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もくじ

ー 輝くのは日常生活 ランドマークの1台
ー スペックは控え目 完ぺきではない
ー 初期不良? 特別な存在
ー 優れた見本 真のドライビングマシン
ー 番外編:さらに良くするために

輝くのは日常生活 ランドマークの1台

アルピーヌA110がもっとも輝くのは日常生活のなかでだ。3カ月にわたる長期テストでは、このクルマを峠やサーキットへと連れ出し、その小さな1.8ℓエンジンの実力を目いっぱい発揮させるとともに、状況が許せば常にリアタイヤをスライドさせてきた。

しかし、このクルマでもっとも驚かされたのは、空港へ向かったり、子供たちを学校へ迎えに行くといった、日常の何気ないひとコマだった。アルピーヌA110のようなモデルであれば、こうした普段使いには適さないはずだが、このクルマはそうではない。

A110のような、車重1トンほどの2シーターモデルに乗って、同じ状況に直面することを想像してみて欲しい。M4号線を走りながら、その洗練不足や固い乗り心地、殺風景なキャビンや実用性の無さといったものは、相応しい場所で素晴らしい走りを味わうためには、致し方のないものだと自分を納得させようとするだろう。

だが、アルピーヌA110は静かで快適なモデルであり、居心地の良いキャビンは多くの場面でメガーヌ同等の実用性を見せ、このクルマではなにも我慢する必要などない。だからこそ、3カ月をともに過ごしてみて、A110は単なるニューモデルなどではなく、まさにひとつのランドマークと呼ぶべきモデルだと確信するに至ったのだ。

スポーツカーの世界において、ランドマークという言葉を軽々しく使うべきでないことは分かっている。これまでに登場したなかでランドマークと呼ぶことができるのは、マクラーレンF1、初代アウディ・クワトロ、フェラーリ・ディーノ246 GT、そして、もちろん初代ポルシェ911といったモデルだけだ。

では、A110は本当にこうしたモデルたちと肩を並べる存在だろうか? 個人的には肩を並べるだけでなく、このクルマの到達点を考えれば、まさにランドマークと呼ぶに相応しい存在だと信じている。

初めて運転したときから、史上最高の1台だと思ったが、その後、ともに時間を過ごすなかで、A110は驚くほど優れたクルマであるだけでなく、非常に重要な存在でもあることに気が付いた。この点については、またあとで説明しよう。

スペックは控え目 完ぺきではない

アルピーヌA110は、残念な結果に終わったケーターハムとの提携(この英仏海峡を挟んだ提携がうまくいかなかったことを、英国側はどれほど残念に思っているだろう)の産物であり、その中味はメガーヌのホットバージョンをベースにしている。

もっとも近いライバルと言える、カーボンファイバー製タブを持つアルファ・ロメオ4Cとは違い、A110では、よりコンベンショナルなアルミニウム製モノコックを採用している。256psと決してパワフルとは言えないそのパワーは、簡単に路面にブラックマークを残すほどではなく、履いているタイヤも純粋な公道仕様だ。スペックだけで見れば、取るに足らないモデルとしか思えないだろう。

さらに、少なくとも個人的には現実的なモデルでもあり、その見事なルックスはこのクルマに相応しいものだが、それでも、1960年代に生み出された初代A110が横に並ぶとさすがに分が悪い。過去、さらに素晴らしいデザインが行われたとでもいうほかないだろう

それでも、運転してみれば、すでに多くが認めるこの小さなフレンチスポーツカーに対する称賛の列に加わるしかなかった。メーカーが慎重に選択したルートで、こうしたモデルをテストするのは結構だが、では、日常使いはどうだろう? このクルマにとっては、あまり重要視されていない点にも注目してみよう。

正直なところ、確かに毎日乗ることのできるモデルではあるが、完ぺきというわけではない。キャビンの収納スペースは最低限であり、小さなリアのトランクに加え、フロントにもスペースは用意されているものの、非常にフラットなため、レコードくらいしかここに入れるものを思いつかなかった。

デジタルラジオ付きのクルマとしては、これまでで最低の受信感度だったが、これは信号を受信するには、A110のボディフレームに使用されているスチールの量が少ないことが理由かもしれず、あまりにもお粗末なナビシステムのお陰で、このクルマを迎えて最初にしたことのひとつが、スマートフォンをダッシュボードに取り付けるためのブラケットを用意することだった。

