東京に行って、誰もがうらやむ幸せを手に入れる。

双子の姉・倉本桜は、そんな小さな野望を抱いて大学進学とともに東京に出てきたが、うまくいかない東京生活に疲れ切ってしまい…。

対して双子の妹・倉本葵は、生まれてからずっと静岡県浜松市暮らし。でもなんだか最近、地方の生活がとても窮屈に感じてしまうのだ。

そんなふたりは、お互いに人生をリセットするために「交換生活」を始めることに。

暮らしを変えるとどんな景色が見えるのだろう?

29歳の桜と葵が、選ぶ人生の道とは――。

◆これまでのあらすじ

東京にいる葵は、2度食事をしただけの経営者の男にロエベのバッグを買ってもらい“都会の楽しさ”を感じていた。浜松にいる桜は、マサキとドライブに出かけるが、地方特有のデートコースにゲンナリ。優馬からは「桜のことを女性として見ている」と言われ…。

▶前回:「2回の食事だけでブランドバッグが手に入るの!?」東京に魅了された地方出身の女に、男が放った一言




Episode07:倉本桜@静岡。元彼・優馬とほろ酔いお家デート。


「なんだかんだ、楽しかったな!」

優馬が、運転しながら私に言った。

今日は、優馬と2回目のデート。私の希望で、昼から浜名湖にある遊園地「浜名湖パルパル」に行った。

「うん、楽しかったね」

― …でも、パルパルは思ったほど面白くなかったなぁ。

私から提案した遊園地だったが、期待するほどの楽しさはなかった。

これだったら『さわやか』で食事デートでもよかったかも…と思ってしまったのだ。

東京からわざわざ食べにくる人がいるくらい人気で、げんこつハンバーグが有名な『さわやか』。

休日の御殿場アウトレット店では、午前中に整理券をGETしても入れるのは夕方。でも浜松市内なら店舗も多いから待ち時間は短い。

けれど、そんなことを言えるはずもなく、私は帰り道の車の助手席で外の景色を眺めていた。

楽しめなかったのは、優馬のせいでもないし、遊園地のせいでもない。

東京の刺激に慣れすぎた私の責任だ。

「……パルパルなんか違った。って、思ってんだろ?」

信号待ちで、ふいに優馬が私に聞く。

「え?ううん!ふつうに楽しかったよ。なんていうか…これはこれ。って感じで!」

私は慌てて弁解したが、優馬は表情を変えなかった。

「なぁ、桜」
「ん?」
「東京に行くと、みんなそんなふうになんの?」


「じゃあ、また」
「うん、またね。連絡する」

優馬は私を送り届けると、別れを惜しむこともなく、すぐに浜松ナンバーの車を走らせていった。

帰り際にされた質問は適当にごまかしたが、彼は機嫌を損ねたようだ。

そりゃそうだ。

デート場所を提案したのは私で、優馬は何日も前から楽しみにしてくれていたのだから。

― あぁ、もう。私のバカ!

貴重な休みに車を出してくれたのだから、せめてもっと感謝もすればよかった。




私は、ここ1年はマトモな恋愛をしていないし、東京では年上とばかり会っていた。

そのせいで、ワガママが染みついていることは自覚している。でも、それが地元を小バカにする態度を取ってしまった言い訳にはならない。

当然、いくら待っても優馬からのLINEは来なかった。

どう考えても、こちらからアクションを起こさなければならない状況だ。

― でも…なんて送ろう?

私はスマホを手にして少し悩むと、無難に今日のお礼のメッセージとスタンプを送った。

すると、すぐにLINEの新着メッセージを知らせる音が鳴る。

「あ〜よかったぁ」

つい声に出るが、期待もむなしく、LINEを送ってきたのは葵だった。

ガッカリしてごめん、と思いながら内容を見ると、なんだか絵文字たっぷりで、やたらとテンションが高い。

『葵:桜、ロエベのバッグ持ってたよね?♡それって、ハンモックだっけ』
『桜:そうだよ。どうして?』

そう尋ねると、葵から何枚も画像が届く。それはまさしくロエベのパズルだった。

『葵:東京ってすごいね♡』




その一言で私は理解した。

これは、葵が買ったのではなく、デート相手の誰かからもらったものだということを。

しかし、私は葵を非難する資格はない。

似たようなことをずっと東京でしてきたのだから。

『桜:よかったね!色もすっごく可愛い♡でも、気をつけてね。東京の男は怖いよ(>_<)』

それだけ送って、葵とのラリーを終わらせた。

彼女は夫が浮気して離婚するという、誰しもがメンタル崩壊するであろう体験をしているのだ。

だから、このくらいのご褒美は全然いいだろう。

むしろ、私は昨年のクリスマスにデートした中嶋からエルメスのバッグをもらえなかったから、素直にうらやましいとさえ思う。

とはいえ、葵は東京を知らないので心配であることは間違いない。

― どうか、甘い蜜だけを吸って戻ってきますように。

そう祈りながら、東京の友達のストーリーズなんかを流し見していると、優馬から返事が届いた。


『桜:嫌な気持ちにさせてしまったらごめんなさい』
『優馬:大丈夫。別に怒ってないから』
『桜:ほんとに?でも、それじゃあ気が済まないから、なにかさせて』
『優馬:う〜ん…じゃあ、あれをお願いしようかな』

