4月に就任した佐藤恒治新社長(撮影:風間仁一郎)

4月にトヨタ自動車社長に就任したばかりの佐藤恒治新社長の、就任後初となるインタビューが今月21日にNHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビのテレビ各局に、そして翌22日には日経、読売、朝日、毎日、産経の新聞各紙の朝刊に「一斉に」出た。

一般の視聴者や読者にとってみれば、「何の変哲もない企業トップの就任インタビュー」だろう。だが、かつて経済記者としてテレビ東京に勤務し、そして今は企業広報の支援に当たっている私のような者には、「トヨタの広報活動が新社長就任とともに新しい次元に入った」と感じさせられる出来事だった。

それはなぜか。理由は以下の3点だ。

(1)マスコミ各社のインタビューに応えていること

(2)日経偏重の姿勢に、トヨタは戻らないことが明確になったこと

(3)テレビ重視を鮮明にしていること

そこで、本稿では新社長就任に伴うトヨタの社長広報の変化をひもといていきたい。

大手メディアに冷淡だった豊田章男社長

まず前提として、トヨタの近年の、特異な広報スタンスと新社長就任までの経緯を振り返ってみたい。

豊田章男社長時代のトヨタは既存の大手メディアに極めて「冷淡」であったことは、報道関係者の間では「周知の事実」だ。14年間の社長在職中、単独インタビューにはほとんど応じていない。

2020年の株主総会で、豊田章男社長はメディアへの不満をストレートに吐露している。

「ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。『ロバがいるのに乗らないのか?』と。また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。『威張った旦那だ』。今度は奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。『あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない』。

夫婦揃ってロバに乗っていると、こう言われるそうです。『ロバがかわいそうだ』。要は『言論の自由』という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。最近のメディアを見ると『何がニュースなのかは自分たちが決める』という傲慢さを感じずにはいられません」

コロナ禍で販売台数が20%減になったなか、黒字の見通しを出したにもかかわらず、マスコミが「トヨタ8割減」と報じたことに、不満をあらわにしていたのだ。

この発言の前年、トヨタは「自社のニュースは自分で決める」とばかりに、自社メディア『トヨタイムズ』を立ち上げている。

こうした流れのなかで、今年1月の社長交代発表の場がマスコミを集めた記者会見ではなく、『トヨタイムズ』となるのは必然だった。

日経をはじめとするマスコミは社長交代を『トヨタイムズ』の会見を聞いて報じた。つまり、マスコミの記者も『トヨタイムズ』視聴者と大差ない扱いだったのだ。

このように豊田章男社長時代には一貫して「脱マスコミ」を鮮明にしてきたのだが、トヨタの広報は4月の佐藤新社長の就任を期に「新しい次元」に入ろうとしているように見える。

佐藤新社長の「新しさ」

私が「新しい」と感じたひとつ目は、「マスコミ各社のインタビューに応えていること」だ。

前述のとおり、豊田章男社長時代は一部のマスコミしか、インタビューには応えていない。だが、佐藤新社長は今回、主要マスコミ全社のインタビューに応えている。

ふたつ目の「新しさ」は、「日経偏重の姿勢に、トヨタは戻らない」ことが明確になったことだ。

企業広報の世界では「日経を最重視」するのが「常識」となっている。理由は簡単で、経済報道の分野で日経は影響力、そして報じる情報量も圧倒的だからだ。他社が報じることのない自社の情報を、日経だけが報じることも多い。

企業広報にとっては、いわば質と量の両面で「最も重要なマスコミ」なのだ。それゆえ日経との関係を最も重視して、日経だけ「単独」インタビューに応じたり、公式発表の直前に日経だけに伝えるなど、「日経優遇」は広報の世界では「常識」なのだ。

私も日経グループであるテレビ東京の経済部記者だった時代、「新聞は日経、テレビはテレビ東京」の「それぞれ単独」という形で、当時のマイクロソフトのビル・ゲイツCEOなど有名経営者のインタビューをいくつも取ったことがある。

だが、今回の一連の佐藤新社長のインタビューではこうした「常識」には当てはまっていない。前述のとおり、完全に「各社横並び」だったのだ。

今回のトヨタの対応からは「日経をはじめ、どのマスコミも特別扱いはしない」という強烈なメッセージが感じ取れる。

「テレビ重視」の姿勢も鮮明になった

そして最後の「新しさ」は、「テレビ重視を鮮明にしている」点だ。今月21日にNHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビと全テレビ局で、佐藤新社長のインタビューが報じられた。これらはいずれも各局の「単独」インタビューだった。

一方、新聞は日経、朝日、読売、毎日、産経、ブルームバーグなど、「共同」でのインタビュー。テレビは全局「単独」なのに、新聞は「ひとまとめ」の対応だったのだ。

もうひとつ「テレビ重視」を感じさせたのが、情報解禁日の設定である。テレビが佐藤新社長のインタビューを「一斉に」報じたのが、今月21日夜だった。新聞もネットでは21日の19時に記事を配信しているが、看板である朝刊では翌22日の掲載だった。

視聴者や読者にとっては、夜と朝ではわずか数時間の差にすぎない。オンラインも含めると「同着」と言えるが、とくに新聞にとって、この差は決して「わずかなもの」ではない。

「21日に各社のインタビューに応じたのなら、テレビは当日の夜、新聞は翌朝になるのは当たり前」と思われるかもしれない。だが、インタビューの映像や記事を見れば、取材が行われたのが21日ではないのは明らかだ。

