38歳弁護士とのマッチング中に…。バツイチ女の脳内に浮かんできた、ヤバい妄想
「マイ・キューティー」
13歳上の夫は、美しい妻のことを、そう呼んでいた。
タワマン最上階の自宅、使い放題のブラックカードに際限のないプレゼント…。
溺愛され、何不自由ない生活を保障されたセレブ妻ライフ。
だが、夫の“裏切り”で人生は一変。
妻は、再起をかけて立ち上がるが…？
◆これまでのあらすじ
仕事を失い、再婚活することに決めた里香。同じ頃、親友・舞子から恋愛のアドバイスに乗ってほしいと頼まれる。里香がアプリやSNSを代行でやってみると、見る見るうちに…！？
「里香さん、あの…」
『ダンヒル バー』3階のラウンジ。
目の前に座る男の呼びかけに、里香はハッと我に返った。
「ごめんなさい。私ったら、ついぼんやりしてしまって…」
とびきりのスマイルとともに詫びると、男の目尻がグニャッと下がった。
「松木さんは今、どんな案件を担当されてるの？気になります」
里香の目の前にいるのは、マッチングアプリを通して知り合った松木という男だ。
大手町にある法律事務所の弁護士で、38歳。精悍な顔つきに、日頃から鍛え上げていることがひと目でわかる筋肉。同業の妻がいたが、子どもに関して意見が合わず、2年前に離婚したらしい。
ルックス、経済力、学歴、コミュニケーションスキル。どれも完璧な彼にアプローチされ、里香のテンションはこの上なく高かった。
松木に気に入られるべく、並々ならぬ気合を入れてやってきたのだが、どういうわけか、松木との会話に集中できない。
“人に使われること、向いてないんじゃないですか？”
“それ、ビジネスになるんじゃない？”
油断すると、モサ男や舞子の言葉が脳裏に浮かぶのだ。
― 自分でビジネスなんて無理に決まってるじゃない。
くだらない妄想を追い出そうと、大きく頭を振ると、松木が心配そうに尋ねた。
「どうされました？」
「ちょっと失礼」
化粧室に駆け込んだ里香が頭をリセットしていると、スマホがブルっと振動した。
LINEと一緒に送られてきた画像に、里香は固まってしまった。
恋愛アドバイザー
『里香のおかげです︎♡』
LINEに届いた写真を開くと、ほっぺたが落ちそうなほど微笑んだ舞子と、見るからに優しそうな雰囲気の塩顔イケメンのツーショットだった。
どうやら舞子は、めでたく付き合うことになったらしい。
『おめでとう！』
松木のもとに戻るべく手短に返すと、舞子からすぐに返信が届いた。
『ぜひ里香に会ってほしいの！あと、別件で相談もあって…』
― 付き合った彼氏をすぐに紹介なんて、浮かれすぎ！
心の中で毒づきながらも、里香の頬は自然と緩んだ。友人の幸せは、やはり嬉しいものだ。どんなときでも親身になってサポートしてくれた舞子の幸せを心から祝福したい。
― 別件で相談したいことって何だろう？
このとき里香は、自分の人生が思わぬ方向に動き出すとは、思ってもいなかった。
◆
翌日、里香は、舞子と彼女の彼氏である雄太郎に会うために、渋谷にあるカフェを訪れていた。
「それじゃ、僕はここで失礼します。舞子、あとは里香さんと楽しんで。里香さん、今後ともよろしくお願いします」
お互いに簡単な自己紹介をしたあと、雄太郎は里香に『日影茶屋』の巻きどらを置いて、その場を立ち去った。
― なにこの完璧な対応…！
里香は、予想以上に好青年な雄太郎に感心してしまった。湘南にある、外資製薬メーカーの研究所で働く雄太郎。
さらりと自分に縁のある地の土産を置いていくあたり、とても好感度が高い。悔しくなった里香は、手元のアイスコーヒーをストローで思い切り吸い込んだ。
「雄太郎さん、大船に住んでるの。今度、湘南を案内してもらわない？」
雄太郎が店から出ていくまで手を振り続けていた舞子は、くるりと振り返って満面の笑みで切り出した。
「行くわけないでしょ。2人で楽しめばいいじゃない」
プイッとそっぽを向くと、舞子は「じゃあふたりで行ってきまーす。お土産買ってくるわ」と、楽しそうにニヤけた。
「…で、相談って何よ？」
いつまでも舞子のノロケ話に付き合っている暇はない。里香だって、松木とのデートや他の男とのマッチングで忙しいのだ。
突き放すように、あえて冷たく言い放つと、舞子は居住まいを正して、とんでもないことを口にした。
「ねえ里香。私にやってくれた、アプリとかインスタの代行、いくら払えばいいの？」
彼女は謝礼を支払おうとしているらしい。感謝の気持ちは嬉しいが、別にお金をもらうほどのことではないと、里香は「いらない、いらない」と、手を振り払った。
「水くさいじゃない。いいわよ、私は舞子が幸せならそれで」
