東京に住む大人だったら、思い出深いレストランが一つはあるだろう。

これは東京のレストランを舞台にした、男女のストーリー。

今回は、『令和の玉の輿ガール』で大反響を呼んだ、松岡里枝さんに取材。

ティーン誌の人気読者モデルを経たのち、ブランドのディレクターとして活躍。

経営者の男性・智樹さん(仮名)と結婚し幸せを手に入れた松岡さんの、レストランにまつわる恋のストーリーの後編をお届けします。

◆前回のあらすじ

雑誌モデルやアパレルブランドのディレクターとして、20代前半を駆け抜けた里枝。仕事人間だった彼女は、経営者の智樹と出会い、交際を開始。これまでにないほどのラグジュアリーなデートを重ねてきたが…。

▶前回:文句のつけようのない男性から、直球の告白。女がためらった、唯一の理由とは?



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Vol.29  里枝(32歳)仕事と恋愛のはざまで【後編】


「しばらく、お出かけは厳しいかも…」

智くんのため息まじりの声が、寝室に悲しく響く。

2020年3月。

コロナウイルスの流行が、報じられ始めていた。

「そうだね…このご時世じゃ、どこにもいけないね」

「ね。でも、お家時間も楽しいよ」

そう言うと彼は、明るく笑って、ベッドの横に置いてあるぬいぐるみに手を伸ばした。以前、UFOキャッチャーでとった、アヒルのぬいぐるみだ。

「ねえ?お家時間も楽しいよね?」

ぬいぐるみに話しかける智くんの姿を見て、口元がゆるむ。コロナの深刻なニュースに沈んでいた気持ちが、少し回復した。

― この人って、いつも私を笑わせてくれる。

智くんがパパになったら、こんなふうに子どもをかわいがってくれるんだろうな。

ふと、そんなことを思った。



初夏らしい、やわらかい日差しを感じる季節になった頃。

私は、智くんに久々に誘われた。

「ねえ、このまま感染者数が落ち着いてたら、フレンチでもいかない?」

久しぶりのお出かけに、私は喜んでOKした。

智くんが予約してくれたのは、芝公園近くにある『クレッセント』。

彼の仕事が早く終わる日だということで、18時に乾杯した。

初夏の18時は、まだ明るい。大きな窓から新緑の木々が見えて、なんとも素敵な雰囲気だ。

しかも、内装がまさに私好みだった。

白い壁に映える、ボルドーのカーテンと絨毯。

― お食事もおいしいし、最高のお店!

智くんは私の好きな空間のテイストをわかっていて、いつもドンピシャでお店を選んでくれる。

どの一皿もたまらなくおいしく、大満足でお店を出た。

20時。

まだ、空は少し明るい。

「このあと、アンダーズ 東京に行こうよ」

― 時間も早いし、バーで飲み直すのかな?

「いいね、行こう」


アンダーズ 東京に行くのは、初めてだった。

智くんにエスコートされてエレベーターに乗り込む。

エレベーターを降り、廊下を進んでいると、智くんが急に立ち止まって、ひとつの部屋のドアを開けた。

― え…。お部屋?バーじゃないの?

