オトナになったら、“卒業式”はないけれど、卒業したいものがある。

過去の恋に執着している自分、臆病な自分、人付き合いが苦手な自分…。

でも、年齢を重ねた分、思い出もたくさんあって手放しづらくなるのが現実だ。

学生のときみたいに、卒業式で強制的に人生をリセットできたらいいのに…。

そんな悩めるオトナたちが、新しい自分になるために奮闘する“卒業ストーリー”。

この春、あなたは何から卒業する?

▶前回:出会ったその日に“男女の仲”になったけど、ずっと曖昧な関係のまま。しびれを切らした女は…




Vol.2 デート2回目がない女(里佳・26歳)


― わー!トリュフのスクランブルエッグ美味しそう!

金曜日の夜、里佳は、一人暮らしをしている部屋で、グルメインフルエンサーのストーリーを延々と見ていた。

Instagramで情報を仕入れるのが、里佳の日課だ。

きっかけは、大学生の時。

栃木から東京の女子大に進学した里佳は、“都会の女子”に溶け込みたくて必死だった。

その時、インスタグラマーという存在を知り、彼女たちを真似するだけで、今どきの女子になれることを知った。

それからファッションにレストランに美容、全部インスタグラマーを参考にしている。

もちろん、見るだけではなく、ストーリーの投稿するのも大好きだ。

レストランに行けば全ての料理の写真を載せるし、観た映画に、家で淹れるコーヒーまで…。

友達の何気ないコメントが嬉しいから、1日に何回もストーリーを更新している。

半年前に、2年付き合った会社の先輩と別れたときでさえ、投稿した。

『大好きだった彼氏と別れました。結婚するならこの人だって思っていたのに…』

みんなからの慰めの言葉に癒やされた里佳は、自分の些細な感情を吐露するためにもInstagramを使うようになった。

『この青山のカフェおしゃれ!行ってみたい!』

そんな投稿をしてみたものの、仲のいい友達は皆彼氏がいて、週末は気軽に誘えない。

― そろそろ、彼氏欲しいよな。でも、社会人の出会いって合コンかマッチングアプリぐらいだよね…。

合コンは、仲のいい友達が皆彼氏持ちなので、最近めっきり減った。

― やっぱり気軽なのはアプリだよね。やってみようかな。

里佳は、早速とマッチングアプリをインストールしてみた。




それから3ヶ月、里佳はマッチングアプリで5人とデートしたが、交際に至った人はいない。

今日はアプリで“グルメ好き”という共通点で盛り上がった4つ年上の医者とデートだ。

お店はInstagramで見つけた赤坂にある『プロカンジャンケジャン』をリクエストしている。

里佳が席に着くと、黒髪メガネの男性が会釈した。

― 写真の雰囲気そのままで、よく見たらイケメンかも!

メッセージも丁寧だったが、実物も「須藤と呼んでください」と控えめで優しそうだ。

「里佳さんは休みの日は、何していますか?」

「うーん、カフェ巡りですかね。インスタでおしゃれなカフェを探しては、行ってみるのが好きなんです」

「いいですね。僕も純喫茶の雰囲気が好きで、本を読みに行きますよ」




しばらくしてカンジャンケジャンが運ばれてきた。オレンジ色の卵がツヤツヤ輝いている。

「すごい!ストーリーにあげちゃお」

里佳は、iPhoneを傾けて一番おいしそうに映る角度をあれこれ試行錯誤する。

須藤はそんな里佳の様子を穏やかな笑顔で眺めている。

「このお店インスタで見てずっと来たかったんです〜!」

集合が遅かったこともあり、2軒目には行かずに解散した。

ただ須藤は、興味深そうに自分の話を聞いていたので、次のデートに誘われるだろうと里佳は思っていた。

― 須藤さんと付き合ったら休みの日は一緒にレストラン巡り楽しめそう!

里佳は、帰りの電車ですぐにお礼のLINEを送った。

『里佳:今日はありがとうございました♡次は須藤さん行きつけのお店に行きたいです』

すぐに、ゆるカワキャラのスタンプと共に乗り気な返信が須藤から来た。




須藤とのデートから1週間。

会う前は毎日のように続いていたLINEが1回も来なくなっていた。

― 忙しいのかな。一応私から連絡してみようっと。

『里佳:こんばんは!次はいつお会いできますか?』

しかし、2日経っても返事はこない。

そして、メッセージを送って3日後、仕事帰りにパソコンを閉じた瞬間、スマホがLINEを受信し光った。

『須藤:すみません!仕事が忙しくて…。落ち着いたらまた連絡します!』

里佳は、LINEをそっと閉じ、帰る準備を始めた。

― これって脈なしってことだよね…。

そして、里佳は、ある事実に気づく。

須藤の前にデートした人も、会う前は相手から積極的に連絡が来ていた。

でも、2回目のデートに誘われることはなかった。その前の人も、その前の人も…。

― 私って、もしかして2回目がない女なのかな…!?

