東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:「私って、心が狭い?」友達の“妊娠報告”を素直に喜べない32歳女の本音




独身友達に“妊娠の報告”をするとき:千尋【後編】


― 友達への“結婚と妊娠の報告”が、こんなに難しいものだって今まで知らなかった…。

豊女時代の友人たちと食事に来ている千尋は、ビールを美味しそうに味わう彼女たちを横目に、ジンジャーエールを飲んでいた。

海外旅行の日程や行き先についての具体的な話が進むほど、千尋は戸惑っていた。

妊娠が発覚して来月入籍すること。そして海外旅行に参加するのは難しいことを告げる必要があるというのに。

すると、夏帆が、旅行についてあれこれ話しているのを遮って、千尋に言葉を投げかける。

「ねえ、千尋。なにか言いたいことある?」

すべてを見透かしたような夏帆の言葉と視線に、千尋は思わずドキッとした。

「…私、実は妊娠してるの」

夏帆の言葉に引き出されるように、どうにか千尋は言葉を紡いだ。


「私たち、もう32歳よ?何人の独身卒業生をまわりで見てきたと思ってるの!」

思いも寄らぬ夏帆のリアクションに、千尋は驚いた。

「もしかして、気づいてたの…?」

「体調もあんまり良くなさそうだったし、酒豪の千尋がノンアルコール飲んで、なにか言いたげで…そうかなってなんとなく思っていたよ」

勘づいていたのは夏帆だけだったようだが、一気にお祝いムードに包まれる。




報告するきっかけを作り、祝福の空気感を作ってくれた夏帆の言葉に、千尋は内心ほっとした。

「みんなありがとう…なんか、なかなか言い出せなくて…」

自分の幸せ報告が受け入れられたことに安心したのもつかの間、千尋は違和感に気づく。

― あれ?加奈子、どうしたのかしら…?

