WHO(世界保健機関)の調査によると、不妊のおおよそ5割は男性側にも原因があるとされています。近年注目度が高まっている男性不妊について漫画を交えながら解説した著書『名医が教える 男性妊活の最強事典』より一部抜粋・再構成してお届けします。



男性の生殖機能とは、女性を妊娠させることができる機能を指します。さらにその機能は、卵子と結びつく精子をつくる機能(造精機能)と、精子を女性器へ送り込む機能(性機能)にわけられます。この2つの機能が備わって、自然な妊娠が可能になるのです。

精子をつくっているのは精巣で、健常な男性であれば1日あたり約5000万〜1億個の精子がつくられています。精子は毎日つくられ、精巣には、約10億個の精子を保存することができるといわれています。

一度の射精で約1億〜4億個の精子を出すことでき、精子の寿命は24〜27時間。性交によって膣に精子が入ると、寿命が約2〜3日に伸びます。また、子どもをつくるためには、精子の状態だけでなく、精子を女性器へ送り込む性機能も正常である必要があります。

性機能は、性欲、勃起、性交、射精、オルガズムの5つの要素からなりますが、性欲がわかなかったり、EDがあると、性交まで至らず、当然ながらパートナーを妊娠させる力がなくなってしまいます。そのため、本書では三大男性機能として、精子力、勃起力、性欲の3つを重視し、男性不妊になりやすい問題点を解説していきます。

性機能障害の人が増えている

男性不妊の原因の80%が造精機能障害といわれていますが、近年、性機能障害の人が増えています。男性の場合、性交は「性的刺激」→「性欲がわく」→「勃起」→「性交」→「オルガズム」→「射精」→「陰茎弛緩」という流れで進みます。

性機能障害とは、このうち性交がスムーズにできない状態を指します。
男性不妊の原因となる性機能障害ですが、平成9年度は3.3%だったのに対し、平成27年度は13.5%に増えています。

「性欲がわかない」「勃起が起こらない」「膣内で射精できない」といった悩みを抱えていても、性の悩みは打ち明けづらく、クリニックに行ったり、誰かに相談したりもしない人が多いでしょう。

性機能障害の原因は約6割が不明で、心因性による影響が大きいこともわかっています。ストレスを抱えていたり、「排卵日だからセックスをしなくちゃいけない」といったプレッシャーが原因となって性機能障害が起こることもあります。


また、性機能障害のなかでも多いのが、EDと射精障害です。EDは、十分な勃起が得られないことや、勃起しても挿入中に維持できない状態です。射精障害は、膣内射精障害、逆行性射精、早漏や遅漏、射精反射がないといった状態です。性機能障害は治療しなければ自然妊娠が難しいので、心当たりのある方は早めに生殖医療専門医に相談されることをおすすめします。

男性ホルモン(テストステロン)は20代をピークに低下する

最近は女性だけでなく、男性にも更年期障害が起こることが知られるようになりました。男性更年期障害では、「ほてり」「汗が異常に出る」「疲れやすい」「眠れない」「不安感が強い」といった症状のほか、「性欲の減退」「勃起力の低下」「朝勃ちが少なくなる」「性交時の幸福度の低下」なども起こります。この男性更年期を引き起こす原因が「テストステロン」の分泌の減少です。

テストステロンは男性ホルモンの大部分を占め、「筋肉や骨を強くする」「生殖機能を保つ」「認知機能を高める」といった働きがありますが、20代をピークに低下します。そして40歳を過ぎた頃から、テストステロンの減少の影響で生殖機能の衰えを自覚する人が増えるのです。

「男性は女性と違って何歳になっても子どもがつくれる」と考えている人もいますが、生殖機能の衰えは男性不妊の原因になります。最近は晩婚化が進んでおり、男性更年期障害があると自然妊娠が難しくなります。男性更年期障害と診断された場合は、ホルモン補充療法などで治療が可能です。


ただし、テストステロンを外部から補充すると、精巣がテストステロンをつくらなくなり、精子をつくる力も落ちていきます。そのため妊娠を望む場合は、テストステロンではなく、性腺刺激ホルモンである、ゴナドトロピンやクロミフェンを補充します。