優馬が言う“あれ”は、どちらかといえば、私が不得意なものだった。




「へぇ、マンションって狭いイメージあったけど、いい部屋だな」

金曜日の19時。リモートで仕事を終えたラフな格好のまま、私は自宅に優馬を迎え入れた。

浜松で生活を始めて、初めてのお客さんだ。それが、まさか高校時代の元彼だなんて笑ってしまう。

「ありがとう。葵の部屋だから、本人に伝えとくね」
「あ、葵ちゃんの…そうだったな」

そんなことを言いながら優馬をリビングのソファに誘導したが、家にふたりきりというシチュエーションは妙に緊張する。

「桜の手料理が食べたい」そう言われた日から、私は慌てて料理の練習を始めた。

東京でもこっちでも、ほとんど自炊をしてこなかったのだ。

「食材買ってくれてありがとう。冷蔵庫入れるから、こっち持ってきてくれる?」
「おぅ」

優馬がリクエストしたのは、ミートソースのパスタ。

よっぽどの料理下手じゃなければ、失敗することはないと思うのだが、何せ料理経験が浅いので、練習は必須だった。

「お肉ゴロゴロ系か、野菜たっぷりのヘルシー系だったらどっちがいい?」

普段から作っています風な質問を、私は優馬に投げかける。

「お肉ゴロゴロ系」
「オッケー!すぐできるからテレビでも見て待ってて」




優馬がうちに来ると決まった日から、私はYouTubeでそれっぽいレシピを学んでいたのだ。

優馬が買ってきた豚ひき肉を冷蔵庫に押し込み、代わりに牛ひき肉を取り出した。

厳密にはミートソースでも、ボロネーゼでもないのだろうが、男性が好きそうなボリューミーでパンチのある味に仕上げる。

「んん!めちゃくちゃ美味しい!!予想以上だわ。桜、料理できるんだな」

優馬は一口食べるなり大絶賛した。男性料理家のYouTubeを見ていてよかった。

「そうなのよ、実はできるんだなぁ」
「謙遜しないのがやばいわ。まぁ、そこが魅力なんだけど」

優馬にそう言われ、つい嬉しくなってしまう。今夜は飲んでしまいそうだ。

「あ、パスタに合いそうな赤ワインあるけど、飲む?優馬はワインわからないだろうけど、カリフォルニアのわかりやすいやつだから」
「なんだよそれ〜。確かに、わかんねーけど」

私たちは笑いながら赤ワインを飲み、飲み足りなくて白ワインも空けた。

元彼だということを除いても、優馬と過ごす時間は楽しかった。

彼の前だと飾らなくていいし、頭で色々考えてから会話することもしない。

それが、こんなにも満たされることだなんて、知らなかった。

「うわ、最悪!」
「どした?」

私は、前菜を用意していたことをふいに思い出し、キッチンに向かった。

「サラダとスープ、出すのを忘れたよ。ねぇ、今から食べる?って食べないか」

スープは保存がきくが、サラダは時間が経つと野菜が萎びてしまう。

― あぁ、どうしよう。

悩むほどのことでもないのだが、せっかく優馬が来てくれたのだから、ちゃんともてなしたかった。

私がいつまでもキッチンにいるので、優馬が痺れを切らしてやってきた。

「いいよ。明日の朝、俺が食べるからこっちきて」

手を引かれ、子どものように連れ戻された。

そういえば、再会して初めて優馬に触れたかもしれない…そんなことを思っていると、彼はソファに私を座らせた。




「パスタ以外も作ってくれてたんだね。ありがとね、よしよし」

優馬も酔っているのだろう。大胆にも、私の頭をなでてから抱き寄せた。

私はそれを、すんなりと受け入れた。

もしかしたら、こうなることを望んでいたのかもしれない。

― 懐かしい匂い…。

香水をつけていないのに、こんなに優しい香りがするなんてずるい。

私たちは何も話すことなく、どちらともなく唇を重ねた。

初めてじゃないのに、初めてのような感覚。

何も知らなかった青い高校時代のそれとはすべてが違っていた。

優馬の手が、私の服にかかる。ただ優馬に身を委ね、自分の気持ちに従った。

ここが葵の部屋で、私は期間限定でここに住んでいて、帰る日が決まっている。

わかっていることなのに、この時は、そのことがスッポリと頭から抜け落ちていた。

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葵のストーリー:“都会の楽しさ”に気づいた葵はだんだんと東京に染まっていき…