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X(旧ツイッター)上で、漫画家の原稿料について「安すぎるのではないか」「値上げすべきだが、出版社も原稿料を上げることは難しい」など、さまざまな意見が飛び交っている。漫画家の原稿料はどのように決まり、どのようなタイミングで上がっていくのか。J-CASTニュースは専門家に取材した。

デビュー時の相場は7000〜8000円、その後はキャリアやヒット作の有無で決まる

発端となったのは、漫画家の「年収の低いアシスタントを守るためにインボイス(適格請求書)制度に反対する」という旨の声を紹介した投稿だ。これに対し「アシスタントを低い年収で使い潰しているのは発注者である漫画家の方」とする反論が投稿されると、さらに「漫画家は原稿料だけでは生活費やアシスタント代を賄えない」「漫画家を責めるのではなく、(漫画家に発注している)出版社に対して声を上げるべき」「出版社も不況の中、儲けが少ない漫画に対して原稿料の値上げをするのは難しいのでは」などとする意見が寄せられた。

漫画家の原稿料はどのように決まっていくものなのか。複数の大手出版社で女性漫画誌の編集者をしていた 経歴を持つ、京都精華大学マンガ学部専任教授の三河かおりさんは、J-CASTニュースの取材に対し「原稿料はデビューした時に編集部ごとに決まっている価格が適応されます」とし、次のように説明した。

「見開きマンガで将来単行本化の可能性がある媒体(出版社など紙媒体のレーベルを持っている編集部など)の相場は7000円から8000円。紙媒体を流通させていないWEB媒体(ITベンチャー企業が運営しているマンガサイトなど)は出版系よりもデビュー時の原稿料が多少高め(1万円くらい)な傾向があります。

デビュー時はだいたい同じくらいの値段ですが、その後は、漫画家のキャリアの長さやヒット作の有無によって、かなり差が生じます。ヒット作がないと1万5000円程度で頭打ちになって、原稿料が上がっていかないという印象があります」

原稿料はどのようなタイミングで上がるのか。

「ほとんど全ての漫画家は、デビューしてから連載作家になるべく、読切作品を数本制作し、長期連載を見込んでの短期連載(3回程度で完結する長編)を製作します。連載を目指すこの段階にある場合、継続的に作品が掲載されていれば、毎年1000円から2000円程度、原稿料が上がっていきます。

連載が決まると、アシスタントを雇わないと進行的に難しくなるので、一気に原稿料が上がります。原稿料が上がる最初のタイミングは連載が決まった時であると思います。その後、連載作品が順調に売り上げを伸ばしていくと、毎年原稿料が上がっていきます。次に一足飛びに上がるのは、アニメ化などの影響で単行本売り上げが倍増した時です。初版10万部になれば原稿料もそれなりに上がり、初版100万部近くのメガヒット作品となれば、版元は漫画家を他の出版社や媒体に奪われたくないので、一気に数万円上がることもあります。

もともと人気があって、すでに原稿料が相当に高額な漫画家が、さらにメガヒットを出した場合は、原稿料が倍額になるとは思えませんが、少しは値上げするのではないでしょうか。原稿料はその漫画家の編集部への貢献度の高さによって安かったり高かったりする、どこの業界でも同様の分かりやすい仕組みによって決まっていると思います」

新人や読切を続ける段階の漫画家にとって「原稿料だけで生活するのは確かに厳しい」

X上の意見の通り、原稿料のみで生計を立てることが難しいほど原稿料の相場は安いのか。三河さんは「デビュー間もない新人漫画家や、連載を目指して読切を書き続けている段階の漫画家さんにとっては、原稿料だけで生活するのは確かに厳しい」とし、次のように見解を述べた。

「ヒットが出れば、単行本の発売による印税収入があるので、原稿料がアシスタント代や仕事場の家賃や光熱費に当てられたとしても、単行本売上利益が手元に残ります。ヒット作が出るまで持ち堪えられるかどうかの瀬戸際にいる漫画家さんにとっては『原稿料で生活ができない』し、その段階にいる漫画家の原稿料の『相場が安すぎる』ことになります。ヒット作に恵まれて十分な利益を得た漫画家は『原稿料が安い』『相場が安すぎる』という実感はないので、(そのような)発言はされないと思います。

