パウエルFRB議長は依然としてインフレと闘う(写真:Bloomberg)

注目された3月のFOMC(連邦公開市場委員会)は0.25%の利上げを決定し、FF金利誘導水準は4.75〜5.00%へ引き上げられた。金融機関に対する経営不安を背景として一部では利上げ停止観測も浮上していたが、従前路線が貫かれた格好である。

3月13日の「銀行破綻に葛藤するFRBが利下げに走らない理由」でも議論したように、中長期的な視点に立った場合、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)にとって最悪の展開は、銀行経営不安に配慮して必要な利上げが行われず、インフレが加速、賃金上昇を伴うインフレ第2波に対し再度大幅な利上げが必要になるという展開である。

そうしてインフレの制御が難しいとの機運が充満すれば、社会は不安定化しかねない。

ずさんな金融機関救済より市井の生活

よりイメージしやすい例えを用いて言えば、現在のアメリカで最も深刻な問題は牛乳や卵、そして光熱費の価格高騰によって市井の人々の生活が危機にさらされているという事実である。

金融不安に伴いシステミックリスクそれ自体が現実味を帯びるならば、利上げ停止(場合により利下げ)も必要となる。だが、その緊急性は高くないというのが大方の判断である。

これに対し、インフレ高止まりによる実質所得環境の悪化は紛れもない現実であり、政治的にも放置が難しい。ずさんなリスク管理で不安定化する金融機関を救済するよりも、市井の人々の生活に配慮した政策運営が政治・経済的に要求される状況ということだろう。バイデン政権への配慮もないとはいえまい。

もちろん、金融不安に伴うシステミックリスクを放置することは、市井の人々の生活にも大きな影響を与える。

この点、声明文では最近の混乱が家計・企業にとって与信環境のタイト化をもたらし、経済活動の重しとなる可能性が指摘されている。今の混乱が与信環境のタイト化を通じて雇用・賃金情勢の鈍化を促し、インフレが抑制される期待も抱かれるため、利上げ路線にブレーキがかかる可能性は確かに想起される。

金融不安による貸し渋りがインフレ抑制?

実際、会見においてパウエルFRB議長は「銀行破綻の影響は利上げと同様の効果を持つ」と述べ、今後の政策金利の軌道に影響する可能性に言及している。

しかし、現時点では「その影響度合いは不透明(The extent of these effects is uncertain)」と明記されており、結局はインフレリスクを注視し続けるとの結論が示されている。議長会見でも銀行破綻の影響は不透明感が大きく、実体経済への影響度を予測することが困難と述べられており、今回改定されたスタッフ見通し(SEP)にもその影響が十分織り込めていないという。

スタッフ見通しでは実質GDP成長率見通しに関し、2023〜2025年にかけて「0.4%→1.2%→1.9%」と2023〜2024年についてそれぞれマイナス0.1%、マイナス0.4%と引き下げられているが、この予測値についてはアップサイド・ダウンサイドのいずれが大きいのかは今のところ「わからない」というのがFRBの結論である。

ちなみに、スタッフ見通しにおける個人消費支出(PCE)デフレーターはコアベースで「3.6%→2.6%→2.1%」となり、2023〜2024年についてそれぞれ0.1%ずつ上方修正されている。今後2年にわたって基調的なインフレ率が2%を優に超えてくる以上、インフレリスクを重くみるべきというFRBの判断は自然である。

為替市場の観点からは当然、政策金利の軌道、特に年内利下げの有無が注目される。

この点、声明文における政策金利のガイダンスは「利上げの継続が適切(ongoing increases in the target range will be appropriate)」との表現から「幾分かの利上げが恐らく必要となる(some additional policy firming may be appropriate)」へと修正されており、必要とされる利上げの度合いが小さくなっている状況がうかがえる。

筆者は元々「利上げ停止は早ければ3月。遅くとも5月」を前提としていたが、おおむねそのような政策運営に着地しそうである。

市場の早期利下げ織り込みを一蹴

今回改訂されたメンバーの政策金利見通し(ドットチャート)もこうした声明文と整合的であり、2023年末のFF金利(予想中央値)は5.125%と、あと0.25%の利上げ1回分が示唆されている。


しかし、利上げ停止から年内利下げまで想定するのは性急すぎるように思える。年内の利下げ転換は、引き続きリスクシナリオの範疇というのが筆者の基本認識だ。

すでにFF金利先物市場では年後半の利下げ開始が織り込まれているが、パウエル議長は「そうした(年内利下げ)予測はFOMC内では共有されていない」と強調する。

「市場が早期利下げを期待する一方、FOMCがこれを一蹴する」という構図は2022年から続いている光景だが、やはりコアPCEデフレーターが通年で3%を超えると予測される以上、年内利下げをメインシナリオに据えて資産価格の予想を行うのは危うい。

5月に5.25%まで引き上げられた後、やってくるのは「利下げ」ではなく「様子見」であり、このFRBの姿勢を受けて金融市場は安定を取り戻すと予想したい。ボラティリティが低下する中、政策金利差は大きな状態が続くとすれば、為替市場では円を調達通貨とするキャリー取引が流行りやすくなるのではないか。

筆者は4〜6月期、7〜9月期そして10〜12月期の前半頃までは円安・ドル高の色合いが強くなりやすいことを想定している。水準としては年内140円台に復帰する可能性はまだ十分考えられるだろう。

しかし、10〜12月期の後半以降は利下げ議論も公式に認められるような雰囲気が醸成され、米金利主導で円高・ドル安には折り返しやすいように思っている。

もちろん、年内利下げ転換に至るというリスクシナリオもある。それが実現するとしたら、やはり国際金融不安のさらなる深化まで見込むケースであろう。

実際、アメリカの商業用不動産絡みの債権が火種となり、金融機関経営を揺さぶるのではないかという懸念がすでに一部で出始めている。そうなってくると「一部の地方銀行の問題」と強弁しているFRBの主張はまかり通らなくなる。

金融システム全体の不安定性にまで議論が飛び火してしまうと、早期利下げの可能性は高まり、想定外の円高を招来する懸念がある。

円高の限度は125円割れ

しかし、すでに2023年の年初2カ月でマイナス4兆円に迫る日本の貿易赤字の現状を踏まえれば、しょせんは「円を売りたい人が多い」という需給環境も大きくは変わっていない。そう考えると、リスクシナリオにおいても、125円割れが関の山ではないかと筆者は構えている。

ちなみに、今回のドットチャートでは2024年末の政策金利が4.25%と示された。つまりほとんどのメンバーが2024年中の利下げを想定しており、このままいけば2024年の主要な取引テーマは「アメリカの利下げペース」になる。

本当にそうした展開をメインシナリオに据えるべきなのか。まだ、2024年の展開を検討するには気が早いように思えるが、利上げ停止の決断が下されるだろう5月以降、本格的な予想策定を始めたいと思う。

(唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)