港区のタワマンと比べ、豊洲周辺には建物が密集していない。窓の外の景色が開けているのが中国人に受けているという(写真:筆者撮影)

中国を脱出してきた富裕層が、東京湾を囲む湾岸エリアのタワーマンションで存在感を増している。

「そうしたニューリッチが多いエリアは東京・江東区の有明、豊洲、中央区の晴海、品川区の品川、港区の芝浦、港南などです」。自身も湾岸のタワマンに住む中国人不動産コンサルタントは、中国人が多く住むタワマンがあるエリアを名指しする。

中国人が増えているのはタワマンが多いエリア

東京都のデータで都内23区の在留中国人の数をチェックすると、トップは有明・豊洲がある江東区だ。2018年から2023年の5年間で東京区部の中国人数は14.8%増だったが、江東区は17.9%増と伸び率も高い。タワマンが多い中央区、品川区、港区もそろって20%以上の伸びを示している。

一時期「西川口チャイナタウン」が話題となった埼玉県川口市の中国人数は2023年時点で2万2355人(参考:中国人の街「西川口」の変貌っぷりが凄すぎるhttps://toyokeizai.net/articles/-/233998)。5年前と比べて14.8%増で、東京区部と同程度の伸びだ。突出した勢いは感じられない。

中国人に人気なのが江東区の豊洲エリア


対照的に文京区、中央区、千代田区などは5割以上の伸びを示しており、東京ではとくに都心部で中国人の増加ぶりが鮮明だ。

中でもいま中国人に人気なのが江東区の豊洲エリア。東京に土地勘がない人でも、築地魚市場の移転先といえばわかるかもしれない。なかでも、とくに人気のあるのが「ブランズタワー豊洲」だ。

ブランズタワー豊洲は地下1階地上48階、総戸数1152戸。2021年にできたばかりで、豊洲駅から歩いて4分と好立地。敷地内の外周は木々が生い茂り、心地いい空間を形成している。屋内は重厚な作りで、廊下などは高級ホテルと見紛うほどの意匠をこらしている。

4階のコモンスペースも立派だ。巨大なエントランスホールが広がり、壁には大理石や御影石が使われている。ビリヤードのあるレクリエーションルームや、作業ができるコワーキングルーム、さらには、フィットネスルームにパーティールームと至れり尽くせりだ。


ブランズタワー豊洲の重厚なエントランスホール。高級感が中国人ニューリッチを引き付ける(写真:筆者撮影)

ブランズタワー豊洲に住む中国人男性住民によると、ここを選ぶ中国人は主に2種類に分けられる。第1に、カップルの両方が日本または外資の大手企業で働いているパターン。そして、2番目が自分で会社を経営しているパターンだ。

この男性自身も都内で中国人向けの大学進学塾を経営している。中国人住民の主な年齢層は30代後半〜40代前半だそうだ。そのほとんどがここ数年で日本にやってきた「新移民」である。中にはすでに永住権を取った人もいる。

冒頭で紹介した中国人不動産コンサルタントは、「パークタワー晴海もブランズタワー豊洲に匹敵するほどの人気を集めており、キッズルームなどの施設が充実しているのが子育て世代に注目されています」と話す。

日本のディズニーランドの運営主体であるオリエンタルランドがデザインを手がけていることも大きいようだ。そのほかに中国人に人気のタワマンとして、勝どきのザ・東京タワーズ、晴海のドゥ・トゥールが挙げられる。

【2023年8月28日17時00分追記】上記の晴海ドゥ・トゥールに関する説明について一部修正しました。

住民の2割以上が中国人の物件も

湾岸のあるタワマンに住む30代の中国人女性は、その物件に住む同胞のみで構成される微信(LINEに似た中国のSNS)のチャットグループのメンバー数から逆算して「少なくともうちのマンションの住民の15%は中国人です」と推測する。前出の不動産コンサルタントは「物件によっては住民の2割以上が中国人でしょう」と話す。

そもそも、中国人ニューリッチはなぜ湾岸エリアを選ぶのか。

最大の要因はコスパのよさだ。日本人不動産業者は「タワマンがまとまって立っているエリアはほかにも港区の港南や芝浦などがありますが、同じグレードで安く住めるのが豊洲」と解説する。

