「君のこと、もっと知りたいから…」出会ったばかりの男の部屋で告げられた、衝撃の一言
愛しすぎるが故に、相手の全てを独占したい。
最初はほんの少しのつもりだったのに、気付いた頃には過剰になっていく“束縛”。
―行動も、人間関係の自由もすべて奪い、心をも縛りつけてしまいたい。
そんな男に翻弄され、深い闇へと堕ちていった女は…?
「詩乃のこと知りたいから、おはようとかおやすみとか、いま何してるかとか、全部LINEで教えてくれない?」
その言葉が、すべての悪夢のはじまりであることなど、このときの詩乃は知る由もなかった。
先日、26歳の誕生日を迎えたばかりの宮崎詩乃(しの)は、自由が丘のデザイン事務所でWEBデザイナーとして働いている。
いつか独立することを目標に、プライベートでもフリーランスとして仕事を受けたりと、仕事漬けの毎日。
そんな詩乃の生活を大きく変えたのが、友人に誘われて行った食事会だった。
「はじめまして、相良亮です。28で会社経営してます」
そう言ってニコリと女性陣に微笑む亮の姿に、詩乃はドキリとした。
―めちゃくちゃ、私のタイプだ。
優しげな奥二重の目元と、夏なのに一切日焼けをしていない色白な肌。スラッとした細身のスーツは、長身の亮によく似合っていた。
近頃、恋愛から遠ざかっていたせいか、久々に男性に対してドキドキしていることに動揺する。
その動揺を隠すように、詩乃は目の前のシャンパンをグイッと飲み干す。すると目の前の人物から、いきなり声をかけられたのだ。
顔をあげた詩乃は…?
「へえ、詩乃ちゃんって、お酒強いんだね」
―えっ。いま、詩乃ちゃんって言った?
いつの間にか目の前に移動してきていた亮が、詩乃の顔を覗き込んでいたのだ。
「ねえ、聞いてる?…良かったら、これからウチで飲み直そうよ」
亮は、詩乃だけに聞こえるよう、グッと詩乃に顔を寄せて言う。詩乃は驚きのあまり、目を大きくして彼の方を見た。
「ちょっと、そんなにわかりやすく反応したら、小さい声で誘った意味ないんだけど?」
亮は呆れたように笑う。その間も、詩乃はこの状況を信じられないでいた。
詩乃はモテる方ではなく、どちらかというと地味なタイプで、自分の意見や考えをハッキリ言うのが苦手だ。
食事会にも誘われるが、こんな風に「ふたりで」なんて言われたのは初めてのことで、嬉しい気持ち半分、むしろからかわれているのではという疑い半分なのが、正直なところだった。
「で、どうする?俺は詩乃ちゃんと、もう少し飲みたいと思ってるけど」
亮の強引な態度の影にある、少しの優しさ。それに気付いた詩乃は、無意識のうちに首を縦に振っていた。
それは、詩乃なりの精一杯の意思表示だった。
亮の見事な振る舞いで、2人は自然に二次会を抜け出した。亮のマンションは偶然にも、詩乃の職場と同じ自由が丘にあるらしい。
「じゃあ仕事終わりに、いつでも会えるね」
たったさっき会ったばかりの詩乃に、こんなにも甘いセリフを吐く男。
頭の片隅では、危ない人だと分かっている。
しかし何を考えているのか分からない、ミステリアスな亮が、今は自分だけに微笑みかけてくれている。それだけで、もう「細かいことは気にしないで楽しもう」という気持ちになるのだった。
慣れた様子でエスコートされ、向かった彼の部屋。余計なモノが置かれていないシンプルなリビングは、とらえどころのない亮の印象とぴったりだった。
彼と共にソファーへ腰掛け、ワインで2度目の乾杯をする。ほんの少しの沈黙すらも気まずくて、詩乃はとっさに口を開いた。
「…亮さんは会社を経営されてるんですよね。スタートアップ、でしたっけ?どこにあるんですか?」
冷静さを取り戻すため、食事会のときにはあまり話題にのぼらなかった、彼の仕事内容について聞いてみる。詩乃にしては積極的に踏み込んだ方だ。
「なんでそんなこと詩乃ちゃんに教えないといけないの?」
すると亮は、なぜだか恐ろしいほどの無表情で言い放ったのだ。返ってきた予想外の冷たい声に、詩乃は目を見開いて口を閉ざした。
「な〜んてね、冗談だよ。AIアプリの開発系のスタートアップ。渋谷にオフィスがあるよ」
―えっ。いまの返しは、なんなの…?
