菅内閣が目玉政策の一つとして「携帯電話料金の引き下げ」を繰り返し提言し続けているように、日本の携帯電話料金は、何かにつけ「高い」といわれることが多い。しかし、国際的に見た場合、通信料金そのものが特別に高いわけではない。それでは、なぜ日本人は携帯電話料金を高く感じてしまうのだろうか。

【写真】この記事の写真を見る(4枚)

 経済評論家として活躍する加谷珪一氏の著書『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』を引用し、根本的な要因を探る。

◇◇◇

日本の初任給はグローバル水準の半分

 諸外国と比較した場合、あらゆる面で、日本の価格が安いことはほぼ間違いなさそうですが、ここで再び疑問を持った読者も少なくないでしょう。

 米国や欧州など、豊かな先進国の価格が日本よりも高いことは納得できるとして、中国やタイなど、新興国の価格までが日本と同レベルかそれよりも高くなっていることについて、にわかには信じられないという人も多いと思います。

 当然ですが、中国やタイといった新興国全体の平均賃金は、日本人の賃金が下がったとはいえ、まだまだ安いというのが実状です。しかしながら、以前とは異なり、経済のグローバル化が進んだことで、国が違うとすべての価格が違うという状況にはなっておらず、新興国でも一部の人は、高い賃金をもらえるというケースが増えているのです。

ファーウェイ日本法人の初任給は40万円

 先ほど、ファーウェイの日本法人が新人の初任給に月額40万円を提示したという話をしましたが、グローバル企業の場合、どの地域の社員であっても、ほぼ同じ水準の賃金を支払うのが当たり前となっており、その国の平均賃金はあまり関係しません。

 つまり、アジア地域の労働者であっても、相応の教育を受けてグローバル企業、もしくはそれに類する企業に就職した人の場合、1年目から数百万円の年収を稼ぐのは当たり前となっています。そうなると、全体の一部とはいえ、日本と同レベルの物価であっても、モノやサービスをバンバン購入する人が一定数存在してもおかしくないことになります。


©iStock.com

 特に中国の場合、14億人もの人口がありますから、仮にそうした所得層が5%しかいなくても7000万人の市場規模になります。上海や香港にはこうしたビジネスパーソンがたくさんいますから、結果として物価も高くなり、彼等が日本にやってきた時には、「安い」と感じることになります。

 グローバル化が進む時代というのは、世界において価格が共通化していくことを意味しており、各国の物価の連動性はより高くなります。

 以前の社会では、国が違うと国民の生活水準もまったく違うというのが当たり前でした。しかし近年では、どの国で生活しているのかではなく、各国においてどの階層に属しているのかでライフスタイルが大きく変わるようになっているのです。

日本の中間層がアジアを訪れても富裕層気分を味わえない現代

 かつては、日本の中間層がアジアに行けば、まるで富裕層のような気分を味わうことができました。しかし、現代社会では、日本において平均的な所得以下しか得られない人は、アジア地域における有名企業の社員よりも生活水準は大幅に下がってしまいます。国全体が貧しくても、グローバル基準を満たす企業の社員になれば、先進国の人たちと同じ生活を送ることが可能です。

 どの国に生まれてもチャンスがあるというのはよいことですが、逆に言えば、各国において、相対的に高い所得を得る層に属していないと生活が苦しくなるということでもあります。

 これまでの日本社会では、普通の仕事に就いていれば、それなりに豊かな生活を送れるというのが一般常識でした。しかし、これからの時代は規模が大きくても、グローバル水準の賃金を支払えない企業で働く場合、生活は決して豊かにはなりません。日本から一歩も出なくても、全世界と戦っているようなものですから、ある意味ではとても厳しい時代に入ったと考えることもできるでしょう。

 このように、国内の経済事情とグローバルな経済事情に乖離が生じている場合、価格体系がちぐはぐになりやすいわけですが、その影響をもっとも受けているのが、グローバルに価格が決まる携帯電話の通信料金や不動産価格、そして自動車の販売価格です。

iPhone購入の負担感は世界一

 日本では携帯電話の通信料金の高さが政治的なテーマとなっており、政府が事業者に対して是正を求めるという事態にまで発展しました。日本の通信会社の料金体系は不透明であり、プランが分かりにくいという問題があったのは事実ですが、国際的に見た場合、通信料金そのものは特別に高いわけではありません。

 総務省の調査によると、データ容量5Gバイトのプランでは、日本の月額料金は3760円でしたが、これに対して米国は5990円、フランスは1783円、ドイツは1893円、韓国は4256円となっており、日本は高くも安くもないという状況です。

