久保建英を擁するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)は、下部組織出身選手がチームの柱になっている。

 DFアイエン・ムニョス、ロビン・ル・ノルマン、イゴール・スベルディア、ジョン・パチェーコ、アリツ・エルストンド、MFマルティン・スビメンディ、ベニャト・トゥリエンテス、FWアンデル・バレネチェア、ミケル・オヤルサバル。多くの選手が先発に名を連ねる。育成に定評のあるチームであっても、他ではこの半分にも届かないだろう。チャンピオンズリーグでベスト16に勝ち進むようなチームでは異色だ。


レアル・ソシエダの育成組織の総称にもなっている総合練習施設「スビエタ」

「スビエタ」

 総合練習施設の名前は、ラ・レアルの育成組織の総称にもなっているが、今や"虎の穴"として有力ブランドの響きがある。山を切り崩して作った7面のグラウンド、トップと育成(女子チームも)のふたつのクラブハウス、カフェ、レストラン、トレーニングルーム、メディカルルーム、ユースやレアル・ソシエダBチームの試合が行なわれる競技場(2500人収容)を完備。最新化は続いており、順次、施設の拡張工事が行なわれている。

 スビエタを拠点に一丸となった存在こそが、ラ・レアルなのである。

 今年9月、筆者はラ・レアルのユースBチームのトレーニングマッチに足を運んでいる。

「確証はないけど、今日の試合はエイジも出るらしいよ」

 久保の弟である久保瑛史が出場予定という噂を聞いて、現場を訪れた。16歳の未成年選手だけに、クラブも取材陣からガードしており、メディア露出も最小限にしているようだった。Sportivaのご意見番で、ラ・レアルではスポーツディレクターなどさまざまな役職を20年近く務めてきたミケル・エチャリは、地元の新聞記者からコメントを求められていたが、やんわりと断っていた。

 久保の弟と同じチームだったという金髪の選手は、「自分はトップ下ですが、ボランチのエイジはすごく視野が広くて、タイミングのいいボールをつけてくれました」とプレーセンスを絶賛していた。ドリブルで切り込んでいく兄とは違うタイプのようだが、プレーメイカーのシャビ・アロンソ、アシエル・イジャラメンディ、スビメンディの系譜だろうか。

【グリーズマンも発掘】

 その日、久保の弟の姿はなかった。

 スビエタ関係者は、ユース年代の選手たちを大事に扱っている。だが、甘やかすことは一切ない。たとえどれだけ才能があっても、言動に問題を抱えている場合、チームに加えることはないという。「サッカーだけうまければいい」というのはあり得ない。基本的に文武両道。何より人に対する敬意を重んじ、連帯して物事に当たる行動規範は欠かせない。

「Solidaridad(連帯)」

 それはラ・レアルの本質で、仲間を助けることによって自らも助けられる。念のためにつけ加えるが、連帯は「なかよしこよし」ではない。むしろ、選手それぞれの戦う責務と同義だ。

「人の悪口を言うような選手は、絶対に大成しません」

 エチャリは、ラ・レアルの理念を語る。

「なぜならフットボールはチームスポーツだからです。もしも消防隊員たちが日頃から陰口を言い合い、仲間になってなかったら、火事場で火を消し止めることはできますか? ピッチの選手たちも同じことですよ。勝手なふるまいは許されない。そこはとてもシンプル。最後まで戦い抜ける選手は、やはり人間性を感じさせます」

 1989年夏、ラ・レアルはバスク人選手純血主義を捨てている。アイルランド代表FWジョン・オルドリッジと契約。外国人選手の力も借りることで、戦う方針に切り替えた。それ以来、むしろスビエタは重要性を増すことになったという。指導者が外国人に対抗できる人材を育てるために手を尽くし、選手が外国人に負けないように結束し、土台を固めた。

 スビエタが育てたのは、地元のバスク人選手だけでない。フランス代表アントワーヌ・グリーズマン(アトレティコ・マドリード)のように、それまで他のクラブでは見向きもされなかった外国人選手の才能を探り当てた。フランス人ル・ノルマンも同じケースと言える。19歳の時にフランス2部のクラブで戦力外通告を受け、レアル・ソシエダBに入団。2年半の下積み後にトップ昇格し、スペイン国籍を取得後、今や代表に選ばれるまでになった。

【スピエタ組に外国人選手が融合】

 レアル・ソシエダB(セカンドチーム)は「サンセ」という愛称で呼ばれるが、現在(12月8日現在)3部リーグでバルサBを抑えて4位につけている。トップにこれだけ人材を輩出しながらの躍進(2021−22シーズンはシャビ・アロンソに率いられ、2部に在籍)で、まさに金脈と言える。たとえば17歳のセンターバック、ジョン・マルティンはバスク人好みのヘディングの強さで、ユース年代ながらBチームでもプレーし、トップ昇格も噂されている。

 クラブの指導者陣も、その多くがスビエタで生まれ育っている。トップのイマノル・アルグアシル監督はその筆頭格。スビエタで育ってトップで選手として活躍し、引退後に育成に当たった後、トップを率いるようになった。コーチのジョン・アンソテギ、ミケル・ラバカも同じ系譜で、Bチームの指揮官セルヒオ・フランシスコも同様だ。

 スビエタこそ、ラ・レアルなのだろう。

 ただ、ラ・レアルが本当に強いのは、スビエタ組に加えて良質な外国人選手が融合し、スパークした時である。

 2003−04シーズンにチャンピオンズリーグ(CL)でベスト16に進んだチームには、旧ユーゴスラビア代表ダルコ・コバチェビッチ、トルコ代表ニハト・カフヴェジ、ロシア代表バレリー・カルピンのトリオがいた。10年後の2013−14シーズン、CLに出場したチームも、チリ代表クラウディオ・ブラーボ、メキシコ代表カルロス・ベラが両輪で牽引役になった。

 そして奇しくもその10年後の今シーズンは日本人、久保がいる。いつか久保の弟がトップに昇格するときは、次のドラマが待っているかもしれない――。"虎の穴"スビエタは粛々と戦士を育てている。