豊洲は元を辿ると関東大震災の瓦礫処理で埋め立てられた土地で、長らく工業地として使われてきた。1988年に豊洲駅が誕生して以降、近年では再開発や区画整理が本格化。マンション建設ラッシュが起き、商業地や住宅地への移行が進んだ。

都内に住む人であれば商業施設の「ららぽーと豊洲」があるくらいのイメージだろうが、近くにイオンがあるなど日用品の買い物も便利になってきている。

豊洲周辺のタワマンには、東京タワー、東京スカイツリー、レインボーブリッジなど「東京の顔」を眺望できる部屋もある。これは中国人からすると間違いなくプラス材料だろう。

夫・子どもとともにブランズタワー豊洲に住む中国人女性(30代)は「夫が不動産の仕事をやっていて、ここは値が上がると思った。都心から近くて生活にも便利。小学校も道を挟んですぐだから子どもの教育環境もいい」と2022年3月に引っ越してきた理由を話す。

「中国人は広いところが好きだし、新しい環境が好きです」とも。豊洲地区のタワマンは目の前が開けているのが特徴で、これは確かに都心部では珍しい。

中国版インスタと呼ばれる「小紅書」に投稿された不動産仲介会社の投稿動画で、紹介者の女性は「開放感が格別です。外の景色が本当に素晴らしい。ちょっと見て、豊洲の景色が一望できますよ!」と興奮気味にブランズタワー豊洲を紹介している。


不動産仲介会社によるSNSへの投稿でもタワマンの眺望のよさが強調されていた(写真:「小紅書」より筆者撮影)

港区のタワマンと比べ、豊洲周辺には建物が密集していないので、窓の外の景色が開けているのだ。また、都内の他のエリアに比べて豊洲は道が格段に広い。北京の街並みを思い出させるほどだ。

中国の大都市では高層マンションに住むことが一般的なので、日本でもタワマンに住みたがる新移民がいることは自然なことではある。

中国人は新築を好む傾向が強い。ブランズタワー豊洲は中国人富裕層の海外脱出が本格化してきた2021年後半に竣工したというタイミングも、人気の理由かもしれない。

ブランズタワー豊洲に住む別の中国人女性(30代)は、北京でもタワマンに住んだことがあり、ここはコモンスペースが充実していることや警備が行き届いているところが気に入ったと説明する。

東京のタワマンは北京よりコスパがいい

「北京と比べるとコスパがいいです。北京で同じ地理的条件で同クラスのマンションを買うには1平方メートル10万元(約200万円)は必要です」ブランズタワー豊洲の売り出し価格が1平方メートル約120万円程度とされるので、単純計算で4割ほど安くなる計算だ。

さらに付け足すと、目と鼻の先にある銀座は中国語読みで「インヅゥオ」として中国で知らない人がいないほど有名な街だ。「銀座の近くに住んでいる」というだけで鼻高々なのは容易に想像できる。

最寄り駅は地下鉄・有楽町線と新交通ゆりかもめの豊洲駅。「交通は少し不便ですね。でも私も夫もコロナ後はずっとリモートだし、銀座駅や東京駅にタクシーですぐ行けるので、今のところOKって感じです」と前述の女性住民。ただ、豊洲周辺にクリニックが少ないのは困っていると話す。

豊洲では日中、自転車で子どもを連れたママが行き来している。週末になると、付近にあるベイフロントの公園は子ども連れでごった返す。都心近くでこれほど多くの子どもを見ることはまずないと感じるほどだ。

「中学受験の4大塾(SAPIX、日能研、四谷大塚、早稲田アカデミー)の教室が全部このエリアには揃っています」。前出の中国人男性が解説してくれた。教育を格別に重視する中国人新移民にとってはもってこいである。

こうしてみると中国人ニューリッチが豊洲エリアを中心とする湾岸のタワマンを選ぶのは必然に思える。そして、それは日中の都市生活者のライフスタイルが驚くほどに似通ってきたことの結果ともいえるのだ。

(舛友 雄大 : 中国・東南アジア専門ジャーナリスト)