■「高速道路無料化」は事実上消滅した

国土交通省は今通常国会に、高速道路料金の無料化開始時期を50年延長し、2115年からとする道路整備特別措置法を提出する方針だ。全国の高速道路は建設費などの借金を料金収入によって返済することになっており、現在、2065年まで料金を徴収すれば借金を完済して、以降、無料化できると定めている。

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衆院予算委員会で挙手する岸田文雄首相=2023年2月15日午前、国会内 - 写真=時事通信フォト

しかし、国交省の有識者会議では、高速道路の老朽化が進み、その維持・更新に伴う費用が確保されていないとの理由から、料金徴収期間を半永久的に延長することを求めていた。「高度成長期に急ごしらえで整備された全国の高速道路は老朽化が進み、数兆円規模の追加補修費が必要と見られている」(与党中堅幹部)とされ、今回一挙に、50年間延長することが決まった。今の現役世代が無料になった高速道路を走ることはほぼ不可能になる。

そもそも高速道路料金無料化は、民主党が2009年の衆議院選挙のマニフェストに「12年度までに原則無料化」を掲げて圧勝。鳩山政権誕生とともに予算措置に動いたが、財源問題で暗礁に乗り上げたいわくつきの施策だ。その後、自民党の政権復帰で無料化はさらに遠のき、2014年には、それまでの有料期限を15年間延長し、2065年までとした。そして、今回の50年の延長である。

■5社合計の補修費は1兆5000億円に上る

高速道路各社は昨年以降、老朽化した道路の更新計画を公表したが、この中で東日本、中日本、西日本のNEXCO3社は計1兆円、首都高速道路は3000億円、阪神高速道路は2000億円の補修費用が必要となるとの試算を明示した。5社合計の補修費用は1兆5000億円にも上るため、その財源確保のために有料化をさらに延長しなければならないというロジックだ。

そもそも高速道路は1956年に国の全額出資で設立された特殊法人「日本道路公団」が建設、管理を行っていたが、天下りや談合、族議員の跋扈(ばっこ)など利権の温床との批判が絶えず、負債が雪だるま式に増え「第二の国鉄」と言われた。その解消を目的に打ち出されたのが民営化で、2005年に施設の管理運営や建設を行う東日本、中日本、西日本のNEXCO3社、首都、阪神、本四の各高速度道路会社と、保有施設および債務返済を行う独立行政法人「日本高速道路保有・債務返済機構」に分割・譲渡された。

いわゆる「上下分離方式」と呼ばれるもので、機構は保有施設を高速道路各社に貸し付け、その賃貸収益によって債務を返済する仕組みだ。そして機構は当初、2050年までに承継した債務を政府に返還し、解散することになっていた。返済しなければならない債務残高は約40兆円であった。

しかし、先述したように2014年に高速道路の老朽化に伴う修繕のための追加費用が必要として、返済期間が最長60年に見直され、2065年まで存続することになった。

■「永遠に有料」と言わないのは、課税を避けるため

言うまでもなく道路は公共財であり、誰もが無料で利用できることが原則である。高速道路も例外ではなく、建設費を返還した後は無料となる。もっと言えば返済後に無料となることを前提に課税も免除されている。

今回、返済期限を65年まで延長したことは事実上、永遠に有料化が続くと見られているにもかかわらず、国土交通省は「無料化の旗」を降ろしていないのは、この課税を回避するためである。高速道路は未来永劫「有料」と言った瞬間に課税されるのだ。その額は年間5000億円規模となると試算される。

繰り返しになるが高速道路は14年に法改正され、有料期間が15年間延長された。背景には12年に中央自動車道笹子トンネル崩落事故が起こり、老朽化したトンネル、橋、道路といった公共財の老朽化がクローズアップしたことがある。この事故を境に、高速道路は有料期限の延長を繰り返すことになる。

高速道路各社は延長で生じた財源をもとに更新事業を積極的に進めている。今回の50年延長は一里塚に過ぎない。各社は第2・第3弾の更新計画と債務返済計画を作り、さらなる有料期間の延長を目指している」(野党幹部)という。

有料期間の延長は、国費投入を避けながら高速道路の老朽化対策を講じる「打ち出の小槌」であり、同時に「日本高速道路保有・債務返済機構」という国土交通省の天領を残す、願ったりかなったりの施策と言っていい。日本の財政難を回避する有効な手段というわけだ。

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■防衛費の財源をめぐっても「返済延長」の動きが

債務返済を先延ばしにする動きは、高速道路だけにとどまらない。岸田政権が打ち出した防衛費増額をめぐっては、財源として国債の償還期間を延長し、毎年の返済額を減らして財源に充てる案が自民党内で浮上している。政府の借金である国債の「60年償還ルール」を見直そうというのだ。

「60年償還ルール」とは、端的に言えば「国債を60年かけて返す」という仕組みだ。例えば償還期間10年の国債を600億円発行した場合、10年後に一般会計から国債返済のため100億円を特別会計へ繰り入れて返済し、残り500億円は借換債(借金を返すために発行する国債)を発行する。そして次の10年でまた100億円を一般会計から特別会計に繰り入れて返済し、残る400億円分の借換債を発行する。これを繰り返して60年後に完済する仕組みだ。

