誰もが見惚れる美しいルックスで、性格も良い。学歴だってバッチリだし、その上、超Richな家系の生まれ。

彼の名は、友坂大輝(24)

当然、とんでもなくモテるし望めば全てが叶い、キラキラ人生を謳歌できるはずなのに…彼は。

恋すれば盲目。極度の恋愛体質で。許されぬ想いに身を焦がしてしまう、いつもどこか残念な男。

そんな彼のことを、友人たちはこう呼びます。尽くしても、尽くしても、『報われない男』…と。

人気連載「アオハルなんて甘すぎる」のサイド・ストーリーがスタート!



「オレ、人妻さんにしか、タタナイの。だからごめんね」
「え?」
「あ、タタナイ、じゃ意味わかんない?つまり、セックスができな…」
「いや、あの、わかります!わかりました!でも…」

ユキ、と名乗った女の子は真っ赤になって、友坂大輝から目をそらし、うつむいた。前も後ろもぱっくりと開いたキラキラのワンピース。強いメイクで、くるん、と上げられた長いまつ毛が震えている。

派手に武装された容姿と恥じらいのギャップ。かわいいなぁ、と大輝は思う。我ながら毎度毎度、不思議なのだ。一生懸命告白してくれる女の子たちをいつも、かわいいなぁ、とは思うのに。

告白されてその気になるという経験が、大輝には、24年間の人生で一度もなかった。
初めて告白というものをした15歳の時から、恋人になるのはいつも、大輝から愛を告げた人だった。

「私、ずっと大輝さんのことが好きで…その、1回だけ飲みに行くとか…できませんか?」

必死に自分を見上げてくる、女の子のうるんだ瞳の必死さに、憐憫と罪悪感、そして…共感を覚えて、胸がざわつく。

― オレも、キョウコさんからはこう見えてるのかな。

自虐的になった思考を振り払い、大輝はわざと大きな溜め息をついた。

「ずっと好きって、何を?オレのルックスしか知らないでしょ?あとしつこい子はホント苦手。だから…ごめんね?」

大輝の、目に力を込めたごめんね、に、女の子はぐっと唇を噛みしめ、無言で去った。その後ろ姿が、爆音に揺れる人の群れに消えるのを見送って、仕事に戻る。渋谷にあるクラブのバーカウンター。ここで酒を作って出すのが大輝の仕事だった。
「うわぁ、かわいそう…今の子、ガチ恋っぽかったのにぃ。相変わらずヒドイ男ぉ」

ふざけた口調で冷やかしてきたのは、隣で洗い物をしながら、たぶんしっかり聞き耳をたてていた、バイト仲間の勇太だった。

「今の子で今日5人目?大ちゃんが今日でこの店ラストって知って、みんな焦ってんね」
「数えるな。だいたい、ラストの情報ばらまいたのお前だろ」
「だってオレ、女の子に聞かれたら何でも教えてあげたくなっちゃうもーん」

隣で空いたグラスを拭きながら笑う勇太の、調子のよさと軽さに、大輝は苦笑いする。

大学まで強豪柔道部の有名選手だった勇太は、縦にも横にも大きいマッチョ体形で(180cm、100kg超)一見いかつく怖いのだが、いつもニコニコ、女の子にはデレデレで、常連客にはゆるキャラ扱いされている。だが暴れる客には容赦なく形相が変わり、鮮やかに店から追い出す警備員としても大活躍している。

「でも大ちゃんさあ、毎度“人妻にしかタタナイ”って言うのやめなよ。そのおキレイなお顔に似合う、もう少し上品な断りかたがあると思いますよ、ボクは」
「下品な方がいいんだよ」
「下品のレパートリーが下手すぎんの。もっと他にあるでしょうが…これだからお坊ちゃんは…」
「それに嘘は言ってない」


