【ご報告】に取り憑かれたインフルエンサー。彼女が投稿で表明した驚愕のお知らせとは
― 【ご報告】―
SNSやメールでたびたび見るこの言葉に、心がざわついた経験はないだろうか?
人生において、新たなステージに入った【ご報告】をする人。
受ける側は【ご報告】されることによって、相手との関係性を見直したり、自らの人生や現在地を振り返ることになるだろう。
この文字を目にした人は、誰もが違う明日を迎える。
これは【ご報告】からはじまるストーリー。
▶前回:「元気?」元カレから突然DMが…。平凡な主婦になった元モデルは、彼との昔を思い出してつい…
Vol.7 <ご報告:家族が増えました>
「もうすこし、頬を寄せた方がいいかな……」
朝比奈ナミは、新しくできたばかりの“家族”と共に、セルフタイマーのカメラに向かっていた。
物だらけの1DKの部屋の中に作られた、撮影用の一角。
まだ生後2ヶ月ほどのその子は、ナミの胸に抱かれながら、キョトンとした表情を浮かべている。
愛ゆえの窮屈さからか、時折苦しそうになかれてしまうこともあるが、そのたびにナミはぎゅっと抱きしめ、彼女に言い聞かせた。
「そらちゃん。何万人もの人へのあなたのお披露目なんだから。もっとかわいい笑顔見せてあげて」
赤ちゃんだから、もちろん言葉の意味は分かっていないはず。
だがナミのその威圧感を表情で理解したのか、彼女はすぐに落ち着いて、カメラをじっと見た。
撮り直した写真はもう100枚以上に及ぶ。しかし、ナミにとってはいつものことだ。
ナミはアパレル会社でプレスとして勤める25歳。インスタグラマーとしての活動もしている。
会社からSNSの勧奨もあり、軽い気持ちで始めたInstagram。
しかし、現在は本業以上にのめりこみ、フォロワーも万をゆうに超えている。
「これでいいか…」
大切なフォロワーに向けての大事な報告。
1枚目は【ご報告】と文字のみ。
2枚目からは“愛娘”と撮影したとっておきの写真を、多少の加工を施しつつ、掲載するのだった。
「そらちゃん、かわいい〜!」
「びっくりしましたー。出産したのかと思いました」
「なんだ、ワンちゃんを飼ったんですね!」
投稿にはいくつものコメントが並ぶ。
2枚目からの写真は、ブリーダーから購入したばかりのトイプードルとナミのツーショットだ。
― ちょっと驚かせちゃったけど、まぁいいよね。
可愛いペット。家族には違いない。
その投稿のイイネは1,000を超え、リーチもインプレッションもぐんぐん数字をあげている。
画面を眺めながら、ナミは新しい家族を腕にご満悦だ。
フォロワー3万を超えるインスタグラマーとはいえ、最近は、専門のファッション情報が飽きられてきたのか、投稿への反応は鈍くなってきている。
その上、プライベートもネタ切れ状態だった。
彼氏・悠人とのデートの様子でもネタにできればいいのだが、インスタ用に行く先々で撮影をすることが引き金で先日ケンカになったばかり。
ネタ作りもかねてトイプードルを飼ったようなものだが、この【ご報告】をつけた上での投稿の反響に、ナミはホッと胸をなでおろした。
会社では、SNSのフォロワー数や自社製品の投稿の反応によって、インセンティブや臨時ボーナスが出ることになっている。社内の立ち位置にも影響するため、数字にはこだわらなければならない。
― でも、こんなことで反応するなんて。皆さん意外と単純なのね。
この、サプライズ【ご報告】のきっかけは単純なことだった。
高校の友人が【ご報告】形式で転職のお知らせをしていたこと。
普段はあまり投稿をしないのに、わざわざもったいぶって【ご報告】し、少ないフォロワーから多くの反応を得ている様子をみて、少々苛立ってしまったから。
― あなたの転職なんてどうでもいいのに。まさか、反応欲しさ?