ご自分の指を見て、人差し指と薬指の長さを比べてみてください。どちらが長いでしょうか? じつは人指し指より薬指のほうが長い人は、「テストステロンの量が多い」という研究結果があります。

男性がお母さんのおなかの中にいる胎児のとき、テストステロンの曝露が多いと薬指が発達し、薬指が長くなることがわかったのです。そのため、一般に女性は薬指が短く、男性は薬指が長い傾向があり、薬指が長い人は男性度が高いことが推定されています。この2D:4D 比(第2指と第4指の比率)の研究は、さまざまなところで行われています。イギリスのトレーダーでは、薬指が長い人ほど年収が高いという結果も出ています。

私は2014年10月から、ブライダルチェックとして男性に子どもをつくる機能があるか、精液を検査してきました。その結果、4人に1人が精液量や精子濃度、運動率でWHOの基準値を下回り、不妊リスクがあることがわかりました。

2021年のWHOの精液検査正常値は、精液量1.4㎖以上、精子濃度1600万/㎖以上、運動率42%以上、正常形態率4%以上となっています。この正常値を上回っていれば、自然妊娠できる可能性があり、下回っていれば、男性不妊症の可能性が高くなるという意味です。ただし上回っていたからといって、妊娠が保証されるわけではありません。


さらにブライダルチェックでは、約50人に1人の割合で、精液中に精子が確認できない無精子症が認められました。このように日本人の精液の状態はよいとはいえず、それに気づいていない人が多いことも問題となっています。このように日本人の精液の状態はよいとはいえず、それに気づいていない人が多いことも問題となっています。

精子の数はひと昔前より半減している

2017年に、ヘブライ大学(イスラエル)とマウント・サイナイ医科大学(アメリカ)の研究者らが発表した調査結果に、世界が驚きました。
米欧、オーストラリア、ニュージーランドの男性の精子の数はこの40年間で半分以下に減ったというのです。

精子の数は59%減少し、精子濃度は52%低下しており、1993年から、精子の数は毎年1.6%の割合で少なくなっているという報告でした。一方、南米やアジア、アフリカに住む、先進国ではない男性のグループでは目立った変化がみられなかったとのことでした。環境ホルモンや地球温暖化の影響を指摘する科学者もいますが、原因ははっきりしていません。

さらにそれに先立ち、2006年のニュースでは、日本人男性の精子の数について、ショッキングな結果が報道されています。日欧の国際共同研究で、日本人男性の精子数は、フィンランドの男性の精子数の約3分の2しかなく、調査した欧州4カ国・地域のなかでも最も少ないことがわかったのです。

日本人の精子数を100とすると、フィンランドが147、スコットランド128、フランス110、デンマーク104という結果でした。生活習慣が関係しているのではと考えられ、日本人は働きすぎで、睡眠不足やストレスが多いことが指摘されています。

このように世界的にみても精子の数は減っており、日本人の精子の数はさらに少ないという現状で、少子化はもとより、「このままでは人類が滅亡するのでは」と憂う人もいます。精子が少なくなる環境にいる現代人は、妊娠を望む場合、精子を減らさない努力をすることが大切になってきます。

環境ホルモンによる影響


世界的に増えている男性不妊の原因として、まず挙げられるのが環境ホルモンの問題です。環境ホルモンとは環境のなかにあって、私たち人間を含む生物本来のホルモン作用をかく乱する化学物質のことを指します。

たとえば、ごみを燃やすことで発生するダイオキシンが環境ホルモンとして有名ですが、ほかにもいくつかの物質があり、性ホルモンをかく乱するといわれています。実際に環境ホルモンが精子の減少に関係しているという研究もありますが、はっきりしたことはまだわかっていません。

お伝えしたように、「日本人の精子の数が欧州との比較で最も少ない」という結果が出ました。そのため、日本には精子にとって特別悪い環境ホルモンの要因があるのではないかと議論されたこともありますが、結論は出ていません。

(辻村 晃 : 順天堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科教授)