勇太は溜め息をつき、ホンっと大ちゃんって、面倒くさくて不器用なオトコよねぇ…いやになっちゃうっ!と、またふざけた口調に戻った。

「これ以上告白されないために、わざとエグイこと言うとか、女子の間で最低な男、って噂になりたいとか、モテる男のうぬぼれって感じで、ホントむかつくんですけどぉ〜?」
「…」
「でも、結果、作戦失敗してるのがウケるぅ〜。ってことは人妻なら可能性あるの?っていう人妻ちゃんたちがワラワラ寄ってきちゃって、結局困ってる大ちゃんがバカ過ぎてウケる〜」
「…」
「ウケるけど、何してもモテるって、マジでムカつくぅ〜」

無視しないでくださぁーいっと勇太に顔を覗き込まれた大輝は、思わず笑ってしまう。

実は、勇太は大輝の恋の相手を知る、数少ない友人の1人でもある。

今の大輝が、人妻にしかタタナイ、のは本当のこと。ただし、人妻が好きという性癖なわけではない。ずっと…ある人妻に恋をしているのだ。

「で?会えてんの?あの人と?」
「…しばらく会えてないし、次も未定」
「しばらく、ってどれくらい?」
「3週間くらいかな」
「…じゃあ今夜も暇だねぇ。ここ終わったらSneet行こうぜ」
「今日、俺ら、ラストまでだろ」
「ラストだから何?そのための眠らない街でしょうが。ハイ決まり。今日はとことん飲む!朝まで飲み明かす!」

んじゃ、大ちゃんラストナイト、あと3時間気合いれていこうぜぇ〜!と雄叫びをあげながら、勇太は爆音のフロアに戻っていった。この店のラストは2時。片づけをしたら3時を回るのに。

Sneetは、西麻布にある老舗といえるBar。表向きの閉店時間は2時。でも常連は明るくなる時間までいることを許されてしまう、という店で。

飲み始めたら止まらない酒豪の勇太に付き合うのはつらいのだが。大輝が吐き出せずにいる痛みを、気づかないふりで笑い飛ばしてくれる勇太のいつもの軽さに、今日もそっと感謝した。




『14時からの打ち合わせがなくなって、夜まで時間が空いたんだけど…。会えないかなって。でも、無理はしないでね。いつも急でごめん』

というLINEに飛び起きた。時計をみると13時を少し回ったところだった。

急いで『会えるよ』と返信したものの、いつも使っている自分の部屋には、いびきをかきつつ、すやすやと勇太が寝ている。

朝6時近くまで飲んで、飲み潰れた勇太を追い出すのもなぁ…と、今日は家がダメだ、と伝えると、ホテルにしよう、と返信がきた。急いでシャワーを浴びて家を出る。

指定されたのは、虎ノ門ヒルズのアンダーズ。大輝が家族でもよく使うホテルで、馴染みのスタッフに会ったときの言い訳を考えながら、足早にフロントを通り過ぎ、指定された部屋に急いだ。

ベルを鳴らすと、はぁい、と声がして、ドアがあく。

「会いたかった」

ドアが閉まるのも待ちきれず、その華奢な体を引き寄せ、抱きしめた大輝に、苦しいよ、とキョウコは笑った。

門倉キョウコ。大輝の愛しい人。

私も会いたかった、が欲しくて、抱きしめる腕に力を込めたけれど、どうしたの?何かあった?と言われただけ。何にもないよ、と腕を緩めると、コーヒ―入れてたの、飲む?とすり抜けていった。

3週間会えず、電話もLINEも交わしていないのに。淡々と無邪気に、元気だった?仕事変わるんだっけ?なんて、どうでもいい質問ばかりのキョウコに、大輝は、いつものこと、と思いながらも悔しくなってしまう。

自分ばかり焦がれていたようで、でも子どもだと思われたくもなくて笑顔を作る。キョウコの質問に誠実に答えながら、コーヒーを受け取った。

高層階の部屋の窓からは、東京タワーが見える。窓際のソファに並んでコーヒーを飲みながら、しばらくたわいもない話をする。そうしてキョウコの表情がほどけてきた頃、大輝はいつもの質問をした。

