オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。

友達や恋人には言えない“あの夜”が…。

寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。

そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。

これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。

▶前回:サプライズで彼氏の家を訪れた26歳女。彼が不在だったので合鍵で入ったら、想定外の展開に…




Vol.8『新郎新婦の秘密』瞳(32)


「莉乃おめでとう〜!すっごく綺麗」
「瞳、ありがとう」

ホノルルのワイキキにある、老舗名門ホテルの白が美しいチャペル。

花嫁の親友・莉乃も純白のドレスを纏い、幸せそうな顔で微笑んでいる。

横には新郎の仁がいて、彼も満面の笑みで参列者に会釈をしている。

― その笑顔は、本物なの…?

めでたい席なのに、ついそんなことを思ってしまう。

なぜなら、私は知っているから。莉乃と仁の秘密を…。


2日前の20時。

「瞳〜!ハワイまで来てくれて、ありがとね!」

家族との夕食を終えた莉乃に、ふたりだけで飲みたいと誘われ、訪れた『SKY Wikiki』。

私と莉乃は、シャンパンをボトルで注文し乾杯した。




「莉乃の結婚式なんだから、来るに決まってるでしょ。買い物したいから、もう少し円高だと嬉しかったけど」

「だよね〜。でも、せっかくだから、明日一緒にアラモアナ行こうよ」

― いいけど、莉乃はお酒弱いから無理じゃないかな〜。

私たちは小学生からの親友で、なんでも話せる唯一無二の存在だ。

「莉乃はいいなぁ、ハワイで挙式なんて羨ましいよ」

「あはは。単に、東京で披露宴やるほど友達がいないの」

「そんなことないでしょ。私も海外でやりたいな〜。てか、まずは彼氏作らないとだけど」

そんなたわいもない会話をすること2時間。

ハイペースでシャンパンを飲んでいた莉乃の目が、うつろになってきた。

「ふぅ〜。ごめん。ちょっともう、だめみたい…」

旅の疲れもあるのだろう。私は会計をすませ、莉乃をホテルまで送ることにした。




「ごめんね、瞳。もっと話したかったんだけど」

「全然いいよ。私もまだハワイにいるし、またいつでも呼んで」

ルブタンのエスパドリーユでふらふらと歩く莉乃を支えながら、私はInstagramのDMで彼女の夫に連絡した。

莉乃が「ホテルの部屋番号を忘れた」と言い出したからだ。

私が、『仁くん部屋にいる?莉乃を送りに来たんだけど…』とメッセージを送るとすぐに返事が来た。

『仁:いるよ!ごめんね。ロビーで待ってて。今、エレベーター降りる』

― あぁ、助かった。

それから2分もしないうちに、仁がミネラルウォーター片手に現れた。

「ごめんね、瞳ちゃん。部屋に連れてくわ」

「うん。よろしくお願いします」

「も〜。ハワイまで来てくれた友達に、迷惑かけるなよ。ほら、莉乃は水飲んで」

私は、ふたりの様子を見て、安心した。

お酒が弱い莉乃は、本来自分のペース配分を考えられる人なのだ。でも、今日は異常に速いペースで飲んでいた。

でも、ハワイにいることがそうさせたのかもしれない。

― さて、私もホテルに帰りますか。

スマホでさっき撮った莉乃とのツーショットを見ながら外に出たところで、仁からDMが届く。

『仁:瞳ちゃんは飲み足りないでしょ。俺でよければ、飲みに行こうよ!』

私たちはホテルから少し歩いたところにあるホテルのバーで飲むことになった。




「乾杯!」
「かんぱい〜」

親友の莉乃に許可を得ずに、彼女の夫とふたりでお酒を飲むのは、ルール違反だろう。

