在来線の東海道本線は静岡県内地域輸送の大動脈だ(筆者撮影)

前回、“滋賀県は通過する県だ”みたいな記事(2020年12月18日付「"通過するだけ"は惜しい、滋賀ご当地鉄道事情」参照)を書いたところだが、今回も懲りずに滋賀県どころではない“通過”イメージの強い地域をピックアップしよう。そう、静岡県である。

静岡県は新幹線に乗ってしまうと、もうぐっすり眠っているうちに通過してしまう、という人も多いのではないか。むろん、冬場になると雪をかぶった富士山が息をのむほどきれいに見えてそれはそれでたまらないのだが、筆者のように、新幹線に乗った途端に睡魔に襲われる気質の人間にとっては、静岡県は通過している実感もないほどだ。

いつまでも脱出できない

だが、青春18きっぷなどを握りしめて在来線の旅を楽しむ人にとっては、延々と続く静岡県内東海道線41駅の旅、“楽しい楽しい静岡県”などと揶揄する向きもあるとかないとかで、とにかくいつになっても静岡県を脱出できない。

乗っている電車がありふれたロングシートの通勤電車だったりするから、その苦痛たるやいかばかり。以前、筆者は東海道線全駅を取り上げる本を書くために一駅一駅下車したことがあるが、大きすぎず小さすぎずのよく似た駅が続いていた。

とはいえ、こうした通過する地域がなければ日本列島は結ばれない。そこで改めて、静岡県内の鉄道の旅を楽しんでみることにする。

静岡県内の鉄道の中核といえば、やはりなんといっても東海道新幹線である。これに異論がある人はいないだろう。「いやいや、のぞみは停まらないじゃん!」といったツッコミもあるかもしれない。確かにその通りで、静岡県は「のぞみ」に完全に飛ばされている。


静岡県といったら東海道新幹線。県内を横断する(筆者撮影)

しかし、だからといって県内において新幹線の地位が低いということにはならないし、もちろん不便だということにもならない。例えば、静岡県の県都・静岡市。そのターミナルである静岡駅には、「のぞみ」こそ停まらないものの基本的に「ひかり」が毎時1本しっかり停車するのだ。

東京駅からの所要時間は約1時間。東京駅から中央線快速電車に1時間揺られると、だいたい日野や豊田あたりに着く。お値段の違いがあるから単純に比較はできないが、静岡は東京からも意外と近い。

県内移動にも新幹線が便利

さらに静岡県で最も人口が多い浜松市。こちらも浜松駅には「ひかり」が毎時1本停車する。下りの新幹線でいえば、東京から1時間で静岡に着いて、さらに20分程度で浜松駅だ。在来線で静岡―浜松間を移動すると約1時間15分。新幹線の威力に驚くばかりだが、おかげで静岡―浜松間で新幹線を使う人も少なくないようだ。もちろん在来線よりお金はかかるが、お値段以上、シンカンセン、なのである。


浜松市内には“赤電”として親しまれる私鉄の遠州鉄道も走っている(筆者撮影)

新幹線の威力を目の当たりにすると、どうしてもかすんでしまうのが在来線の東海道線。かつてはブルートレインをはじめ多くの特急が行き交った大動脈だった。しかし、今では静岡県内の東海道線を走る特急列車はほとんどなくなった。

さらに普通列車も東西の熱海・浜松でおおむね運転系統が途切れているから、県をまたいで走る列車は少なめ。貨物列車の往来は盛んだが、やはり大動脈感は薄れている。

そうしたわけで、青春18きっぷでこの区間を抜けようとするとつらい気持ちになってしまうのだが、よくよく途中の駅を見てみよう。熱海から苦難の末に開通した丹那トンネルを抜けると三島。沼津は静岡東部の中心地で某大ヒットアニメの舞台としても有名だ。

富士駅あたりでは製紙工場が煙をくゆらせ、その向こうに富士の山。薩埵(さった)峠を越えて清水は清水次郎長と「ちびまる子ちゃん」でおなじみで、静岡駅を後にして安倍川を渡れば日本屈指の大漁港・焼津だ。

牧之原台地の茶畑を見ながら続く掛川は二宮尊徳の報徳思想の町で、野外ライブの聖地・つま恋リゾートも。ラグビーW杯の舞台にもなったエコパスタジアムは愛野駅のほど近くだ。御厨(みくりや)駅は2020年3月14日、高輪ゲートウェイと同日に開業した新駅で、Jリーグ・ジュビロ磐田が拠点とするヤマハスタジアムの最寄り駅となっている。

楽器と自動車産業の街・浜松を過ぎれば浜名湖の南端「今切の渡し」を電車に乗ってひとっ飛び。うなぎの養殖場を眺めつつ、静岡県の旅は終わりを告げる。

個性豊かな私鉄路線

こうしてみると、途中のそこかしこで電車を降りて散策を楽しんでみてもいいような気がしてくるではないか。さすが天下の東海道、どの街も歴史あり名物ありで見どころが少なくない。それに、主要なターミナルからは決まって他の鉄道路線が延びていて、そちらに乗ってみるという楽しみもある。


富士市内を走る岳南電車(筆者撮影)