そんなことを考えながら、オフィスを出て、とぼとぼと駅へ向かって歩く。

会社のある渋谷と家のある学芸大学駅を往復するだけの単調な日々。

「はぁ」

渋谷駅から帰宅ラッシュの東横線に乗ると、人の多さに思わずため息が出る。

おもむろにInstagramを開くと、夜景を背景に花束を手に持った友達の投稿が里佳の目に飛び込んできた。

『大好きな彼からプロポーズされました』

25歳を過ぎると結婚ブームが訪れるとは、聞いていた。

大げさかもしれないがInstagramを開くたびに、誰かが結婚している、と里佳は思った。

ふと顔を上げると、楽しそうにじゃれあっているカップルが目に入ってくる。

金曜の満員電車に揺られている自分が急にみじめに思えてきた里佳だった。




1週間後。

里佳は、気を取り直してアプリで知り合った新しい人とデートに臨むことにした。

今日のデート相手の真島は、開成からの東大卒の官僚という典型的なエリート。

上質そうなジャケットを着こなす、清潔感という言葉がぴったりの人だ。

18時ごろ、里佳が、待ち合わせのレストランにつき、席に座るといつもの癖でiPhoneをおもむろにテーブルの上に置いた。

それを見た真島が口を開く。

「スマホ常に見ていないとダメなタイプの人ですか?」




予想しない一言に、里佳の体が一瞬固まる。

「えっ…そんなことないですけど」

里佳は、慌ててバッグにiPhoneをしまう。

真島は、料理を注文する時もスタッフに細かく食材を確認したり、ドリンクの氷の量を指定したりしている。

完璧主義者の真島に鋭い視線で品定めされているような気分になり、里佳はその場を楽しめないでいた。

― こんな細かい男と、もう会うこともないだろう。

そう思った里佳は、恋愛モードではなく友達モードに切り替えた。

「真島さん、相談したいことがあるんですけど…」

そして里佳は、“アプリで会った人と続かない”という悩みを相談した。

真島は意外にもうんうんとうなずきながら、真剣に聞いている。

「正直に言うと、アプリの写真加工しすぎて少し引いた。実物だって可愛いのに別人みたいになってるよ」

直接的な物言いに里佳は驚いたが、真面目に受け止める。

「インスタだと加工するのが当たり前で…」

「それにさっきからインスタとかインフルエンサーの話が多くて、俺は里佳さんのことが知りたいと思って会っているのに、全然中身が見えてこない。

もっと里佳さんのことを話すといいと思います」

お互い本音で話したこともあり、その後は、意外と話が盛り上がり、終電近くまで一緒にいた。

「またご飯に行きましょう」

真島は社交辞令のようにそう言い残し、タクシーに乗って帰って行った。




家に帰り、里佳はホッと一息つく。

― 真島さん潔癖症で嫌な人かと思ったけど、真剣に相談に乗ってくれたな。

彼にインスタ中毒と指摘を受けてハッとした里佳だったが、気がつけばソファでInstagramを開いていた。

― 無意識でインスタ開いている…。私って、インスタ中毒なのかな…。

彼の「里佳さんはインスタ中心で世界が回っている」という言葉を思い出す。

すると、ある投稿が目に留まった。

― あれ、この人?

センスのいい着こなしで有名な女性インスタグラマーが炎上している。

彼女は、つい先日アパレルブランドを立ち上げて、里佳も予約購入したばかりだった。

だが、彼女のブランドが中国の通販サイトから服を転売していることが判明したようだ。

InstagramやTwitterに比較画像が次々と投稿されている。

― うーん。確かにどう見ても同じ商品だよね。やっぱり転売かぁ。

里佳は、冷静になって部屋を見渡した。

Instagramの見よう見まねで揃えたインテリア。

インスタグラマーが「オフィスにも使える高見えワンピ」とおすすめしていた通販で買ったツイードのワンピース。

実物は安っぽい化繊の生地が毛羽立っていて、会社には着ていけなかった。

「ダマされたと思って使ってみて!」とバズっていたダイエット用のコルセット。

着けていると苦しくなるので結局1回しか着けていない。

― 私が本当に好きなものが、この部屋に何もない…。真島さんが言う通りだ。私、インスタに生活が支配されてるかも。

美容室もインスタグラマーが紹介していたお店に通っている。

でも、里佳が以前通っていた美容室よりも倍近い値段のうえに、毎回高いトリートメントを勧めてくるところがストレスになっていた。

― 私って、他人が「いい」と言ったものを、ロボットのように真似してるだけ…。それって、誰かの価値基準で生きてるってことだよね。

そのことに気がついて、里佳はハッとした。

― デートが続かない理由って「自分がない」からなのかも。中身のない人と会っても楽しくないよね。

里佳は、Instagramを再び開いた。

― もう、ロボットみたいな自分からは、卒業します。まずは、インスタ断ちからしてみる!

そして、里佳は迷わないうちに「アカウントを削除」のボタンをタップした。

「ふう」

なんだか仕事を終えた時の達成感のような、やりきった気持ちが湧いてきた。

すると、LINEの通知が鳴った。

『真島:今日は色々偉そうに語ってすみません。里佳さんが行きたいお店僕も気になるので一緒に行きませんか』

思わず、口元がほころぶ。

― 中身のない自分から卒業して、意思のある人になりたい。

今度は自分が本当に好きなものだけ、大切にしよう、里佳はそう心に決めた。

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