「こんな家に住んでるの?」付き合って4ヶ月。初めて彼の家に行ったら驚きの連続で…
「好きになった人と結婚して家族になる」
それが幸せの形だと思っていた。
でも、好きになった相手に結婚願望がなかったら…。
「今が楽しいから」という理由でとりあえず付き合うか、それとも将来を見据えて断るか…。
恋愛のゴールは、結婚だけですか?
そんな問いを持ちながら恋愛に奮闘する、末永結子・32歳の物語。
◆これまでのあらすじ
結婚したくないという日向にもやもやとした感情を抱えながら付き合ってきた結子。だが、ある夜食事中に日向に伝えた。もし自分が結婚したくなってこのまま付き合っていくのが難しいって思ったら、その時はちゃんと言うから…と。
Vol.9 彼のお父様に会って
日曜日の昼下がり。
結子は日向と恵比寿の『MASA'S KITCHEN』にいた。
明日から日向は九州に1週間出張するため、束の間の休日を一緒に過ごしているのだ。
「1週間も会えないなんて寂しいな」
結子がふてくされる。
「そりゃ有休とってついてきて、と言いたいけれど、仕事だからなぁ」
日向が手を上げて、青島ビールを追加した。
「ところで準備って終わってるの?1週間の出張って結構な荷物だよ?」
結子が心配すると日向がニヤッと笑った。
「実は全くやってない。そういうの、めちゃくちゃ苦手で、いつも後回し」
結子が呆れた様子で言った。
「意外!準備万端な人だと思ってた。お店の予約とか、行く場所とかいつもちゃんと決めてくれるし」
今日だって、いつの間にか日向がランチの予約を取っていてくれた。
「それは好きな人に対してだからでしょ。自分のことはいつもテキトー。じゃあ、結子さん、これから家に来て手伝ってくれる?」
「え?でも、家って実家だよね?」
「親父はハワイにゴルフをしに行っていて留守。誰もいないし、うちでゆっくりしようよ」
後輩の高坂から日向の実家が豪邸だという話を聞いていたこともあり、結子は一度は行ってみたいと思っていた。
「日向くんの荷造りを手伝うっていう口実だけど、本当は一度お家に行ってみたかったの」
実家といえども、付き合って初めて日向の家を訪問することになり、結子のテンションは上がる。
食事を終えると、レストランを出て、タクシーに乗り白金高輪方面に向かう。10分ちょっと走ると、閑静な住宅街に入った。
― なんかこのあたり、一戸、一戸の区間が広いかも。
「この辺でとめてください」
日向がタクシーを停車させたのは、高坂が言っていたとおり、コンクリートの高い塀がそびえる一角だった。
― 高坂が言ってたとおりだ。すごいお家…。
「どうかした?」
結子がしばし呆然としていると、日向が振り向いた。
「素敵なお家だなと思って。昔から住んでるの?」
「うん、ここ以外は住んだことがない。といっても、別にこの土地に特別な思い入れがあるわけじゃないよ」
「お邪魔します」
一部屋分ほどある玄関からリビングに入ると、日向はソファに座るように促す。
「コーヒーでいい?」
日向が冷蔵庫から豆を取り出し、ミルで挽き始めた。
結子が座っているソファから見える庭には、春の花々が咲き乱れている。
「お庭、綺麗だね」
「この時季はね」
そう言って、コーヒーと一緒に缶ごと出してくれたお茶菓子は、村上開新堂だ。
「お茶飲んだら、僕の部屋で準備手伝ってね」
日向は心なしかウキウキとしているように見える。
「うん、もちろん」
結子は答えながらぼんやりと思った。
― 彼と結婚したら、この家が実家になるのかしら…。
打算的だと思いつつも、それまで押し込んできた結婚願望が、結子のなかでむくむくと膨らんでくる。
その時、玄関の方で、セキュリティ解除の電子音が聞こえ、誰かが入ってきた音がした。
そして、バタバタと廊下を歩くスリッパの音が聞こえたと思ったら、リビングの扉が開いた。
「春樹か」
大柄な年配の男性が入ってきたので、結子は思わず立ち上がる。
「お邪魔してます」
緊張の面持ちで挨拶をする結子だが、日向はまったく動じずソファに深く座っている。
「僕の彼女、結子さん。明日から出張だからパッキング手伝ってもらいに来てる。ハワイでゴルフじゃなかったの?」
結子と日向、2人の顔を交互に見ながら、日向の父はいきなり表情を崩した。
「お前、彼女がいたのか…。いやあ、それはよかった。ま、俺の子どもだからな」
1人喜ぶ父親を、日向は冷ややかな目で見ている。一方、父親はそんなことまったく気にせず、次から次へと結子に質問を投げかけてくる。
「結子さんは、ご出身はどちらですか?息子とはどこで知り合いに?」
「出身は東京です。春樹さんとは、職場が同じで…」
いつの間にか、結子の向かいに腰を下ろし、1つ答えると、また1つといったふうに、父親からの質問は途切れずに続いていく。