でも、海外にいる開放感からか、私は誘いに乗ってしまった。

仁とは東京で数回しか会ったことがないし、当たり前だが莉乃も一緒だったから、ふたりで話すのは初めてだ。




「莉乃のこと置いてきちゃって、大丈夫だったの?」

私は、モヒートのミントを混ぜながら聞いた。

「うん。ただの飲み過ぎだし、一度寝たら朝まで起きない人だから。それに、せっかくハワイに来たのに、瞳ちゃんもひとりだと寂しいでしょ?」

「そっか」

ハワイは何度か来たことはあるが、ひとりで訪れたのは今回が初めてだ。

だから、莉乃や仁が気遣ってくれるのは、ありがたかった。




「ていうか、莉乃は瞳ちゃんにも話してないんだね」

2杯目のウイスキーロックを飲みながら、仁が言う。

「実は…俺たち、もう関係が冷え切ってるんだよ。かろうじて一緒には住んでいるけど」

― え……!?

ふたりが婚約したのは、2020年の冬。その時、世界中で行動制限がされていた。

海外挙式にこだわっていた莉乃は、日本で結婚式をすることはなく、仁と籍だけ入れたそうだ。

その間に、価値観の違いが原因で、頻繁に喧嘩をするようになり、家での会話はほとんどないらしい。

「そうだったの…全然知らなかった」

私に言わなかったのは、莉乃なりのプライドだったのだろうか。

「うちや莉乃の親族も、ハワイでの挙式をずっと楽しみにしていたんだ。だから、やらざるを得なくてさ」

仁は、苦笑いしながら答えた。

「でも莉乃は仁君のこと、今でも好きだと思うよ。いつもノロケてたし」

「はは。それは、俺の経済力にだけ惚れてるんだと思うよ。今はベンチャーの会社役員だけど、来年独立するし、不動産もいくつか持ってるしね。離婚するのも惜しいんだろ」

私がなんて言おうか考えていると、仁は続けて言う。

「それに…莉乃にはたぶん、彼氏がいるよ。なんとなくだけど」

― まさか、そんな…。

結婚式に参列するために訪れた場所で、こんな話を聞くことになるとは、思わなかった。

「今日のことは、俺と瞳ちゃんだけの秘密ね」

「もちろん、誰にも言えないよ…」

「ありがとう」

仁は腕時計を見ると、目が合ったスタッフにクレジットカードを渡した。

「実は、ホテルの部屋も莉乃とは別の部屋も取ってるんだ。瞳ちゃん、よかったら俺の部屋で一杯だけ飲まない?」

会計が終わったあと、深夜のワイキキをふたりで歩いていると、仁が言った。

「いやいや!さすがにそれはやめとく。でも…東京に帰ったら、また連絡するね」

どうして私は、そんなことを言ったのだろう。彼は、親友の夫なのに。

「ありがとう。じゃあ、LINE交換しとこ」



「瞳、一昨日はごめんねぇ。送ってくれたんだよね、ありがとう」

挙式の後のパーティーで、莉乃は私の席まで来ると謝った。

「だから言ったでしょ。次の日にアラモアナは無理だって」

私は、莉乃に満面の笑みを向けた。




仁とは一度も目が合わない。

もしかしたら、私に秘密を話したことを、彼は後悔しているのかもしれない。

彼は、莉乃とのことを1人で抱えているのが辛くて、誰でもいいから話したかっただけなのかもしれない。

その相手が、たまたま私だっただけ。

それに、そもそも仁の話は、すべて嘘だった可能性もある。

― まぁ、どっちでもいいけど。

東京に戻っても、私から仁に連絡することはないだろう。それをしたら、親友との仲が終わってしまう。

真実はわからないが、莉乃は嫌いな相手とは結婚式を挙げたいとは思わないはず。

彼女の美しい横顔を見ながら、あの夜に仁から聞いたことは忘れようと心に誓った。

仁は、確かにいい男だ。

でも、大事な友の夫に心が惹かれてしまうほど、私も馬鹿ではない。それを確認できただけで満足だった。

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