富士の西麓を走って山梨とを結ぶJR身延線(筆者撮影)

まずは吉原駅で分かれる岳南電車。富士市内を走る小さな小さなローカル私鉄で、途中では工場の中を抜けて通るような区間もあって、富士市が屈指の工業都市であるということを実感できる。

終端の岳南江尾駅に近づけば、工業地帯から抜けて静岡らしい茶畑も見え、もちろん富士山も望める。

さらに富士駅からは身延線というJRのローカル線も延びている。北に進んで焼きそばでおなじみ富士宮を経て、富士川に沿って富士山の西側を北へ向かって最後は山梨県甲府市へ。静岡県と山梨県を直接結ぶ、唯一の鉄道路線だ。

静岡市内には静岡鉄道静岡清水線が走る。静岡鉄道、かつて静岡県内にいくつもの路線を持っていたが、モータリゼーションの波にのまれて現役の鉄道は都市部を走る静岡清水線だけになった。


静岡市内の私鉄・静岡鉄道。バックにはうっすら富士山も(筆者撮影)

もとは清水港へのお茶輸送を目的に建設されたという静岡らしい歴史を持ち、今では大都市郊外の住宅地の中をゆく。途中の県総合運動場駅の近くには静岡草薙球場。沢村栄治がベーブ・ルースら名だたるメジャーリーガーをキリキリ舞いさせた逸話の残る伝説の野球場である。 

静岡鉄道と似たような位置付けなのが、浜松市内を走る遠州鉄道だ。こちらも複数の路線を持っていたことがあるが、今は新浜松―西鹿島間のみ。地方私鉄の栄枯盛衰を感じてしまうが、“赤電”と呼ばれて親しまれる赤い車両は遠州鉄道のシンボルだ。

SL観光路線のパイオニア

県内の鉄道で観光を、というならば迷いなく大井川鉄道である。起点は東海道線の金谷駅。茶畑の中、その名の通り大井川に沿って北に走るローカル線で、走れば走るほど秘境へと突入していく車窓の移り変わりは実にダイナミック。そして大井川鉄道といったら蒸気機関車「SLかわね路号」だ。


大井川鉄道は静岡のみならず全国屈指の観光路線だ(筆者撮影)

1970年代からSLの復活運転に取り組んで、自然災害にも経営難にもコロナにも負けずに今も走り続けるSLのパイオニア。今では首都圏でも気軽にSLに乗れるようになっているが、ファーストペンギンに敬意を表して一度は足を運んでおきたいものである。

さらに千頭―井川間の井川線となると、SLとはまた違った独特な山岳秘境路線の旅を楽しめる。途中で補助機関車をつけてラック式の線路も走り、人里離れた秘境駅が連続する、乗らねばもったいない絶景路線の1つと言っていい。

そんな全国にとどろく観光路線・大井川鉄道も、沿線人口は減って経営は厳しい。観光に路線存続の望みを託して今日も今日とてSLがゆく。静岡県はそこそこの規模の都市が多く、東海道線を通っている限りでは過疎感は感じないのだが、やはり地方都市の厳しさはこうした地域でも直面しているのである。

掛川から浜名湖の北を大きく迂回して走る第三セクター、天竜浜名湖鉄道天浜線も観光の楽しみに恵まれている路線の1つだ。もとは東海道線のバイパスとして、戦争を見据えて建設された国鉄路線で、ローカルバイパスの悲しさかお客に恵まれずに三セクに転換された。


浜名湖の北側をぐるりと走る三セク路線・天浜線(筆者撮影)

ただ、浜名湖沿いの車窓はこれまた絶景だし、天竜二俣駅には今も現役の転車台、彦根藩井伊氏発祥の地も辿り、浜名湖佐久米駅にはなぜだかユリカモメの大群が押し寄せる。

このように、静岡県は日本鉄道史上最強の大動脈・東海道新幹線を軸として、一昔前の大動脈・東海道線が並んで走り、途中からは地域色豊かなローカル線が延びてゆく。ディーゼルカーありSLあり、気骨の地方私鉄ありとバラエティに富んでいて、そうした路線を一つひとつ見ていれば決してあきることのない鉄道王国なのである。

東京から直通の特急も

静岡県に入るには東海道線や新幹線だけでなく、御殿場線というルートもある。丹那トンネルが開通するまでは御殿場線が東海道線の一部、押しも押されもせぬ大動脈だった。今では単線のローカル線になってしまったが、新宿からは小田急線直通の特急「ふじさん」が乗り入れる。JR東海と大手私鉄唯一の相互直通運転だ。


伊豆半島には新型特急「サフィール踊り子」が東京からやってくる(筆者撮影)

伊豆半島も静岡県である。このあたりは静岡というよりは首都圏といったほうが感覚的に近いかもしれないが、東京からは特急「踊り子」が伊豆急行線の伊豆急下田と伊豆箱根鉄道駿豆線の修善寺まで乗り入れる。

「サフィール踊り子」がデビューして、185系が引退するなどなかなか注目度の高い伊豆特急は、静岡県の鉄道の旅のスタートか締めくくりに乗っておきたいものである。九十九折り浄蓮の滝の天城越えは鉄道ではできないのがちょっと残念ではあるけれど。