歪な事業構造で高コストになっている日本の通信費

 政府が極端に料金を規制しない限り、理屈上、通信料金というのは各国で大きな違いが生じることはありません。その理由は、通信会社の事業構造にあります。

 通信会社というのは典型的な設備産業となっており、事業者のコストの多くは通信機器などの設備投資や回線の運用費なので、人件費はほとんど業績に関係しません。通信会社が保有する通信機器は世界中のどこで買ってもほぼ同じ価格ですから、一定以上のインフラが整備されている国であれば、コスト的な違いが生じにくいのです。

 実際、総務省の調査結果はそれを裏付けるものとなっています。

 ではなぜ日本では携帯電話の料金の高さが問題になるのでしょうか。最大の理由は本書のテーマである日本の「安さ」です。

 先ほどから日本の価格が安くなったという事例を紹介してきましたが、商品やサービスの中には、国内事情とは関係なくグローバルな市場環境で価格が一方的に決まってしまうものも少なくありません。国内の所得が低く、物価が安く推移している場合には、こうしたグローバルな商品やサービスの価格は相対的に高く感じてしまいます。通信料金はそうした価格のひとつなのです。

通信料金が高いと感じるのは日本が貧しくなったから

 ここで大卒初任給の差を思い出してください。

 1カ月の通信料金が同じ1万円だったとしても、大卒の初任給が月50万円の外国と、20万円の日本を比較した場合、当然のことながら日本人にとってはかなり高く感じますし、現実の経済的負担も重いということになるでしょう。日本の通信料金が高いという話は、通信会社の料金そのものの問題というよりは、日本が安く貧しい国になったことと密接に関係しているのです。

 日本の通信料金が不透明だった理由のひとつは、端末と通信サービスをセット販売し、何にいくらかかっているのかを分かりにくくしていたことですが、この現象も、実は国全体の物価と無関係ではありません。

 日本ではアップルのiPhoneが大人気で、市場シェアの7割以上をiPhoneが占めていた時期もありました。しかし、ここまでiPhoneが売れているのは、全世界でも日本だけであり、日本は極めて異質な市場です。

貧乏なのに“高級品”のiPhoneを求める日本人

 海外市場ではiPhoneは高級品と見なされており、多くの国では6〜7割の人がアンドロイドの携帯電話を購入しています。

 iPhoneの価格は高く、製品によっては10万円以上もしますが、アンドロイドの場合には安い機種を探せば1万円程度で買えてしまいます。本来であれば、アンドロイドを買う人が多くなるはずですが、これは消費者の好みや感性の問題です。日本人の多くは、どうしてもiPhoneが欲しいわけですから、当然、事業者側もiPhoneの販売に力を入れることになりますが、ここで大きな問題が発生します。

 日本は先進各国と比べると物価が安く所得が下がっているにもかかわらず、消費者は高級品であるiPhoneを欲しがっています。

iPhone販売の奇妙なカラクリ

 例えば、iPhone11Proの64Gバイトのモデルは日本では約11万円、米国では約1000ドルで売られています。日本人の平均月収は約36万円ですから、日本人は月収の3分の1をiPhoneに注ぎ込んでいるのです。一方、米国人の平均月収は5250ドルなので、iPhoneの価格は月収の5分の1以下です。月収の5分の1でもかなり高いですが、日本人にとってはさらに高い買い物といってよいでしょう。

 通信会社としては、iPhoneと通信回線を一緒に販売すれば、iPhoneを欲しがる利用者を自社の通信サービスに誘導できますから、端末と回線のセット販売を強化したいと考えます。

 しかし米国人でも高いと感じるiPhoneに、国内で正直に11万円の値札を付けてしまうと、購入を躊躇する人が続出してしまいます。

 そこで通信会社各社が考え出したのが、端末価格を月々の通信料金に含ませてしまい、総額でいくらの金額を端末に払っているのかを分かりにくくするという価格戦略でした。これが行き過ぎてしまい、日本の通信料金の価格体系は突出して不透明な状況になってしまったのです。

 本来、通信回線と端末は別々のものですから、筆者は通信会社の不透明な価格表示を擁護するつもりは毛頭ありません。しかしながら、このような価格体系になってしまった背景には、日本の物価や賃金が安く、価格をストレートに表示すると販売数量が落ち込んでしまうという問題があるのです。

「手取り14万円で贅沢出来ない…日本終わってますよね?」賃金が下がり続ける日本経済の意外な現状 へ続く

(加谷 珪一)