透き通る海と、どこまでも続く青い空。

ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。

2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。

東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。

そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。

彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?

◆これまでのあらすじ

突然ハワイに3ヶ月住みたいと言い出した夫の圭介(38)。長女の愛香(10)と長男の春斗(6)も賛成し、由依(35)たち家族は、アラモアナの高級マンションで生活することに。

▶前回:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは




Vol.2 ハワイに住むって意外と大変!?


「やっぱりサマーキャンプに行きたくない…」

娘の愛香が、家を出る直前になってごね始めた。

「えー、愛香が楽しそうって選んだやつじゃない。初日は言葉も違うし友達もいないから緊張するけど、行ってみようよ。きっと楽しいから」

由依たちは、ホノルルに住んでから1週間は休みを取り、さまざまなところを観光したり海で遊んだりして過ごした。

今日から、親は仕事を開始する。

そして、愛香(10)と春斗(6)はサマーキャンプ(夏休み中に行われる、日帰り、または泊まりがけで行う様々なプログラムのこと)に行くことになっている。

サマーキャンプの申し込みは、意外と面倒だった。

エージェントを介さなかったため、英語のホームページを一つひとつ確認して、空きがあるのか尋ねる。

人気のプログラムはすでにいっぱいか、返事さえ来ないところも多数あった。

なんとか空きのあるところを見つけ、申し込みフォームを作成し、やっと行けることになったのだ。

初めの週は、姉弟同じ場所で、遠足のあるアクティビティ中心の日帰りのプログラムにした。

確かに、言葉も分からず知り合いもいないところに入っていくことが怖いのは、想像に難くない。

繊細な愛香なら尚更だろう。

「とりあえず、今日行ってみて考えよう。日本語を話せる子だっているかもしれないし」

由依は子どもたちを鼓舞し、集合場所に車で向かった。

集合場所には、先生と子どもたち数名が既に集まっている。

由依も少し緊張しながら、拙い英語で愛香と春斗の母親だと伝えると、笑顔で迎え入れてくれた。


「じゃあね、頑張ってね」

いざ現地に着くと、こちらを振り返りもせずに他の子の中に入っていく子どもたちの姿に、由依は頼もしさを感じる。

由依が帰ろうとした時、あるアジア人女性とその子どもとすれ違った。

日本語で話していたので、親しみを感じて会釈する。

だが、彼女は、そのまま通り過ぎて行った。

― 気がつかなかったのかな…。

そう思い、由依は特に気にとめなかった。




夕方になり迎えにいくと、子どもたちが笑顔で待っていた。

2人ともわりと楽しかったらしく、明日も行きたいと張り切っている。

駐車場に向かうまでの道中、同じプログラムに参加していた日本人の男の子と春斗が「バイバイ」と挨拶した。

その後ろに彼のお母さんがいたので「こんにちは」と由依が挨拶をする。

だが、彼女は由依を一瞥すると、無言で車の方に行ってしまった。

― 今、無視された…?

驚いている由依の横を、別のアジア人女性が、子どもと一緒に通り過ぎていく。

その子どもが、持っていたタオルを落とした。

「あの、これ、落としました…」
「あー、ありがとうございます」

思わず日本語で声をかけてしまったが、彼女も日本語で答えてくれてホッとした。

「ハワイに住まわれているんですか?うちの子どもたち、今日からこのプログラムに参加していて」

由依が尋ねると、女性は笑顔を見せた。

「あ、はい。うちも今日からなんです。あなたも現地?」
「いえ、うちは短期で来ていて…」

タンクトップにデニムの短パンをはいたその女性は、由依の格好を一瞬見て、表情を変えた。

「あー…、それじゃ」

そういうと、さっさと行ってしまった。

由依は自分が変な格好だったかと確認する。

キレイめのTシャツにロングスカート、革製のヒールのあるサンダル。

一体何が問題なのだろう、と由依は戸惑うのだった。




「久しぶりー、由依ちゃん元気にしてた?」
「明美さん!会えて嬉しいです」

数日後、こちらに住んでいる昔からの友人の明美と『GOOFY Cafe & Dine』でランチを食べることにした。

明美は由依が新卒で入社した電子機器メーカーの会社の先輩で、ハワイ出身の男性と結婚し、数年前にホノルルに移住した。

その後すぐに離婚をしたが、今は白人男性と再婚して子どももおり、幸せそうだ。

「あー、あるある!そういうこと」

明美にハワイでの生活を聞かれ、先日の話をすると、彼女は首を大きく縦に振りながら言った。

「なんかねー、海外で日本人に会うと仲良くなるって言うけど、逆にマウントを取ったり、日本人とは仲良くしないっていう人もたまにいるのよ。特に裕福そうな観光客を嫌う人は多いかもね」