「で、出身大学は?」
父親が聞いた時、それまで黙って様子を見ていた日向がいきなり立ち上がった。
「父さん、いい加減にしてくれる?なんなんだよ、いきなり帰ってきて、初めて会った人に根掘り葉掘り…失礼だろ」
父親は、やれやれと言ったふうにソファから腰を上げた。
「春樹が女性を連れてくるなんて珍しいから、どんな人か知りたかったんだよ。で?2人は結婚するつもりで付き合ってるのか?」
「僕は、父さんみたいにいい加減な付き合いを繰り返したくないんでね」
日向は不機嫌な様子で答えた。
「何を言ってるんだか、僕は、いつもちゃんと女性に向き合ってますよ。僕がここにいると春樹の機嫌が悪くなるので、もう行きますね。結子さん、またね」
そう言うと、彼はそそくさとリビングから出て行ってしまった。
日向はムスッとしたまま、結子の隣に座った。
「見たでしょ?なんか人生あまり苦労もせず、好き勝手に生きてきたって感じなんだよね、うちの親父って。
あちこちに女性を作って、家にいるのはひと月の半分くらい。生活するのに経済的な不自由をしてきたことは一度もないけれどね」
日向の怒りを静めるように、結子は日向の手に自らの手を重ねた。
「そっかー。日向くんは、お父さんに対していつも今みたいな態度なの?」
「なんかチャラっとふざけてる感じがムカつくんだよな、うちの父親ってさ。母親も愛想尽かして出て行ってから、再婚して今は別の家族がいるし」
結子は、日向の心のうちを見たような気がした。
「ちなみに、うちの父親って、僕の母親と離婚したあと、再婚したんだけど、結局離婚したんだよ。その後、2度女性と同棲してる。全部この家で」
「そ、それは、なかなか聞かない話だわ」
結子はかろうじてそう答えた。
― 結婚したくないっていう本当の理由ってこれかもね。そんな父親の元に育ってたら…。
◆
日向が九州に出張して3日後。
結子は、元彼の翔平と会う約束をしていた。翔平からは、あれから何度か誘いがあったが、その都度断っていた。
だが、「もうこれで無理なら連絡しない」と言う彼の言葉に絆され、会うことにしたのだ。
仕事終わりの19時半。
待ち合わせたのは、南青山のイタリアン『アントニオ』だ。結子が店に着くと、すでに翔平はビールで始めていた。
「お待たせしてごめんなさい」
「全然だよ。こっちこそ呼び出してごめん」
数年前の彼からは想像もつかない好対応に、結子は今更ながら驚いた。
結子は白ワインをオーダーして、店内をぐるりと見回した。
「ここ、昔一度だけ一緒に来たよね。確かジェノベーゼがすごく美味しかった」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいな」
あまりいい別れ方をしなかった元彼と2人、気まずくなったらすぐ帰ろうと覚悟をして結子はここにやってきた。
だが、意外にも話は弾んだ。
北海道で携わっていた仕事や、向こうでの暮らしぶり、また、久しぶりに東京に戻ってきたのに、もう北海道に帰りたいと翔平は言う。
「昔は本当にひどいことばかりして、申し訳なかった。結子に彼氏がいるとわかっているけど、ちゃんと謝っておきたかったんだ。それに、万が一のチャンスがあればと思って、今日は連絡したんだ」
そんな翔平の姿を見て、結子はまったく揺らがなかったかといえば嘘になる。だが、すぐにここ数ヶ月の日向との楽しかった日々が脳裏に蘇った。
「ごめんなさい。私、今の彼といて幸せなの」
そして、結子は恋人に結婚願望がないこと、将来はわからないけど今は彼と離れる気がないことを、なんとなく翔平に打ち明けてしまった。
「俺は…もし結子がOKとさえ言ってくれれば、結婚を前提に付き合うつもりなんだけどな」
翔平の真剣な眼差しに、結子は黙り込んでしまう。だが、しばらく考えてから、結子は言った。
「ごめん、それでもやっぱり元には戻れないかな」
すると、翔平は思いのほかあっさりと引き下がった。
「俺、自分で言うのもなんだけど、北海道で性格変わったって思うんだよね。
きっとその彼も、何かのきっかけがあれば考え変わるんじゃない?結子とそのうち結婚したいって」
結子は、目の前がパッと明るくなったような気がした。
― 翔平の言うとおり、何かのきっかけがあれば、日向くんの考えも変わるかもしれないわよね。
それに、あんなに嫌いになった翔平とレストランで2人で食事しているなんて、あの頃の自分からは想像もつかなかっただろう。
「ありがとう。今日、ここに来てよかった」
結子は心の底からそう思っていた。
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ますます日向のことが知りたくなった結子。そんな結子に日向も心を開き始め…