その際、毎年度、一般会計から繰り入れられる金額は、国債発行残高の約60分の1(1.6%)に相当する額と法律で定められている。

60年で完済すると決められた理由は、当初「60年ルール」は公共事業に投資する建設国債のみに適用されていたためだ。道路や橋などの平均耐用年数が50〜60年程度ということから「60年で完済」となった経緯がある。まさに今回、50年延長された高速道路の無料化と重なるルールである。

■ゆくゆくは「100年延長」も視野に

昭和の高度成長に矢継ぎ早に建設された高速道路は、耐久年数である50〜60年程度をもって借金を返済し、「無料公開」されるはずだったのだ。しかし、それは老朽化という名目でなし崩し的に延長を繰り返している。

建設国債であれば公共財という資産が残ることになり、財政の健全性に問題はない。しかし、1985年度から財源不足を補う赤字国債の返済にもこの「60年ルール」が適用されるようになり、借金は雪だるま式に膨張していった。そして、今回の防衛費増額の財源捻出の一環として「60年ルール」の延長案が持ち上がった。一般会計からの返済繰入額を減らす代わりに、借換債の発行を増やし、繰入額を減らした分、防衛費に使える一般会計のお金を増やそうというのが狙いだ。

だが、単年度では一般会計からの返済費は少なくなるものの、返済総額が減るわけではない。借換債を余計に発行することになり、将来世代の負担はさらに増すことになる。

この構図は、高速道路の50年延長と同じだ。いずれも現状のルールを変更し、財源を捻出する「裏技」と言っていい。かつ、高速道路の有料化期限は、道路の耐久年数に準拠している。同様に国債の「60年ルール」は公共事業の建設国債が原点であり、公共施設の耐久年数がベースになっている。

そして、その見直しの背景には危機的な日本の財政状況がある。高速道路各社は、高速道路の耐久年数は100年まで延長可能ともみており、有料化をさらに延長し続けることは確実だ。

■国の借金は膨れ上がるばかり

財務省は、税収で返済する必要のある普通国債(建設国債、赤字国債、借換債)の発行残高が2022年12月末に1005兆7772億円になったと発表した。1000兆円超えは初めて。22年9月末から11兆9807億円増えた。日銀が大規模金融緩和のさらなる修正に踏み込めば、金利上昇で利払い費が急増する恐れがある。

貸し付けの回収金で返済する財投債や借入金、政府短期証券なども合計したいわゆる「国の借金」は1256兆9992億円となった。

一方、日銀が22年末に10年物国債利回りの許容変動幅をプラスマイナス0.5%に拡大し、長期金利は上昇傾向にある。財務省は利払い費の見積もりに使う金利を26年度に1.6%に置いた場合、同年度の国債費は29兆8000億円と23年度から4兆5000億円増えると試算されている。

こうした危機的な日本の財政状態については、海外からも懸念する声が上がっている。国際通貨基金(IMF)が昨年1月26日に公表した対日経済審査の結果はその筆頭だろう。審査は10年に及んだ異次元緩和の効果を検証し、修正案を提言しているもので、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化を求めているのが特徴だ。その中で財政政策についてつぎのように指摘している。

「債務の借り換えと発行のリスクは、豊富な国内貯蓄とホームバイアス、外貨建て債務を含まない債務構成を背景として、短期的には抑えられている。しかし、中長期的には人口動態のトレンドが重くのしかかり、債務持続可能性のリスクが高まる」

■議論が浮上している「永久国債」とは

では、日本の財政を立て直すための手立てが一切ないかと言われると、そうでもない。国民民主党は、財政健全策として日銀保有国債の「永久国債化」を提案している。これはどういうものか。

永久国債は世界的には「コンソル公債」と呼ばれる。コンソル公債とは、永久に償還しない代わりに、利子のみを払い続ける「永久債」の一種で、1752年に英国で発行されたのが始まり。当時、英国では長年にわたる戦争で財政赤字が累増し、その償還問題が大きな課題となっていた。

その処方箋として発行されたのが、コンソル公債で、それまで発行されていた各種国債をコンソル公債に一本化。これにより財政負担は利払いのみに限定され、根雪となった元本部分は永久に償還しないで済むことになった。

■「ウルトラC」が検討されるほど追い込まれている

日本がおかれた現在の財政状況はまさに、この当時の英国と同じ。GDPの2倍に及ぶ財政赤字をソフトランディングする手段として、コンソル公債の発行が現実味をおびることになる。その際、ネックとなるのが、普通国債は最長60年以内で償還するという「60年償還ルール」であるが、先述のように同ルールの変更が俎上(そじょう)に載っている。

鈴木俊一財務相は「政府が日銀の機能を利用して財政調達を行うことになり、財政に対する信認や金融政策の独立性が損なわれる恐れがある」と危惧する。永久国債は禁じ手の類いで、発行しないで済むならそれに越したことはない。

だが、日本の財政赤字は、終戦直後の英国を抜き、先進国史上、最悪の事態に陥ろうとしている。その先にみえてくるのは、かつての英国の知恵であった「コンソル公債」の発行と言えなくもない。まさにウルトラCの展開だ。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。
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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)