「でも、物価の高いハワイに住んでる人って裕福なんじゃないんですか?サマーキャンプも高かったし…」

由依が申し込んだサマーキャンプは1週間で約8万円。プログラムによっては倍以上する。物価が高いとはいえ、結構な額だ。

「みんながみんな裕福じゃないわ。物価の割に賃金が安かったり、旅行者が減って失業者も増えたし。共働きで収入が低い場合、サマーキャンプは安く預けられるしね」

「そっか。アメリカって子どもだけで留守番をさせてはいけないから、収入によっては優遇が受けられるんですね」

夏休みの1つのイベントだと捉えていたサマーキャンプも、現地で働く家庭にとっては、単なるレジャーではない。


「そうそう、話変わるんですけど、私、“観光客臭”漂ってますか?」

以前、見知らぬ男性から“観光客丸出し“と言われた由依は、カジュアルな格好でブランドロゴの見えるものは控えていた。

だが、明美は笑いながら「うん」と答える。

「これはもう雰囲気というか、化粧もそうだし服装もそうだし、滲み出るものがあるよね。でも、マウントや仲間外れって日本人同士に限ったことじゃないのよ…」

明美はブラックのアイスコーヒーを勢いよく飲むと、続けた。




「ハワイにはね、何系かで見えない派閥みたいなものがあるの。同じアメリカ人といっても、ハワイアンの血が入ってないと通えない学校だってあるし。白人でもハワイではいじめられたりね。ここも人間関係は複雑なのよ」

「ハワイに来たら、煩わしい人間関係に悩まされずに済むと思っていたのに、色々あるんですね」

由依が落胆した表情を見せると、明美は爽やかに笑う。

「でも意地悪な人なんて一部よ。大抵の人は優しくて温かくていい人ばかりだし、嫌なことがあっても、綺麗な景色を見れば一瞬で吹き飛ぶわ」

綺麗に日焼けした肌で微笑む明美の顔には、異国で生きる芯の強さが感じられた。

明美の話を聞いて、由依は、東京での出来事を思い出す。

圭介と結婚した時、港区の高層マンションに引っ越した。

高層マンション特有の、階層や親の職業・子どもの学校などのマウント合戦や狭い世界ならではの噂話。

それらをうまくかわしながら、住人たちと仲良くしていた。

それなのに、ある日突然無視されるようになったのだ。

多分、他よりも少し裕福だったことや家族仲が良いこと、愛香の塾の成績が良かったことなどすべてが、気に入らなかったようだが…。

ちょっとしたことをきっかけに、週刊誌の記事のように、ある事ない事をウワサされるようになり、仲間外れの対象となった。

由依も初めは気にしていなかったものの、仲良くしていた愛香の友達までもが避けるようになった。

子どもの幼稚園が同じだったため、愛香が小学校に上がるのを機に、世田谷の一軒家へと引っ越すことに決めたのだ。

― たったの3ヶ月弱しかいないことを考えたら、あの時よりは全然マシだけど…。 ホノルルも、意外と人間関係が複雑なんだな。



明美と別れて帰宅すると、圭介が仕事をしている部屋から、大きな声が聞こえた。




「…勝手なことを言うなよ!」

驚いた由依は、思わず玄関に立てかけてあった傘を倒してしまった。

その物音に気がついたのか、圭介の声が急に静かになる。

少しして部屋から「おかえり」と圭介が出てきて、何事もなかったように会話を始めた。

「由依、帰ってたんだね」
「うん。それより圭介大丈夫?大きな声出してたけど、なんか揉め事?」
「あーいや、仕事でちょっと。大丈夫だよ」

作った笑顔を浮かべる圭介。

彼のこの表情は、これ以上何も聞くなというサインだ。

由依は複雑な感情を押さえ込みながら「そっか」と受け流すと、ミーティングの準備に取り掛かるのだった。

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ハワイ婚活をしていた友人が由依の元に訪ねてきて…