そんな不機嫌を解消するかの如く、邪魔するような形で、自分も犬を飼いはじめた【ご報告】を投稿したのだ。
しかし、こんなに上手くいくとは思っても見なかった。
「そうだ…」
【ご報告】
………………………………………ネイル変えました♪
ほとぼりが冷めたころ、ナミはまた新たな記事を上げた。
いつもなら、普段通り1枚目にネイルをアップするものを、またしても2枚目から本題を投稿した。
やはり反応は上々で、ナミも笑いが止まらない。
悪気は全くない。ちょっとドキッとしたタイトルで誘導する、こんなことは、どんなネットニュースでもやっている。アメリカの元大統領も同じようなことをやっていた。いわば技術のひとつなのだ。
― 投稿さえ見てくれれば、私のことにきっと興味を持ってくれるはず。
ナミはそれから、ことあるごとに【ご報告】を繰り返していった。
【ご報告】
………………………………………弊社の新作アイテムのご紹介。
【ご報告】
………………………………………初夏に向けてコーデの提案♪
コメント欄の改行を何度も重ねた先にあるのは、単なる業務上のアナウンス。だが、通常投稿よりも【ご報告】投稿の方が伸びていることは数字で見ても歴然としていた。
最初は1ヶ月に1回程度だった。
しかし、その頻度はどんどん高くなっていく。
通常投稿の合間であるが、2週間に2、3度までになるほどに……。
「え…なんで最近伸びないんだろう」
ご報告の投稿が週1の頻度になってきたころ、全体の反応も急激に減少するようになっていった。
フォロワーも投稿するたびに減っていく。
オオカミ少年の末路のように、その投稿を誰からも信じてもらえなくなったのか。想像できる結果だが、そのことをナミは信じたくなかった。
躍起になって、【ご報告】の頻度はさらに上がっていく。
しかし、ネタがない。
わざわざ話題作りをすることもあったが、自分の中でのネタの基準も徐々に精度が落ちていくことが目に見えていた。
― でも、こうしなきゃ、数字が落ちるばかりだから…。
【ご報告】
………………………………………風邪ひいちゃいました。
【ご報告】
………………………………………社員食堂でランチしました。
【ご報告】
………………………………………朝起きるの辛いよー。
もうナミに冷静なことを考える力はなくなっていた。
【ご報告】
………………………………………今日は日曜日です。
投稿を見た友人や同僚は「いい加減そのタイトルやめれば?」とあきれ顔で忠告するが、いいねが多いゆえの嫉妬だと、無理やり割り切った。
その信念を貫き通した甲斐あってか、ある日を境に、反応が爆発的に増えていった。
「よかった…持ち直した。一時的なものだったのかも」
イイネは1万を超え、フォロワーも10万を超えた。
コメントは何百件も。
たまに批判交じりのものもあったが、フォロワーが増えた代償だと、重くは考えなかった。
◆
そんなある日のこと。
ナミは悠人から、こんなLINEを受け取った。
『インスタの俺の写真、消してくれない?』
『え、最近悠人の写真上げてないし、インスタに載っているのは、だいぶ昔の投稿だけど…』
『それも晒されてるんだって!』
何を言っているのだろうと疑問に思い、口ごもっていると、しびれを切らしたように彼は強い口調で言い放った。
『ナミさ、まとめサイトとかでネット民たちのおもちゃになってること知ってるのか』
『どういうこと?』
悠人は巨大掲示板のトピックや、まとめサイト、ナミのことを嘲笑するTwitterアカウントのURLを貼り付けて送ってきた。
「なんなの、これ…」
そのサイトには【ご報告】を乱発するナミのことを、面白おかしく嘲笑するコメントが溢れかえっていた。
「ご報告芸人」「承認欲求モンスターの成れの果て」「正直どーでもいい」「100周回って楽しくなってきた」「明日のご報告を予想しよう」……etc.
ナミの持つスマホが、小刻みに震える。
フォロワーが爆増したのはそのせいだったのだ。
『もともとどうかと思ってたけど、“ご報告モンスター”の彼氏だって言われるのはちょっとね……もう限界。別れてくれないか』
「え、ちょっと待って!」
話をするために電話をかけても、悠人はとることもしなかった。
「もう、最悪…」
ナミは助けを求めるようにスマホを手に取り、文字を打つ。
泣きはらした顔の自撮りを添えて、投稿した。
【ご報告】
………………………………………恋人と別れました。
久々の、【ご報告】に値する彼女のビッグニュース。
しかし、コメント欄には「なんだ、つまらない」「いつものやつ、どうぞ」というような言葉しか並ばないのだった。
▶前回:「元気?」元カレから突然DMが…。平凡な主婦になった元モデルは、彼との昔を思い出してつい…
▶1話目はこちら:同期入社の男女が過ごした一度きりの熱い夜。いまだ友人同士ふたりが数年後に再び……
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