静かに俯いている加奈子の様子は、先日千尋が久々に会った、まわりの幸せ報告に胸を痛めている楓の姿と重なった。

「千尋は、どうしてなかなかこの話を言い出せなかったの…?」

予期せぬ加奈子の問いに、千尋は動揺した。

― 独身ばかりのこの中で、自分だけ結婚、妊娠と一気にステージが変わって言い出しにくかったから。

頭に浮かんだ答えを、そのまま素直に返すわけにはいかない。なんて返答しようかと千尋が考えていると、先に加奈子が口を開いた。

「自分だけが結婚するから、独身の私たちが、かわいそうって思ったんじゃないの?」

加奈子の指摘に、千尋は口元が震えるのを感じた。

「ごめんなさい…みんなに伝えるの、少し気まずいって思いがあったの」

いたたまれない気持ちになった千尋は、素直に謝罪の言葉を口にした。

“独身だから得られる自由もある”というのは事実でもあるが、でもそれは建前で、やはり結婚・妊娠は、女性誰しもにとって幸せの象徴なのだと、千尋は内心思っていた。

だから、独身者と既婚者の間には壁と確実な差があるのだと…。

“幸せの報告”という、その象徴をひけらかすような行為は、差を見せつけるようで抵抗があった。

そしてなにより、自分はもう独身の彼女たちとは違うのだと、どこかで一線を引くような気持ちが芽生えていた。

「千尋なりの配慮なのかもしれないけど、なんだか心の距離を感じたよ」

普段穏やかな彼女からは想像できないほど、加奈子は感情が高ぶっているようだ。

そんな加奈子をなだめるように、やさしく声をかける夏帆たちの姿を見て、千尋は自分が加害者になったような気持ちになり、胸が痛かった。




店を出たところで加奈子が提案をする。

「ねえ千尋…このあと軽くふたりでもう1軒どう?」

「もちろん」

ゆっくり話しておいでと夏帆たちに見送られ、ふたりは銀座一丁目の『スタア・バー・ギンザ』に向かった。


「加奈子は好きなものを飲んでね」

「じゃあ遠慮なく…」

カウンターの隣の席で季節のフルーツカクテルを味わう加奈子は、千尋のことを思ってか、いつも通りに明るく振る舞っていた。




「この年まで独身だと、まわりの子がどんどん次のステップに進むのを見てきているし。自分にはないものを持ってるんだって、うらやましかった。

それって私自身が、自分の方が結婚して子どもがいる人より不幸だ!って思い込んでいたんだと思うの」

加奈子の言葉に、千尋は同意するようにうなずく。

「ねえ、千尋は、なにが一番不安なの?」

核心を突くような加奈子の問いに、千尋は自分の本音を確認するかのようにゆっくり言葉を紡いでいく。

「私ね、加奈子が言うように、人の幸せ報告を聞くたびに、自分が手にしていない幸せをこの人は手にしたんだーって、どこか妬ましかった」

千尋の言葉に、加奈子は何も言わず耳を傾ける。

「ライフステージが変われば悩みも変わるだろうから。私にが子どもができたら、みんなに気軽に相談とかできなくなるような気がして不安だったの。だって私自身が、つい最近まで子どもの話とかに全く興味なかったし…」

千尋は、結婚や妊娠の報告を友達にすることで、相手に嫌な思いをさせるかもしれないと不安を抱いていた。

でも、加奈子の問いに答えているうちに、“ライフステージが変わった自分を、まわりが受け入れてくれるのか”という不安こそが、千尋の心の多くを占めていたことに気づく。

「千尋、本音で話してくれてありがとう。もちろん、千尋をうらやましいと思う気持ちは、間違いなくある。でも、それって私たちの関係を崩すほどに大きな変化じゃないと思わない?」

加奈子の言葉は、千尋が抱えていた重荷を一瞬で軽くさせるようだった。

「これからも、一緒にいてくれる…?」

「もちろん。早く会いたいしね」

加奈子は、千尋のまだ膨らんでいないお腹にそっと手を当てた。

その言葉と温もりは、子どもが生まれても変わらずつながっていられるのだという安心感を、千尋の心に生んでくれていた。




1ヶ月後の週末、千尋を除く「HELP」のメンバーは、台湾へ訪れていた。

「千尋、調子はどうー?」

台湾初日の夜、ホテルで夏帆のスマホから千尋にビデオ通話をつなぐ。

「元気よ!次こそ一緒に行かせて!」

「もちろん!」

夏帆たちから思い出話を聞きながら、こうやってくだらない話をする時間がかけがえのない瞬間なのだと、千尋は改めて実感させられていた。

「そういえば最近インスタで千尋の様子見ないから、なんだか久しぶりな感じがする!」

夏帆の言葉に、千尋は答える。

「実は私、インスタ断ちしたのよ」

「そうなの?どうして?」

「だって、インスタを通じて、たいして親しくもない遠い誰かをうらやましいと思うのも、そういう人たちにどう見られているかを気にするのも、全然幸せじゃないでしょ?」

「そのちょっと極端な発想、千尋っぽい」

加奈子はそう言って笑っていた。

あの夜、加奈子と本音で話し合っていなかったら、千尋はもう「HELP」のメンバーとは疎遠になっていたかもしれない。

それは、加奈子たちが拒絶するからではなく、千尋自身が、自分はもう一緒ではないのだと、自ら壁を作ろうとしてしまっていたから…。

結婚、妊娠という経験を経た中で、千尋は「HELP」のメンバーがまだ共感できない悩みや葛藤を日々感じている。

でも、それは経験したことがないから共感できないだけで、彼女たちに話してはいけない話では決してない。

本当にお互いの幸せを願える関係であれば、加奈子の言う通り、ステージの変化で壊れる友情なんてものはないのだ。

「変わらず仲良くしてくれてありがとう」

思わず出た千尋の感謝の言葉に、驚いたように画面越しのみんなは笑った。

「私たち、もう人生の半分くらい一緒にいるのよ?今更壊れるような関係じゃないでしょ」

明るい加奈子の言葉に、夏帆たちは笑顔でうなずいていた。

― これまで結婚して疎遠になった人もいるけど、それってたいして仲良くなかった子たちだったのよね。

千尋は、「HELP」のメンバーとはこの先環境が変わったとしても、ずっとつながっていられるという確信を感じていた。

本当に大切な人であれば、互いの幸せを喜び合い、たとえ環境が変わっても、その友情が分かたれることはないのだと、千尋は初めて気づいたのだ。

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▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実

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