「キョウコさん」
「ん?」
「今日は、する?」
「しなくても、いい?」
「もちろん」

大輝はコーヒーカップをテーブルに置き、キョウコの手を取る。薬指に指輪がはまった左手を。大輝は知っている。キョウコが自分に連絡してくるのは、何かつらいことがあった時だけだということを。


今日のつらさは、仕事か。それとも…家庭のことか。ドラマや映画の脚本家、という仕事が孤独なものだ、ということを、大輝はキョウコを通して知ったし、子どものいない家庭で、テレビディレクターの夫との関係が冷め切っていることも知っている。

「…最近、眠れてなくて。一緒に寝てくれる?」
「OK。じゃあ、着替えたら?その素敵なワンピース、しわくちゃにしたくないでしょ」
「そうね、大切なワンピースだから」

2人同時に、去年の夏の日のことを思い出して笑った。

それは、キョウコの34歳の誕生日の翌日。初めて2人で買い物に行き、大輝がプレゼントとしたのが、キョウコが今着ている、ジルサンダーのワンピース。

170cmの長身で、普段はマニッシュなパンツルックを好むキョウコに似合うワンピースを、と大輝が選んだもので、大輝からの初めてのプレゼントだった…のに、支払いの段階になった時、店員は、当然のようにキョウコに請求した。

オレが払うんです、と慌ててカードを出した大輝に店員が驚いた顔をした。店を出た後、絶対ヒモだと思われてた…と落ち込む大輝を、キョウコが笑いながら慰めた、というところまでが、未だに2人のネタになっている。

― 次の誕生日も一緒に祝えるといいけど。

ホテルのパジャマに着替えたキョウコを、ベッドで抱きしめながら、そんなこと思う。




「キョウコさん、何時に起きればいいの?」
「…7時に家につけばいいから、6時、かな」
「じゃあ、あと3時間はあるね、寝れそ?」
「とりあえず、目閉じてみる」
「うん、お休み。時間になったら起こす」

ありがと、とつぶやいたキョウコの背中を撫でているうちに、呼吸が規則正しい音に変わった。キョウコさん?とささやいてみても返事がない。眠れたんだ、と安心すると同時に、その寝顔に胸が締め付けられる。

― あー。やっぱ、好き。すげぇ好き。

爆発しそうな愛おしさで狂いそうだ。揺り起こしてめちゃくちゃに抱いてしまいたい。そんな欲情を必死に抑えながら、携帯のアラームを6時に合わせる。

他の男が待つ家に帰すためのアラーム。彼女が他の男のものであることを思い知らされる行為でもあるのに。この3時間は自分の腕の中にいてくれる、と思えば苦しいより幸せが勝ってしまう。

「大ちゃんどうしちゃったんだよ?今までの彼女と何が違うの?」

当初、キョウコとの関係に反対していた勇太はそう言っていた。大輝は、自分でもどうしちゃったんだろう、と思う。

「どんなにキレイごと言っても、しょせんただの不倫で、大輝はただの愛人でしょ?その女、口で言ってるだけで、絶対離婚なんかしないよ?結婚っていう安定した仕組みに守られつつ、キレイな男の子とも遊びたい。ただの強欲な女だよ」

キョウコと同じ歳の女性の友人にはそう叱られて、ケンカになった。大輝にも、わかっている。自分の思いは…ずっと片思いで、キョウコが本当に離婚できるのか、それが確実ではないことを。でも。

不倫、愛人、何と呼ばれてもかまわない。ただ一緒にいられるなら。

そんなキョウコとの出会いは、3年前。大輝の大学で、OBであるキョウコが特別講師として授業をしたことがきっかけだった。

脚本家を目指していた大輝が、自分の作品をキョウコに見てもらい、同じ時間を過ごしていくうちに、キョウコの人柄、そして孤独を知り…恋に落ちた。

そして去年の春。キョウコの夫の浮気が発覚したことがきっかけとなり、大輝の熱がキョウコの隙間に入り込んだ。そして、2人の関係が始まったのだ。

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