀の単独の力だけでは、どうにも処理できない規模の借金に膨れ上がっているわけだが、現在の岸田政権の方針は今後も「財政規律最優先」とはほど遠い、大きな政府まっしぐらに突き進んでいる状況だ。

債務超過では税金が投入されて「公正さ」の維持が困難に?

どう考えても、日銀の先行きには暗雲が垂れ込めている状況だが、内閣府の試算では、今後の長期金利の上昇は、10年後の2033年度には「3.4%」まで上昇し、政府が発行してきた国債の利払い費だけでも「22.6兆円」に達するそうだ。2023年度の利払い費が「7.6兆円」であることを考えると、10年で利息の支払いが3倍に膨れ上がることになる(日経新聞「国債利払い費10年後に3倍の見通し 金利復活、財政縛る」2024年3月20日)。

前述したように、日銀は0.28%で逆ザヤ、2.75%で債務超過になるというのに、政府(内閣府)は国債の長期金利が3.4%になると予想している。言い換えれば、このシミュレーションがどちらも正しいとすれば、日銀は10年以内に債務超過に陥ることを意味する。

中央銀行が、債務超過になるとはどういうことなのか。当事者である日銀自身が2023年12月に「中央銀行の財務と金融政策運営」(日本銀行企画局)というレポートを発表している。その中で、「過去に中央銀行が債務超過となった事例」を紹介するなど、自らの未来に起こるかもしれない事態を紹介している。

ここでは、債務超過の原因を「自国通貨高によって保有する外貨準備の評価損が直接の原因のケース」と「金融危機や政府の財政難などが原因のケース」に分けて分類し、その影響の違いを示している。

もともと中央銀行が債務超過に陥った場合に、最初に心配されるのが「インフレ」だ。自国通貨高によって、保有外貨が目減りして債務超過に陥った場合はインフレの心配はほとんどない、と同レポートでは指摘している。西ドイツやチェコスロバキア、チリ、タイといった国が、かつて自国通貨高による債務超過に陥っているのだが、どの国も平均インフレ率は2.9%〜6.1%の範囲内で、激しいインフレには見舞われていない。

しかし80年代から90年代にかけて、相次いで中央銀行が債務超過に陥った下記の国では、すさまじいインフレに見舞われている。金融危機や財政政策が原因で債務超過に陥ったケースだ。

・ジャマイカ……22.6%(平均インフレ率)

・フィリピン……11.8%(〃)

・ベネズエラ……29.9%(〃)

われわれの生活はどうなってしまうのか

中央銀行というのは、紙幣を発行する銀行を意味する。その銀行が借金を抱えていれば、当然ながらその通貨は安く評価されていく。格付けも下落していく。日銀が債務超過に陥るということは「円安」「インフレ」を連想せざるを得ないわけだ。

結局、そんな事態を防ぐためには、政府は公的資金を投入して日銀の財務健全化を図ろうとする。中央銀行は、政府とは一定の距離をおいて独立性を保たなくてはならないのだが、その独立性が失われることになるかもしれない。

税金は高くなり、年金、医療といった社会保険制度の破綻を心配し、生活はインフレに苦しむ……。国民はインフレにおびえて暮らす発展途上国のような生活を強いられるのかもしれない。いずれにしても、住宅ローンの変動金利高騰といった心配は当面なさそうだ。それ以前に、日銀に頼りきっている政府が財政破綻するのを心配したほうがいいのかもしれない。

(岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)