ジーコも当初は彼を使おうとは考えていなかったはずだ。が、加地亮の怪我の回復が遅れたことで、茂庭を取り巻く状況は微妙に変化しつつあった。

「初戦直前にジーコに呼ばれて『お前、行けるか?』と言われたのにはビックリしましたね。初戦は手堅くいきたいから、右ウイングバックにセンターバックの選手を使うというオプションを考えたんだと思います。『ウイングバックをやったことはありますし、やれと言われたらやります』とは答えましたけど、最終的にスタメンに選ばれたのは、コマ(駒野友一)でしたね」
 
 結局、ベンチから試合を見守ることになった茂庭。中村俊輔の先制点で、日本は1−0で折り返すことに成功する。けれども、35度超の猛暑のなか、15時にスタートした一戦だったため、選手たちの体力消耗は想像以上だった。そんな日本に予期せぬアクシデントが起きたのは、後半開始早々の56分。坪井の足がつってプレー続行が不可能になり、ついに茂庭にお呼びがかかったのだ。

「『もう足がつったの?』とホントに驚きました。それだけワールドカップの重圧と緊張感が凄まじいものなんだなと痛感しました。自分が行くことになった時は周りも『大丈夫か?』と思ったかもしれないけど、もうやるしかなかったですね。

 前半から試合を見ていて、相手のターゲットになっていたマーク・ビドゥカにもっと強く行くべきだと僕は思ったので、アタックを増やすつもりで入りましたけど、他の主力の考えは少し違っていた。前からつぶしに行くとチャレンジ&カバーが求められ、体力的にも厳しくなるので、みんなが前向きで守備できるような形を取るほうがいいという判断だった。あとから入った僕はそれに従うべきだと思いました」
 
 だが、日本は時間が経つごとにズルズルと相手に押し込まれ、最後は堤防が決壊するかのように6分間で3失点し、終わってみれば1−3。衝撃的な逆転負けを喫した。茂庭は「自分が試合に入る時に考えていたことをストレートにぶつけられていたら」と悔やむ気持ちがあるという。

「相手にアタックに行かないからどんどん追い込まれてしまった。僕ももっと主張できたらよかったけど、主力と一緒に試合に出た経験がほとんどなくて、言える関係性を築けていなかったし、阿吽の呼吸もなかった。それも大きな反省点の1つだと感じています。

 どの代表チームにも不動の主力は必ずいる。実績の少ない選手が本気でワールドカップに出て日本を勝たせようと思うなら、メイン級とたくさん話して、状況ごとの動きや連係を確認し、自分なりに落とし込む作業を率先してやるべきなんです。今の国内組だったら、日本に(長友)佑都たちがいるわけですから、連絡を取って教えてもらってもいいくらいです。

 代表は活動時間が短いから、耳や目で得た情報を身体に落とし込み、瞬時にピッチで表現できるようにしないとダメ。1分1秒をムダにしてはいけないんです。それが自分には足りなかった。やっぱり年齢や経験に関係なく、遠慮なしに言い合える関係を作るように自分から動けるかどうか。そこが勝負ですね」
 
 一度は落選の憂き目に遭いながら、ドイツW杯の舞台に立つ機会を与えられ、天国と地獄を味わった茂庭の言葉は重い。カタールW杯でメンバー入りのボーダーラインに立っている選手たちは、彼の話に耳を傾け、自分のできることを考え、今すぐにアクションを起こしてほしいものである。

取材・文●元川悦子(フリーライター)

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