ヒット作に恵まれる前の新人漫画家や、なかなかヒット作に恵まれず漫画家を続けることが難しくなってきた漫画家さんから見たら『相場が安い』ことになるので、そういった発言が目立つのではないでしょうか? 人気商売なので、売れれば原稿料が上がり、売れなければ原稿料は上がらないわけで、『相場』という概念を持ち込むのが難しいようにも感じます」

しかし、書籍や雑誌の販売額がピークアウトし「出版バブル崩壊」と言われる1997年以前と現在では、漫画家の収入事情が大きく変わっているという。

「出版バブル崩壊以前は、新人漫画家が連載企画をコンペに通すまで、原稿料が入らなくても生活できるように年間契約料(200万〜300万円くらい)を支払う制度を設けている出版社も少なくありませんでした。連載を持って独り立ちするまでは、売れっ子漫画家さんの会社にアシスタントとして入社し給料をもらい、売れっ子漫画家さんにも育ててもらうなど、原稿料が安い新人漫画家が貧しいながらも、健康に漫画創作に打ち込める環境を周りが作っていたのですが、バブル崩壊後はそういった余裕がなくなってしまいました。

また、(出版バブル崩壊以前は)漫画雑誌がたくさんあったので、ヒット作に恵まれない漫画家であっても、活躍する場があり、それなりに生活を続けることができました」

その上で、漫画家から「原稿料だけで生活ができない」という声が上がる現状に警鐘を鳴らした。

「ヒット作を出していなくても漫画家を続けていられるような余裕が、豊かな土壌となって、多くの名作を生み出してきたことを思うと、『原稿料だけでは生活できない』という漫画家の嘆きに対して、業界が現状の改善に取り組まなければ、日本の見開き漫画文化は衰退していくのではないかととても心配しています」

「原稿料を支払う側も慎重になる」出版社の事情は

三河さんは、現状の漫画業界は一部の限られたタイトルだけが売れている状況だとし、原稿料の値上げが難しい出版の事情を次のように説明した。

「現在は電子出版で持ち直してきていますが、日本のほとんどの漫画は、紙の媒体を持つ編集部で(漫画家へ依頼され)制作されています。電子を含めて漫画が売れるようになり、昨年は業界的には戦後最高額の売り上げとなりましたが、限られたタイトル(『鬼滅の刃』『進撃の巨人』、最近だと『ブルーロック』『東京リベンジャーズ』など)だけが異様に売り上げを伸ばしている状態です。そのほんの一握りに入らないほとんどの作品においては、売れ行きが回復していません。

出版バブル以前は漫画雑誌自体がそれほど多くなく、全体の売り上げも今よりずっと低かったのですが、新人漫画家が初めて出す単行本の部数が初版で3万部程度でした。現在活躍している漫画家で初版3万部を出せる人は、ベテランも含めて、それほどいないと思います。漫画雑誌も少なかったし、単行本タイトルも少なく、漫画以外のエンタメも少なかったので、ひとつひとつの作品を愛読して応援する読者が多かった。なので、新人漫画家の原稿料が安かったとしても、連載が決まれば、印税で十分な収入を得ることができました。

現在は、ごく一部以外の漫画は『売れていない』状況です。SNSでバズっても話題になることがすなわち売れていることとは言い難く、収入増には直結しません。

爆発的に売れている作品の連載が終了したら、大きな額の収入が失われることになるので、原稿料を支払う側も慎重になると思うのです。メガヒットのほとんどが、集英社、講談社、小学館の大手出版社から発売されています。大手出版社では独立採算制を採択していることが多く、編集部ごと収支の採算をするとなると、売れている作品の連載が終了してしまったら、いきなり赤字になることもままあります。

私が在籍していた女性マンガジャンルは、マーケットが少年誌や青年誌よりもかなり小さく、人気連載が途切れてしまった2〜3年を持ち堪えられずに休刊した雑誌も少なくはありませんでした。潤っているように見える漫画業界ですが、紙の雑誌が売れなくなり、幼年誌もなくなり、子ども達が漫画を読まなくなってきています。電子書籍が売上を伸ばしてきているとはいえ、漫画を読む世代の年齢が上がっていけば、漫画を読む人口も少なくなります。

そのように、将来に向けて『先細っていく』感覚が現場にあって、原稿料を上げることに前向きにはなれないのではないでしょうか。(一般的な会社の)給与が全体的に上がらないのと同じ理由だとも思います」