「昔ハマってたんだ…」40歳バツイチ男と結婚した年下妻。夫の趣味に“前妻の影”が…
◆これまでのあらすじ
38歳の真弓は、友人の紹介で出会った40歳の雄介との結婚を機に、自宅マンションの売却を考え始める。「ここなら信頼できる」と確信した会社に売却活動を依頼することにしたものの、1ヶ月経っても内覧が1件も入らず…。
▶前回:「結婚も考えてたけど…」35歳外コン男が、同棲中の本命彼女と別れた“ある理由”
Vol.7 マーケティング
「1ヶ月も内覧が入らないんだから、マーケティングを見直した方がいいんじゃない?」
マンションの売出しを始めて1ヶ月。1件も内覧が入らないことを嘆いていたら、友人のミズホにアドバイスされた。
あの日、ミズホの助言を書き留めたメモを読み返す。
まずは新堂さんがアプローチしている顧客の確認と、訴求対象を広げるべきかどうかの検討だ。
メゾネットのマンションを購入したい層は限られる。少ない“パイ”を確実に取りに行くには、販促方法を見直し、エリアを広げ、できるだけ多くの潜在客層へのリーチを目指すことだ。
また、ポータルサイトの掲載内容もテコ入れが必要だ。
今までは新堂さんの言葉通り、写真をできるだけ掲載せず、“見せないことで興味を持たせる”戦略を取ってきた。
でも今後は、できるだけ魅力的な写真を増やし、見せるマーケティングに切り替えたほうが良さそうだ。
― 仲介業者さんもプロとはいえ、自分でも色々と調べて考えて、動かなきゃ。
やることを整理してリストアップすると、自然とモチベーションが上がってきた。
プロに任せきりにするよりも、意外と自分の性格に合っているのかもしれない。
◆
「真弓って、“こう”と決めたら早いよな…さすが、長年広告業界の第一線で働いているだけあるよ」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる」
ミズホたちと食事してから数日。
ちょうど仕事も一段落したので、私は1日有給休暇を取得した。ポータルサイトに載せる写真を撮るために、自宅の模様替えをしようと決めたのだ。
「あの趣味全開な部屋が、こうも変わるとは…」
仕事から帰ってきた雄介が、雰囲気が一気に変わったリビングを感心したように見渡している。
以前はアンティーク家具を主役に、いわば欧風雑貨店のように雑多にモノを詰め込んでいた私のリビング。写真を撮るにも、このままでは私の“イロ”が強く出すぎてしまい、閲覧する人の想像力を削いでしまう。
だからできる限りシンプルを目指して、飾っていた雑貨を減らすことにした。
サイドボードに並べていた南欧の磁器や花瓶は食器棚の中へ。カラフルなテーブルクロスも、撮影したときに部屋が狭く見えてしまうので、一旦は片付けた。
窓際にところせましと並べていた観葉植物も、玄関や上の階に一部移動させて、最小限におさめた。壁に飾っていた“推し”の画家やアーティストの作品もほとんどはずした。
「あれだけあったのに、よくしまう場所があったね」
「トランクルームを借りたの。季節ものの衣類とか、使わない布団類も移動させちゃった。内覧の時にはクローゼットの中も見られるから、できるだけものを少なくして、『収納スペースは十分だな』と思ってもらった方がいいでしょ?」
「そんなもんなんだね…」
呆気にとられた様子の雄介の顔を見ていたら、私は“あること”を思いついた。
「そうだ。雄介、昔カメラにハマった時期があるって言ってたよね?」
「あ、そうだね。小遣い稼ぎで、色々な写真を撮って素材サイトに載せてたこともあったけど…って、もしかして」
私はにっこりと微笑む。
「せっかくだから、キレイになった部屋をプロのカメラマンに撮ってもらおうかなと思ったけど。こんなところに“プロ”がいたなんて、ラッキー!」
甘えるように雄介の腕を組むと、彼はまんざらでもなさそうに「やれやれ」とつぶやいたのだった。
◆
「そこ、ソファはもう少し左にした方がいいかも。観葉植物は少し後ろの方に動かして…」
「このあたり?」
「もう少し右かな」
その週末、さっそく私たちは部屋の写真撮影をすることにした。
雄介はNikonの一眼レフカメラと三脚を引っ張り出してきて、朝からあれやこれやと試行錯誤している。
― そういえば、前の奥さんとの離婚をきっかけに高級カメラを購入したって、付き合う前に言ってたなぁ…。
彼がバツイチであることをそう気にしたこともなかったが、思わぬ時に前妻の影がちらつくことがある。
そんな時、モヤモヤするような焦るような、少し複雑な気持ちにはなるのだけど…。
― まあ、誰にだって歴史はあるしね。私も、元カレとの婚約破棄があって、いま雄介と一緒にいるわけだし。