促されるまま中に入ると、そこは広々としたスイートルームだった。

床には、バラで作った花びら道が続いている。

「おいで?」

手を引かれ、花びらをたどっていくと、寝室に着いた。

部屋中が、赤とピンクのバルーンで埋め尽くされていた。ベッドの上には、真紅のバラの花びらが散りばめられている。




予想外の光景に、言葉も出ない。

固まっていると、智くんは大きなバラの花束を抱えて登場した。

「里枝」

花束を私に手渡すと、彼はひざまずく。

「僕と、結婚してください」

ハリー・ウィンストンのリングケースが、パカッと開いた。大きなダイヤのついた指輪が輝く。

― この指輪…。

前に、お出かけ中にブティックに寄ったとき、「これかわいい」と言った指輪だった。

「はい…よろしくお願いします」

答えながら、涙があふれる。

まさか、こんな素敵なプロポーズをされるなんて。

「うれしい…」

私は庶民的な家庭で育ったので、大きな指輪を見て、なんだか分不相応な感じもする。

止まらないうれし涙を、智くんの手がぬぐった。

「絶対に、幸せにするからね」

記念写真を何枚も撮り、幸せに浸っていると、智くんが、ほっとしたように笑った。

「あー本当によかった。サプライズ、バレてなかった?」

聞けば智くんは、本当は今日は仕事ではなかったらしい。

なんと、朝からバルーン業者と一緒に、この部屋の飾りつけ作業をしていたそうだ。

「全然、気づかなかった」

智くんへの思いが、とめどなくあふれてくる。




付き合って、1年と3ヶ月。

彼との結婚を、意識はしていた。

コロナ禍で、一緒に家で長い時間を過ごすようになり、彼の素敵なところをたくさん知ったからだ。

忙しいのに、ゴミ捨てや掃除など、家の中のことをテキパキやってくれるところ。

そして何より、いつも楽しい雰囲気を作ってくれるところ。

イライラしてしまったときに、あのアヒルのぬいぐるみで癒やしてくれたこともあった。

わたしが炊飯器のスイッチを押し忘れたとき、責めずに、すごく面白そうに笑ってくれたこともあった。

智くんは、いつも空気を和やかにしてくれるのだ。

― 智くんがいれば、きっと、ずっと笑顔でやっていける。

こんなに素晴らしい人と一緒になれるなんて…。

「ありがとう。ほんっとに」

智くんの腕の中に入ると、幸せのため息がもれた。



時は経ち、2022年秋。

結婚して、もうすぐ2年半が経とうとしている。

智くんとの結婚生活で、私は、あることに驚いた。


私は2021年から、アパレルブランド『efla』をスタートさせた。

ディレクターとして企画、デザインなどに携わっている。

智くんは、私が働くことにとても好意的だ。かつてプロポーズの決め手を聞いたときには、こう言っていた。

「里枝は若い頃からバリバリ働いてきた経験があるから、どこに出しても恥ずかしくないんだ。そこがよかったんだよ」

でも驚いたのは、ただ好意的なだけでなく、経営者として忙しいなか、私の仕事に協力してくれることだ。

「今日、里枝のブランドのインスタライブだよね?何時から?」

夕食後を食べ終えると、智くんが聞いてきた。

「21時から」

「わかった。今日も、僕がコメント読むよ」

『efla』のインスタライブをやるとき、彼は毎回のように裏方として手伝ってくれる。

先週末は、ポップアップストアにも足を運んで、力を貸してくれた。

仕事の相談にも乗ってくれるし、智くんのおかげで、私は日々成長できている。

「よーし、準備できた」

部屋の一角に作った撮影ブースに、『efla』の服をまとって立つ。

「始めます。智くん、コメントよろしくね」

「はーい」

彼がいるから、好きなことで、輝いていられる。

結婚してから、毎日がますますキラキラした。

本当に、感謝しかない。



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1時間の配信が終わり、夫婦そろってヘトヘトになった。

私はティーカップを2つ並べて、お茶を注ぎ入れる。

「智くん、ありがとうね。毎回助かる」

「いいえ。おつかれさま」

ソファでお茶を飲み、愛犬をなでながら、ゆっくりしていると…。

「里枝の誕生日、来月だね。今年もロブションに行こうか」

「え!うれしい」

「OK。また個室を予約しておくね」




『ジョエル・ロブション』は、2人の定番のレストランだ。

プロポーズ当日にディナーをした思い出のお店『クレッセント』は、あのあと閉店してしまった。

なので最近は、誕生日や記念日などのタイミングを、もっぱら『ジョエル・ロブション』で過ごす。

季節感を取り入れたアート作品のような食事が素晴らしいのはもちろんだが、実は、最上階にサロンと呼ばれる個室がある。

ヨーロピアン調の部屋で、私の大好きなテイストで、そこで智くんと過ごす時間が最高に気に入っている。

やっぱり智くんは、私の好きなものを理解してくれている。




こうして迎えた、誕生日当日。

ドレスアップをして、智くんと乾杯する。

「里枝、いつもありがとうね」

「わたしこそ」

「ずっと、ここに来ようね」

乾杯といっても、今日は、お酒は飲めない。

実は今、お腹の中に赤ちゃんがいるのだ。

ふっくらしたお腹に手を当てる。

― この子といつか、ここに来るだろうな。

智くんと家族になれて、本当によかった。

『ジョエル・ロブション』で、家族の歴史が刻まれていく。

▶前回:文句のつけようのない男性から、直球の告白。女がためらった、唯一の理由とは?

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今回、取材させていただいたのは…


松岡里枝さん(32歳)

ティーン誌で読者モデル、ブロガーとして活躍しながら、2010年に立ち上げたブランド「Ank Rouge」が若者の間で一大ブームとなり、2011年に繊研新聞社の新人賞を受賞。

2021年より、上質な大人向けブランド「efla」をスタート。ディレクターとして企画、デザインなどに携わる。

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