商社マンとの合コン。期待して臨んだ29歳女が、開始早々ガッカリしたワケ
◆これまでのあらすじ
ダメ男と10年もの付き合いを経て別れた杏奈。高校時代モテモテだった彼女は、振った同級生がエリートになっていることを知りビックリ。逃した魚を捕まえるべく奮闘するも、経験の少なさゆえか、失敗続きで…。
▶前回:推定年収1億円のカレとデート。2軒目のバーでいい雰囲気になり、男にもたれかかるも実は…
Vol.6 成長する、ということ
「素敵なお店…」
ここは、丸の内のフレンチビストロ『mood board』。杏奈は到着するなり、シャンデリアが煌めくラグジュアリーな店内に目を奪われる。
「あ、きた。杏奈、こっちだよ」
店の奥から、麻沙美が顔を覗かせて手招きする。
今日は傷心続きの杏奈のために、麻沙美が食事会を開いてくれているのだ。
「麻沙美、私のためにありがとう」
「杏奈には早く幸せになってほしいからね」
麻沙美は既婚者なので、もちろん夫であるタンクも同席する。紹介してくれるという男性3人は、タンクの会社の同僚ということだ。
メンバーは、男性4人対、女性3人。女性のうちの1人はあらかじめこの場の趣旨を理解してくれている知人の女性なので、既婚者であるタンクと麻沙美も除けば、実質男性3人対、女性2人という比率の食事会だ。
張り切って、待ち合わせ時間より15分ほど早くついたため、他の参加者はまだ来ていない。麻沙美は周囲を確認しながら、小声であの話題を口にした。
「松崎先輩の件。ほんとにもう、聞いてびっくりしたよ。スキャンダルにも驚いたけど、まさか、杏奈がその当人とデートしていなんてね」
「…うん。事前に回避できてよかったよ。でも、デートするたびに男性不信になって、高濱くんどころか男性自体が嫌いになってしまいそう」
杏奈が肩を落とすと、麻沙美は優しくその背中をさすった。
「元気出して。それはよく言うと目が肥えはじめたってことだから。今日来る男性は、ハイスぺな超優良物件を保証する!良かったら、高濱くんから本命に切り替えてもいいしね」
その言葉を信じ、杏奈は無理矢理心を奮い立たせる。
「そうだね…」
すると時間きっかりに、タンクが男性を3人引き連れて席にやってきた。
「おまたせ!杏奈さん、今日は来てくれてありがとうね」
だが、タンクの後ろで微笑む3人を見て、杏奈は固まった。
― 全員、どうなのかな…。
1人目は、明らかに40歳オーバーだ。下手したらアラフィフかもしれない。
2人目は、高校時代のタンクのような…すなわち、いわゆる巨漢だ。
3人目は、アラフィフでも巨漢でもないけれど。細身でなで肩の、見るからに冴えないメガネ男子…。
皆、会社帰りなのだろうか。揃って同じようなグレーのスーツを着ているが、それでも溢れ出る“個性”に、杏奈は言葉を失った。
言い方は悪いが、洗練されたという表現からは最も遠い男性たちである。
しばらくすると数合わせの女性も合流し、食事会は始まった。
乾杯の後、麻沙美は上機嫌で杏奈に尋ねる。
「杏奈、どう?素敵な人たちでしょ」
「え、あ…そうね」
答えに詰まりながらも、杏奈は必死で笑みを作り、しばらくは美味しい料理とお酒で気分を紛らわすことにした。
でも…やはり自分の価値観に嘘はつけなかった。油断するとすぐ、無表情に戻ってしまう。
会話も途切れ途切れで、気持ちは乗らない。そして、杏奈の脳裏には、蓋をしきれない本音が頻繁によぎるのだった。
― 早くお開きにならないかな…。
そんな自身に喝を入れ、例のマニュアルに沿って、男好きする仕草や言動で男性陣を喜ばせようとする。
だが、それも自分を安売りしているような気がして、情けなさでまた無表情に戻ってしまうのだった。
「杏奈、杏奈」
「え、なに?」
麻沙美は杏奈の消化試合感を感じ取ったのか、そっと耳打ちしてくる。
「緊張しているかもしれないけど、ほんっとうに、みんないい人だから。彼らは婚活市場に出回らない超穴場の男性たちだよ♪」
「…わかるけど」
麻沙美は心から楽しそうである。それが不思議だった。
なんとかして、彼らの中の誰かと杏奈を成就させようと躍起になっている。それは、心からの純粋な優しさに感じられた。
杏奈は改めて、熱い視線を送ってくる目の前の三人の男性を眺める。そして、ふと気づいた。
― そうか。麻沙美は、私の結婚相手にはこれくらいの人たちがちょうどいいって、本気で思ってるんだ。
目の前に並んだ、パッとしない男性たち。彼らに抱く印象こそが、客観的に見た自分自身の市場価値そのものだという事実を、嫌というほどに突きつけられていた。
「ごめんなさい、ちょっと化粧室に」
残酷な現実に耐えきれなくなった杏奈は、どうしてもその場に居続けることができなくなり、ついに席を立ってしまうのだった。
◆
化粧室には杏奈よりも先に、麻沙美が数合わせで呼んだ女性がいた。
確か、名前をむつみといっただろうか。つまらなそうにスマホをいじっている。
何気なく目が合い、お互いなぜか苦笑いした。
「正直、あんまり、ですねぇ。クセ強三銃士、的な。麻沙美さんの夫さんが一番当たりって感じです〜」
むつみが呟いた正直な感想に、杏奈も思わず笑ってしまう。
