東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:「低スペックの男とは、恥ずかしくて結婚できない。最低でも早慶以上!」私立育ちのお嬢様の本音




独身友達に“妊娠の報告”をするとき:千尋【前編】


「おめでとうございます」

「妊娠、ですか…?」

婦人科の医師に妊娠を告げられ、千尋は驚きを隠せない。

― 確かに体調が悪いとは思っていたけど、まさか妊娠してるなんて…。

千尋は東大のインカレサークルで出会った、外資系コンサルに勤める同い年の孝二と交際中だ。

彼としか交際経験はなく、交際歴は10年以上。

2年前から月島で同棲をしているが、結婚の話はまだ出ていない。

― いつか子どもは欲しいと思っていたけど、もう1年もしないうちにママになるなんて信じられない。

嬉しさで満たされる一方、独身だった自分が突然結婚しママになる事実に、千尋はまったく実感が湧かない。

「まずは孝二と両親に話して。そのあとは、会社に報告して…」

豊女時代の友人たちに報告しなければと思うと、千尋は気が重くなった。

― みんなで独身を謳歌していたのに、私が一番に抜けるってなんか気まずいな…。


千尋のまわりは26歳頃に最初の結婚ラッシュが訪れた。

夫との結婚指輪を見せつける2ショット写真、カルティエの指輪や100本のバラとともに写ったプロポーズ写真などをSNSにアップしている友人たちを数多く目にしてきた。

千尋は、そういう幸せアピールをみて、見せつけられているような気分になった。

― どれだけステキなプロポーズをしてもらったとか、高い指輪をもらっただとか、そんなマウント合戦でしょ。

そうやって軽蔑していたが、内心では羨ましかったのだ。

ただ、今“報告する立場”になると、どうやって報告するのがよいのかわからなくなる。

― SNSで「ご報告」とかは嫌だから、豊女メンバーには会ったときにさりげなく言おうかな。




千尋の妊娠が発覚してから1ヶ月。

トントン拍子で、孝二とは結婚の話が進んだ。

そして、上司や同僚など、職場にはすぐに報告をした。

『長男妊娠中によく行ってた“ノンアルカクテル”が美味しいお店があるの。千尋のお祝いは、そこにしよう!』

会社の同期女子のLINEグループに結婚と妊娠の報告をすると、お祝いの連絡が飛び交う。

千尋が新卒で入社したのは、通信システムの会社だ。

ただでさえ男性が多い業界で、さらにSE採用ということもあり、千尋の同職種の女性同期はたった6人しかいない。

産休・育休で抜けることに罪悪感もあり、千尋は同僚の反応が不安だったが、みんな喜んでくれたので安心した。

― お祝いをしてくれるなんてありがたいな。




ランチ休憩中、千尋のスマホが鳴る。

『楓がグループを退会しました』

― あれ、なにかあったのかな?

同期女子のひとり、楓がLINEグループを退会したと通知が届いていた。

スマホが壊れたり、LINEの調子が悪いのかと思った千尋は、LINEグループにひとこと送ってみる。

『千尋:楓が退会しちゃったけど、アカウント変えたのかな?どうやって再招致する?』

いつも仕事中もすぐ返信が返ってくるのだが、既読だけがついて誰からも返信が来ないことに、千尋は違和感を覚える。


― 最近連絡取ったり同期で集まったりもしてなかったし、楓に連絡してみようかしら…。

Instagramを開き、DMで楓に「最近どう?」とありきたりなメッセージを送る。

すると、すぐに既読がつく。

『楓:最近ちょっと元気がなくて、グループ退会しちゃった』

千尋は、楓が自分の意志でグループを退会するなんて想像もしていなかった。

このまま放ってはおけないと、千尋は楓をランチに誘った。




2日後の昼。

神楽坂の『ピアッティ カステリーナ』でふたりは待ち合わせをした。

「オフィス一緒でも意外と会わないものね。久しぶり」

同期も既婚者やママが増えたことで、集まりはめっきり減った。千尋が楓と顔を合わせるのも半年以上ぶりだ。

「千尋、いろいろ心配してくれてありがとう。ごめんね」

楓は、見るからに元気がない。

うつむきながら、楓は小さな声で言葉を選ぶように話し出した。

「私、会社の先輩と付き合っていたでしょ?」

「営業部の先輩だったわよね?」

「うん。実は彼、会社の後輩とも付き合っていたの。それで3ヶ月前に別れて…」

楓は3つ年上の成績優秀なイケメン営業マンと交際していた。

美男美女で有名だったのだが、知らない間に浮気が原因で別れたのだという。

「私恋愛下手だし、やっと本当に好きな人と出会えたと思って、結婚も意識してたのに…。

彼と付き合ってたことは、社内で知られてたからなんだか気まずいし…」

まわりから同情の目で見られることも、真面目で繊細な彼女にとって大きな負担であることは、千尋にも容易に想像ができた。

「千尋のせいとかじゃないの。でも、あのグループLINE、前から家族や子どもの話とか飛び交っていたでしょ?それを見るのが、今の私には苦しくて」

「そうだよね。ごめんね、無神経なLINE送っちゃって」

千尋は人生で初めて交際した孝二と順調に結婚までたどり着いた。

といっても、途中で別れていた時期もあった。

そんなときは、友達の結婚や妊娠の報告を聞く余裕はなかった。

自分とは全然違うステージにいる人の話で、羨ましかったし、彼氏さえいない事実をつきつけられ気分が重くなったことを千尋は思い出す。

「楓は本当にステキな女性だから、必ずぴったりな男性に出会えるよ」

今にも泣きだしそうな楓にかける言葉は、これしか見つけることができなかった。

楓の件があり、千尋は豊女時代の友人たちにどうやってこのことを話すか悩んでいた。

― 幸せなニュースの“報告”ってほんと難しいな…。




金曜の夜。

千尋は、豊女時代の友人グループ「HELP」のメンバーたちと、京橋の『ダバ インディア』に集まっていた。

次の旅行計画を立てるためだ。

金曜夜に出発し、日曜夜に帰ってくる。女子旅ならではの無計画な弾丸旅行は、定期的な楽しみだった。

「みんなでタイに行った時、お腹全滅だったよね!」

「朝食ビュッフェのサラダね。ほかの生ものはあんなに気をつけていたのに、サラダを洗う水が汚いってところまでは想像できてなかったよね!」

夏帆の言葉に、結婚相談所で婚活中の加奈子がうなずきながら言う。

「でもさ、いつか結婚したり子どもが生まれたら、こうやって、みんなで旅行には行けなくなっちゃうのかな…」

彼女の言葉に千尋はドキッとする。

― 私が妊娠してること、報告しなきゃだよね…。

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▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実

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「結婚も出産も、どう切り出そう…?」HELPでの食事会で、千尋が迷っていると…?