サプライズで彼氏の家を訪れた26歳女。彼が不在だったので合鍵で入ったら…
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:夫宛に届いた1通の封書。妻が何気なく開けたら、とんでもない事実が発覚し…
Vol.7『遠距離恋愛の行く末』隆(26)
『香菜:おはよ〜!今日の東京は寒いよ。そっちはどう?』
僕は、彼女の香菜からのメッセージを既読にせず、オフィスでPCの電源を入れた。
毎日の連絡が嬉しいと感じたのは、最初の1ヶ月だけで、今では何とも思わなくなってしまった。
香菜はマメな女性だと思う。
そのマメさがなければ、僕らはとっくに別れていただろう。
遠距離恋愛も、もうすぐ2年。
東京が本社の飲料メーカーに入社したというのに、僕の配属先は、縁もゆかりもない広島市だった。
僕以外の同期は、本社勤務か海外赴任。
広島に行かされるということは、出世コースから外れた通告のような気がしている。
― 僕の人生なんて、そんなものだ。
そんな時に励ましてくれたのは、大学3年から付き合っていた香菜だった。
『香菜:今日のお弁当は、三色丼で〜す!』
昼休み。仲の良い先輩と社食を選んでいると、香菜から弁当の画像が送られて来た。これも毎日のルーティンとなっている。
僕が既読をつけると、またメッセージが届いた。
『香菜:早く、隆にも作ってあげたいな〜』
― ……。
なんて返信しようか迷っていると、先輩が僕に言う。
「人事のやつに聞いたんだけどさ。隆、そろそろ東京に戻れそうだぞ」
「…あ、そうなんですか。広島も結構気に入ってますけどね」
強がりではなく、本音だった。
もっと田舎で不便かと思っていたけど、そんなこともなく、路面電車は東京ほど混んでなくて快適だ。
埼玉出身の僕は、今まで無駄に東京にこだわりすぎていたのかもしれない。
恵比寿や西麻布。銀座なんかで酒を飲むことがかっこよくて、いつかは港区に住みたいし、モデルみたいないい女を連れて歩きたい。
大学生の僕が抱いていた、万人が考えそうな理想は、いつのまにか幻想になっていた。
「そっか。まぁ、上が決めることだからな。じゃあ…来週の金曜の牡蠣会、来るか?」
先輩は社食で一番人気の、ポークカレーを食べながら言った。
何が「じゃあ」なのだろう。
しかし、僕は先輩の提案に乗ることにした。
「牡蠣会?何ですか、それ」
「まぁ、食事会みたいなもんだよ。でも、今回はマジで可愛い子が多いから。どうする?」
そんなふうに言われて、断れる男がいるのだろうか。
香菜とは物理的に離れているから、今の関係が後退することはあっても、きっと進展することはない。
どんなに相性の良い相手でも、頻繁に会えなければ気持ちも薄れていくのだ。
そのせいか、僕が東京に行く回数もどんどん減っていた。
「行きます。牡蠣、好きだし」
僕は笑顔を作る。
そして、香菜に返信をし、先輩とオフィスへ戻った。
― 香菜とは、そろそろ潮時かな…。
そう思っていた時に誘われた会だったので、僕は内心期待しかなかった。
『香菜:今日、付き合って2年の記念日だね。今日は残業?』
先輩に誘われた「牡蠣会」の当日。今日もいつものように、香菜は朝から連絡をくれた。
『隆:残業はないよ』
僕は仕事終わりにそう返信して、食事会に向かった。
今日の会には、僕のような関東出身の人が多く集まるらしく、古民家風の店には、僕らを含めて8人が集まった。
「隆くんって、東京の人?」
「そうだけど」
隣に座っていたアスミという女性が話しかけてきた。
「やっぱり!かっこいいもんね。私は千葉出身なんだけど、仕事でこっちに来ていて…」
僕は、彼女が話している途中で気づいた。
「えっ!あ!もしかして…!!」
「気づいてくれた?」
アスミは、広島のテレビ局のアナウンサーだったのだ。
― 先輩、ありがとうございます!!