まだどこかにあどけなさが残るむつみは、まだ23歳。麻沙美の行きつけのセレクトショップの店員らしく、カジュアルなファッションを上品に着こなしている。
「主役は杏奈」と麻沙美に念を押され、食事代をご馳走してもらえるという約束で来たものの、それでもこんな退屈な飲み会は初めて、と愚痴を言う。
むつみの口から放たれる厳しい物言いは、ほぼ同じ感想を持っている杏奈でも気まずさをおぼえるほどだった。
しかし、歯に衣着せずに代弁してもらうことでスッキリする部分もある。杏奈は飾らない性格のむつみに対して、不思議な親しみを抱いた。
「あ、…それ、RRR?」
共に席に戻ろうとすると、彼女が持っているポーチのキーチェーンに目がとまる。昨年話題になったインド映画のグッズだ。
「はい。見ましたか?私、大好きなんです」
「私も!どこで買ったの?」
『RRR』は当初、直人に連れられ、嫌々観に行った。しかし、蓋を開けると杏奈の方がはまってしまい、応援上映に行くほど好きになってしまった作品だった。
「池袋のイベントの物販です」
「私も行きたかったイベントよ。いいなぁ!」
「なら、布教用に買っておいたのをプレゼントしましょうか」
「いいの?私ね、ずっと使っていたキーチェーンをなくしたばかりで、ちょうど欲しいと思っていたの」
知らずのあいだにおしゃべりに夢中になっていた。
席に戻った後も杏奈は、ついついむつみとばかり話を弾ませるのだった。
◆
― 今日は本当に楽しい食事会だったな…。
食事会から帰宅後。
杏奈はベッドの上で寝ころびながら、むつみとの会話を反すうした。
好きなことを同志と存分に語り合える機会なんて、ここ最近めったになかったからだ。
― まさか、あんなところで私のバディに会えるとは…。
あの後も杏奈とむつみは、延々と映画のトークで盛り上がった。
麻沙美も他の男性たちもその中に入ってこようとしていたが、そこから派生したマニアックなインド映画の話題に誰もついてくることはできなかった。
― むつみちゃんとまたお茶したいな。話し足りないし。
むつみに連絡を取ろうとスマホを開くと、麻沙美からの着信が残っていた。
ー 何かあったのかな?
そう思って、鼻歌混じりに麻沙美へと電話をかける。
「麻沙美、どうしたの?今日はありがとうね」
「ありがとう…じゃなくて」
落ち着いたトーンではあるが、語尾はかなり強い。あきらかに不機嫌な麻沙美の様子に、杏奈はその理由を察した。
「あ…」
「今日の杏奈、最悪だよ。相手に失礼だと思わないの?男性陣は優しいから私が謝ったら笑顔で許してくれたけど、きっとみんな『ハズレ食事会』だと思ったよ」
そもそもあの場は、麻沙美が自分のためにわざわざ設けてくれたことを思い出す。にもかかわらず、杏奈は麻沙美の顔に泥を塗るようなことをしたのだ。激怒されても仕方がない。
「ごめんなさい…むつみちゃんとあまりにも話が弾んで」
とは言いながらも、彼女との意気投合は言い訳だ。
目の前に突きつけられた“現実”から、目を背けたかった。自分の好みに沿わない相手を紹介した麻沙美に対しての、ある種の抗議のような気持ちもなかったとは言えない。
「だからお姫様は困るのよ。本当に失礼すぎる」
麻沙美とあの3人とは、タンクの勤める商社の家族バーベキューで知り合ったのだという。
彼らは、他の社員が盛り上がる中で率先して準備や案内などにまわり、楽しむよりも楽しませる側として働いていたらしい。謙虚で気遣いのできる男性たちだったそうだ。
「本当にいい人たちなんだね…」
「そうよ。杏奈に紹介するくらいだから!」
その後もこっぴどく叱られて、杏奈はようやく気づく。
― 私、何も変わってない…。直人のことを『成長しない人間』だなんて、言える立場じゃないんだ。
第一印象と感情だけで先走って、本当に素敵な男性をまた逃している。高校時代から全く成長をしていないのだ。
婚活においての成長とは、きっと、身の程を知って妥協をすることなのに。
杏奈は麻沙美に改めて謝罪し、電話を切った。
すると、その直後にLINEがやってきた。
メッセージを確認すると、相手は食事会に参加していた『1人目』の男…。
アラフィフに見える43歳、白倉章からのものだった。
『今日は楽しかったよ!! 逢えて嬉しかった(^_-)-☆ また会いたいナ、なんつって♪ 一生ケンメイ勉強してくるので、映画の話もしたいで〜す(^^』
冷たくあしらったにもかかわらず、健気に連絡をくれる白倉。その優しさが、杏奈の心にじんわりと染みた。
― 本当にいい人、なんだろうな…。
先ほどの麻沙美との電話でいやというほどへこまされた気持ちを、杏奈はどうにか奮い起こす。
― せっかくチャンスをもらえたんだもん。食事会のリベンジ、しなくちゃ。
そう強く感じた杏奈は、男を焦らすテクニックなどすっかり忘れて、その場ですぐに前向きな言葉を添えて白倉への返信をするのだった。
▶前回:推定年収1億円のカレとデート。2軒目のバーでいい雰囲気になり、男にもたれかかるも実は…
▶1話目はこちら:高校の同窓会。冴えなかった男達がハイスペ化している姿を見て29歳女は…
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この先、きっと心は動くはず…杏奈は白倉と関係を進める決心をする。