気が動転した詩乃は、亮の言葉にうまく反応できず、押し黙る。しかし次の瞬間、詩乃のそんな思考は一気に吹き飛んだ。
詩乃の左肩を抱き寄せた亮が、いきなりキスをしてきたからだ。
亮の大胆な行動の意味とは?
―えっ。私、いまキスされてる…?
詩乃は驚きのあまり、目を丸くして亮を見つめる。
「ハハハ、詩乃ちゃん反応おもしろい。かわいいなあ」
亮の大胆な行動に、頬を染めて黙り込む。そんなウブな反応を見せる詩乃に対し、亮はもう一度唇を重ねた。
「もう、詩乃ちゃんって、なんでそんなにかわいいの?」
そう言う亮の目を覗き込んた瞬間、詩乃はハッと小さく息をのんだ。
…彼の目の奥は真っ暗で、ほんの少しも笑っていなかったからだ。
―なんだか、かわいそうな人だなあ。
詩乃は心の中で思う。こうして毎晩、初めて出会った女性を家に連れ込んで、本心では思ってもないような甘い言葉を囁いているのだろうか。
そんなことを考えた瞬間、亮は詩乃をギュッと抱きしめた。
「詩乃ちゃんのこと、俺だけのものにしたいなあ。他の男に渡したくない」
―なに、これ。私、告白されてる…?
そう考えると、急に心臓が激しく動き出す。抱きしめられている亮に、ドキドキという音が伝わっていたらどうしよう、そんなことを思った。
「…そういうこと、他の女の人にも言ってるんでしょう?」
「言わないよ、詩乃ちゃんだけ。で、どうなの?俺だけのものになってくれるの?」
半ばパニックで何も言えず無言になっている詩乃に痺れを切らしたのか、亮は言う。食事会のときのような、少しの強引さがあった。
「…なってくれないなら、いいや。もう帰って」
「えっ…」
慌てた詩乃が彼の顔を覗き込むと、なぜか亮は、傷つけられて今にも泣きだしそうな表情をしていた。
「俺はすっごく、詩乃ちゃんのこと、かわいいと思ってたのになあ」
さきほどまでとは打って変わって、しょんぼりとしている亮の姿に面食らってしまう。
「え、えっと、その…。亮さんのことは素敵だなって、思ってるんですけど…」
「けど…?」
亮は黒目がちの目で、詩乃のことをジッと見つめてくる。
「まだ亮さんのこと、全然知らないし。お付き合いするとかは、ちょっと…」
「じゃあさ、とりあえず連絡先交換しようよ。あと、電話番号も」
突然の提案に詩乃は断り切れず、おずおずとバッグからスマホを取り出す。そして連絡先を交換すると、亮はいきなりこんなことを言い出した。
「俺のこと、まだそんなに知らないから好きになれないんでしょ?じゃあ、毎日連絡取りあおうよ。それに俺も詩乃のこと知りたいから、おはようとかおやすみとか、いま何してるかとか、全部LINEで教えてくれない?」
詩乃は違和感を覚えながらも、自分を振り回してくる男から、なんだか逃れられなさそうな予感がしていた。
▶他にも:「彼女と交際してから毎晩ヘトヘト…」男が“付き合いきれない”と感じ、女から逃げた理由
▶︎NEXT:9月1日 火曜更新予定
束縛の片鱗を見せ始める亮だが、本性がすこしずつ見え始めて…?