TBSの画面には「今月中」というテロップが映し出されていた。もし21日に取材して、その日のうちに放送したのなら当然、「今日」と出すはずだ。「今月中」ということは、「取材は数日前」だと意味している。

22日朝刊の日経新聞の記事でも、「21日までに報道各社の共同インタビューで言及した」との一文がある。つまり新聞の取材も「21日ではない」ということだ。こうした事実から、「インタビューは数日前だが、情報解禁日は21日夜以降で」と、トヨタ側で判断したことが伺える。

さて、新社長就任を期にトヨタの社長広報はなぜ、このような「変化」を遂げたのであろうか。

新体制の現実的な広報姿勢

ひとつ目の変化の「『トヨタイムズ』一辺倒から、マスコミ取材にも応える」からは、「目的に資するものであれば、使えるものは使う」という新体制の現実的な広報姿勢が垣間見える。広報効果を最大化するために、これからは『トヨタイムズ』とマスコミを併用するのであろう。

ふたつ目の変化である「日経偏重には戻らない」姿勢からは、「報道の主体性は日経をはじめとしたマスコミではなく、自社で握る」という、豊田章男社長時代からの確固たる意思の継続を感じる。

そして最後の「テレビ重視」だが、確かに新聞は部数減少に歯止めがかからず、読者の高齢化が進んでいることも一因だろう。「テレビ離れ」が言われているが、新聞に比べれば、落ち込みはまだ少ないからだ。

だが、「テレビ重視」となった理由はそれだけではない。トヨタが社長広報で「目指しているもの」が大きく関わっていると、私は推察しているからだ。

他の大企業の社長のように「人間味を感じさせない、エリート官僚」でも「淡々と事業計画を会見で読み上げるだけの朗読マシン」でもなく、トヨタの新社長は「クルマが大好きなエンジニア」。

こうした社長の「人間性の訴求」を通じて、本来は最も「親しみやすさ」とは程遠い「日本最大の企業・トヨタ」に「共感」を抱いてもらう。それがトヨタが社長広報で課している目標のように思えるのだ。

「人間味」のような感情的な訴求には活字より映像のほうが、はるかに適している。「人柄訴求」という目的のためには、今回の「テレビ重視」は必然だ。

実際、「クルマ大好きエンジニアであることの訴求」が社長広報の目標であることを裏付けるような情報発信は、トヨタからすでに十分すぎるほど行われている。

1月26日の『トヨタイムズ』での新社長就任発表では、佐藤新社長が運転を楽しんでいる様子が紹介映像として流された。この会見で明かされた新社長就任の打診を受けた場所は「社長室」でも「料亭」でもなく「サーキット」だったという。

佐藤新社長が往年の名車・初代ハチロクを自腹で購入し、レストア(修復)中というエピソード。あるいは入社式の会場で佐藤新社長をはじめとする役員たちの「愛車」が展示されたことを『トヨタイムズ』や複数のマスコミが報じている。

『トヨタイムズ』の動画で、佐藤新社長は「佐藤社長」でも「佐藤さん」でもなく、「恒治さん」と呼ばれている。細かい点ではあるが、呼称からも「人間的な親しみやすさ」を訴求しようという「広報の意思」を読み取ることができる。

このように就任発表から3カ月足らずで、新社長の「クルマ大好きエンジニア」の側面を伝える情報は枚挙にいとまがないのだ。

今の日本に相応しい、新たな「カリスマ経営者像」

さて、新社長就任と併せて広報でも変化を見せたトヨタだが、これから「ニッポンのものづくり企業の新たなカリスマ経営者像」をつくるのではないかと、私は期待している。

かつて日本にも世界的な大企業を作り上げた、ものづくり企業の社長ストーリーがあった。ソニーの井深大氏や盛田昭夫氏、パナソニックの松下幸之助氏、本田技研工業の本田宗一郎氏などだ。

「戦後の荒廃から立ち上がり、一代で世界的大企業を打ち立てた」という時代性とストーリー性、さらに経営者個人の「カリスマ性」から、長く「伝説」として語り継がれてきた。

だが、こうした「伝説的なカリスマ経営者」が現代の日本で新たに誕生するとは考えにくい。そもそも彼らが背負ってた劇的な時代背景が存在しないからだ。

佐藤新社長の姿は私たち一般的なビジネスパーソンにとって、こうした「強烈な個性のカリスマ経営者」より、はるかに「等身大」に近い。だからこそ、佐藤新社長のあり様は、今の日本に相応しい、新たな「カリスマ経営者像の誕生」になりうるのではないか。

日本を代表するものづくり企業の「強烈な個性を持つ起業家の劇的な成功譚」は、日本全体が高度成長に沸く高揚感に包まれていたからこそ、皆が共有できる「伝説」となった。

だが、「静かに沈みつつある衰退期」を抜け出せずにいる閉塞感がこの国全体を覆い、経済格差も広がるなか、こうした「伝説」はもはや国全体で共有されにくい。「成功者のストーリー」は一瞬にして、SNSやニュースのコメント欄で地に叩き落とされるのが現代なのだ。

多くのビジネスパーソンが共感できる「等身大の経営者」。そして「ものづくり日本」の復活を託したくなる「クルマ大好きなエンジニア」。今の日本で皆が共感できる個性を打ち出す佐藤新社長の姿は、現代の日本での、新たな「カリスマ経営者像」に最も近い存在かもしれない。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)