だが舞子は「私のことじゃない」と、不可解なことを口にした。
「ごめん、全然意味がわからないんだけど」
里香が怪訝な顔をすると、舞子は「実は…」と、スマホのメモを見せてきた。
覗いてみると、そこには、さやか、未来、真穂、由紀子…と、女性の名前が8個くらい並んでいる。
「これ、里香にアプリとかインスタの代行、あとコンサルをしてほしいって友達のリストなの。雄太郎さんと付き合えたこと、本当に里香のおかげだと思ってね。友達皆に、里香のことを話したの。
そうしたら皆、インスタのセンスが良くなったのはそういうことだったのかって驚いたみたいで、里香にお願いしたいって子がたくさんいるのよ」
「えっ…」
予想外のことに、里香は言葉を失った。
勢いで起業
「ねえ、里香。この前も言ったけど、ビジネスになると思うの。アプリとかインスタの代行、なんていうのかな、SNSブランディング。あとは恋愛アドバイス。里香は気づいてないかもしれないけど、立派な才能だよ」
力説する舞子の隣で、里香は困ってしまう。
「そんなこと言われても…。私、ビジネスなんて全然わからないもん。舞子の友達の話もありがたいけど、引き受けられないよ。気持ちはありがたいけど、ごめん」
これで引き下がるだろう。だが、舞子は手元のアイスティーをひと口飲んでから、威勢よく話し始めた。
「しおらしい女ぶって、どうしたの？私にはとても…なんて、そんなキャラじゃないでしょ！里香には似合わないわよ」
― 何なのよ！？
雄太郎の前でのニャンニャン具合からは想像もつかないほどの毒っ気だ。挑発に乗せられ、里香も負けじと応戦してしまう。
「自分でビジネスやってみたらなんて、軽々しく言わないでよ。頭も良くない、キャリアもない私がそんなことできるはずがないじゃない！」
だが舞子は、諦め悪く食い下がってくる。空気を読んで、マズいと思ったらすぐに止めるいつもの彼女とは大違いだ。
「里香のいいところは、勢いと、こうだと決めたら絶対に曲げない強さなんじゃないの？それで1円ももらわずに離婚したんじゃない。その気合でビジネスだって…」
「わかったわよ、やるわよ！やってみたらいいんでしょ！」
たまりかねた里香は、舞子を遮って、大声を上げてしまった。
すると舞子は、「そうこなくっちゃ」と、ニヤリと笑った。
◆
「やると決めたからには、やる！…とは思ったけど、うーん」
仕事終わり。里香は、会社近くのカフェで頭を悩ませていた。
とりあえず舞子の友人の仕事は引き受けることにしたので、全メンバーとのヒアリングの日程調整を終えたのだが、その中のひとりに、「ホームページはないんですか？」と、尋ねられたのだ。
― たしかに、ホームページとかあった方が安心よね…。
里香自身、会社にしても病院にしても、ホームページをかなり参考にする。ホームページがないと、途端に「大丈夫か」と不安に思ってしまうのも事実だ。
「そんなこと言っても、それなりにお金かかるみたいだしなあ…」
ボソッとつぶやき、テーブルに突っ伏したそのとき。
「次の仕事は決まりましたか？」
聞き覚えのある声が、頭上から聞こえた。
「うわ、出た。モ、モサ男」
「はい？」
うっかり心の中の声が漏れてしまった。怪訝な視線を向けるモサ男に「失礼しました」と、頭を下げたところで、彼の名前を知らなかったことに気づく。
「今さらなんですけど、お名前伺っても？」
「はっ？相変わらず意味不明ですね。清野翔ですが」
モサッとした雰囲気には似合わず、さわやかな名前だ。ぶっきらぼうに答えた翔とのギャップに、里香は思わず吹き出してしまう。
「なんですか、里香さん」
「どうして私の名前、知ってるんですか！？」
驚いて里香が尋ねると、「スマホケースにしっかり刻印されてるじゃないですか」と、スマホケースを指差した。
「なんだ、びっくりした」
「で、次の仕事は決まりましたか？」
興味があるのかないのか。無愛想に尋ねたモサ男こと翔に、里香は嫌味を言いつつ返答する。
「相変わらず失礼な人ね。私はね、ビジネスを自分で…」
そこまで言いかけて、翔が抱えているパソコンに目が釘付けになった。
「ねえ、もしかしてホームページとかウェブページの制作、できたりするの？」
「何なんですか、急に。そりゃまあ、本業ですから」
里香の目が、キランと光る。
「一生のお願い。私のビジネスの手伝い、してくれませんか？」
突然の提案に、翔は目を大きく見開いたまま固まった。
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勢いでビジネスを始めた里香。ビジネスパートナーになったのは、まさかの…？