東京にいてもアナウンサーとは知り合えなかった僕は、心の中で合掌した。
「よかったら、ふたりで飲み直さない?」
さらに僕は、酔った勢いでアスミを家に誘うことに成功した。
これまで他の女性とお酒を飲むことはあっても、家に連れてきたことはなかった。だから、今日くらいは羽目を外してもいいだろう。
「へー。社宅なのに綺麗なマンションだね」
マンションに着くと、アスミが僕に腕を絡ませながら言った。
「そう?たいしたことないよ」
僕は、そう言いながら解錠したが、逆に鍵がかかってしまった。
― 朝、戸締り忘れたかな。
そう呑気に思っていたが、予想外の展開が待っていた。
誰もいないはずの自宅のドアが開いたのだ。そこにいたのは遠距離恋愛中の彼女。
「隆、おかえり!サプライズ〜!」
「えっ…香菜、なんで…」
香菜は、華やかな赤いニットのワンピースで僕を出迎えた。
「なんでって、記念日でしょ!仕事休んで来たんだよ。残業ないって言ってたのに遅すぎ…」
香菜はアスミの姿を見つけ、固まった。
「誰?」
「あっ、えっと私は帰りますね。隆くん、また!」
面倒なことを避けたかったのだろう。アスミは、さっと踵を返した。
でも、それでよかった。今はアスミのことを気にかける余裕はないから。
「隆、どういうこと?」
「ごめん。説明するから…!」
そう言ったものの、僕は頭の中が真っ白だった。
手に持っているコンビニの袋には、お酒とお菓子の他に、アスミのために買った歯ブラシや1日分のスキンケアが入っている。
手遅れだとしても、それを今すぐ隠したかった。
「ううん、大丈夫。今ので全部、理解したよ」
香菜は合鍵をテーブルに置いてから、床に置いてあった大きなバッグを持ち上げた。
「最近、隆から連絡をくれないのも、東京に遊びに来ないのも、考えすぎだと思ってた」
彼女の目には、うっすら涙が溜まっている。
「ただ、仕事が忙しいのかなって…そうやって自分を慰めてたんだけど。そんなの都合よすぎたよね」
確かに最近の僕は、香菜のことを少し鬱陶しく思っていた。
それなのに、いなくなると思うと、喪失感からくる恐怖で押しつぶされそうになる。
「もう、終わりにしよう」
「終わりって…?」
「わかってるくせに聞かないでよ。その方が隆も都合がいいでしょ」
香菜が靴を履きながら言う。僕のことは、もう見てもくれない。
それはそうだろう。
彼氏が記念日を忘れ、他の女性を部屋に連れ込もうとしていたのだから。
「今からどこに泊まるの!せめて、明日の朝帰ったら?」
僕は、そう言うのが精一杯だった。でも、彼女の決心は堅かった。
「大丈夫。急に来てごめんね。元気でね」
1ヶ月後
「はぁ…」
あの日、僕はすぐに香菜のことを追いかけた。
でも、夜で道が暗かったこともあり、彼女を見つけることができなかった。その後、いくら連絡しても返事はない。
それは、僕らの関係の終わりを意味していた。
毎日必ず届いた香菜からのメッセージ。離れていても、味方がいてくれるという安心感。
それがなくなり、僕の心には大きな穴があいている。今になって彼女の存在の大きさに気づいた。
香菜がいたから、僕は広島で遊んでいられたのだ。
彼女を必要としていたのは、間違いなく僕の方だった。それなのに、手放してしまった。
今ならハッキリと言える。東京に戻りたいし、香菜と離れたくないと。
けれど、彼女の存在にかまけて、蔑ろにしてしまったのは僕だ。
会社で僕が落ち込んでいるので、先輩は頻繁に食事会に誘ってくれる。でも、行く気になれなかったし、あの夜のことは誰にも言えなかった。
誰かに話したら、僕らはもう終わったのだと認めてしまうことになるから。
「香菜がいなきゃ、無理だよ……」
誰もいない部屋で、僕はつぶやいた。
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▶1話目はこちら:男に誘われて、モテると勘違いする29歳女。本命彼女になれないワケ
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女友達の独身最後の夜のはずが…