ひとりでうなずき、自分を納得させながら雄介を見つめる。
「うーん、ちょっと違うんだよなぁ…」
雄介は何枚か撮影するたびに、傍らに広げた撮影ノウハウ本の写真と見比べ、首をひねっている。
私はもっぱら、雄介の指示に従って家具や小物を動かす担当だ。雄介は、知らないうちに撮影小物を準備していた。フェイクグリーンや謎の洋書、大きなアロマキャンドルなどを、彼のディレクション通りに並べていく。
リビングだけでなく、キッチンや洗面所、お風呂に至るまで、私たちは(というより、主に雄介は)妥協せず、こだわり抜いて写真撮影を続けた。
「よし、これでイイ感じ!」
― すごい。ほとんど1日かかっちゃった…。
彼がカメラに表示されたデータを見ながら満足げにつぶやいたころには、日は傾きかけていた。
「それじゃ、俺は編集作業するから、しばらく一人にさせて。真弓は疲れただろうから、休んでていいよ」
「あ、ありがとう…後で、コーヒー持っていくね」
「サンキュー!」
雄介は疲れた様子をまったく見せず、むしろイキイキとした表情でメゾネットの階段をのぼっていく。
― 久しぶりにカメラに触れて、きっと楽しかったのね…。
彼を見送りながら、私は彼の意外な一面に驚いていた。
◆
雄介の努力の甲斐あって、素敵な室内写真を撮ることができた。正直、居住中の状態とは思えないレベルの完成度だ。
以前から新堂さんに「室内写真も載せたい」という話をしていたが、データを送ると彼はすぐに電話をかけてきて、雄介の写真を褒める。
「藤田さん、データ拝見しました。素晴らしいお写真ですね!弊社の“プロカメラマン派遣サービス”をご提案しようかと思っていましたが、これならすぐにサイトに載せられそうです」
「ありがとうございます。夫も喜びます!」
「サイトに載せるだけじゃなく、もう一度、この写真を持ってお客様に提案しに行きます。実は『室内の様子を見たい』と言ってくださっているお客様がいるんです。良いタイミングで写真をご用意いただき、ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ。お客様に魅力が伝わるよう、売り込んでいただけるとありがたいです!」
― 興味を持ってくれるお客さんがいるんだ。内覧に結びつけられたら、もしかしたらすぐに契約までいくかも…!?いやいや、期待しすぎもよくないか。
新堂さんの言葉に、「冷静でいなきゃ」と頭では思いつつも、胸の内にむくむくと期待が湧いてくる。
◆
そして1週間ほどして――新堂さんからメールで連絡がきた。
『以前にお話しした、検討いただいているお客様と本日打ち合わせし、内覧希望をいただきました。来週の土曜日はご都合いかがでしょうか』
― やった!初めての内覧だ。
心の中でガッツポーズをする。すぐに雄介にも共有し、私たちは大急ぎで内覧のための準備を始める。
そして、週末の土曜。
あっという間にその日が来た。
― いよいよ内覧日…!緊張するけど、しっかり準備してきたし、きっと大丈夫…!
約束は13時。
予定の1時間前にはすべての片づけを終えて、雄介とともに玄関からお風呂に至るまで細かいところをくまなくチェックする。
せっかく写真をモデルルームのように仕立てたのだから、そのイメージを壊さないことが大切だ。
特に水回りは、水滴が残っているだけで生活感が現れてしまう。念入りに水をふき取り、使ったタオルもドラム式洗濯機の中に入れて隠した。
家の第一印象に大きな影響を与える玄関は、何度か開け閉めを繰り返して風を通したうえでディフューザーを設置。ベランダに舞い込んでいた落ち葉も拾い集めて捨てておいた。
「じゃあ俺はそろそろ出かけるね。終わったら連絡して」
「うん、わかった」
作業を終えると、内覧の時間よりも少し早くに、雄介に家を出てもらう。
新堂さんによれば、対応する人数はできるだけ少ない方が内覧客も気づまりしないし、部屋も広く見えるらしい。だから、内覧は私1人で対応することにしたのだ。
雄介が出かけた10分後、インターホンの音が鳴る。
― 来た。
オートロックのエントランスカメラから、新堂さんのほか、男女1組が映るのが見えた。カップルでの内覧ということらしい。しばらくして、玄関のチャイムの音が鳴る。
「こんにちは。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ。お上がりください――って、え…!?」
内覧客を迎え入れようと、にこやかに扉を開いたはずだったが――私は、言葉を失う。
その先にいたのは、“信じられない人物”だった。
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内覧に来た人物とは…?