さらに、長期テスト車に装着されていたスポーツシートは、サーキットでは素晴らしいホールド性を発揮するものの、公道で数時間も運転すれば窮屈に感じられ、もし自分でこのクルマを購入するなら、標準シートを選択することになるだろう。

それほど大きな問題ではないかも知れないが、スポーツモードの過敏過ぎるスロットルレスポンスとクルーズコントロールは時に扱い辛く、さらには、マニュアルシフトを選択しても、アップシフトは自動で行う。

初期不良? 特別な存在

このクルマで出かけようとしたときに、2回出発できないことがあった。ある朝、運転席側のウインドウが少し下がった状態で、完全にエンジンが始動できなくなっていたのだ。貧弱なリチウムイオンバッテリーを積んだスターターがまったく役に立たなかっただけでなく、繋いだバッテリーチャージャーは完全に使い物にならなくなってしまった。

強力なスターターキットを携えてやってきたルノーのディーラーマンによって、ふたたびエンジンに火が入り、その後、徹底的なチェックを受けた状態で車両は戻ってきたが、どうやら室内灯を点けっぱなしにしたことが原因だったようだ。

確かにそうかもしれないが、長期テストの最終日前日、同じような症状が再発した時には、間違いなく室内灯は消していた。ふたたび別のバッテリーチャージャーで再始動を試みたものの、結局こちらも使い物にならなくなったのだから、まったく何も学んでいなかったとうことだろう。

長期テスト車両はプレス向けに生産された左ハンドル仕様の量産前モデルであり、こうしたトラブルの原因が、担当者の不注意ではなく、なんらかの明らかになっていない電気的な不具合にあるとすれば、すでにその原因が特定され、量産モデルでは改修が完了していることを望むばかりだ。

だが、A110は完ぺきではないものの、素晴らしいモデルであることに間違いはない。同じような金額で手に入れることのできるクルマでは考えられないが、例え短い距離をゆっくりと走らせても、A110はすべてのドライビングを特別なものにし、常にドライバーにこのクルマのステアリングを握りたいと思わせる。

その低いドライビングポジションは素晴らしい走りを予感させ、その小排気量4気筒ターボエンジンはこれまで運転したなかで最高の扱い易さで、デュアルクラッチ式トランスミッションとも見事なコンビネーションを見せる。それでも、マニュアルギアボックスを選びたくなるかも知れないが、残念ながらその設定はない。

だが、それがA110のやり方であり、このクルマを傑出した存在にしているものなのだ。こうしたクルマをカーパーク・カーと呼んでいるが、そう呼ぶことのできるクルマは非常に少ない。カーパーク・カーとは、駐車場を出るまでも無く、乗り込んだだけでドライバーに信頼を感じさせてくれるクルマのことを言うのだ。

A110が路上で見せる軟らかくしなやかな乗り心地は、他の現代のスポーツモデルとは一線を画しており、懐かしさを感じさせる。同じくステアリングも、オフセンターで妙にクイック過ぎるなどということはなく、電動式パワーステアリングには期待できない、リニアで正確な反応を見せる。

例え冬の混雑した路上やウェット路面であっても、常にA110は他の多くの純粋なスポーツカーよりも、本物のスポーツカーであることを感じさせるのだから、このクルマは特別な存在だと言えるだろう。

優れた見本 真のドライビングマシン

おそらく、長期テストにおける最高の1日は、サーキット走行のためにスラクストンまでロングドライブをした日のことだろう。サーキットに到着すると、パドックにはポルシェ911 GT3やメルセデス・ベンツSLSといった超弩級のマシンが集まっており、彼らは恐るべきペースで周回を重ねるだろうから、常にバックミラーに注意する必要があると覚悟していた。

ところが、周囲に気を配りながら走行していたのだが、結果的にA110を追い抜いていくクルマなど存在しなかったのだ。路面温度が低く、やや滑り易い状況のサーキットで、ドライバーに必要なのはパワーやグリップではなく信頼感であり、このクルマ以上の自信を与えてくれる最新のスポーツカーなど存在しない。

以前、A110だけでその開発費用を回収することは非常に難しく思えたので、アルピーヌの計画実現性には疑問を呈したことがある。A110はメインストリームのモデルではなく、生産台数でその開発コストをカバーするのであれば、ブランドにはより一般的なモデルが必要であることを認識すべきだろう。そして、こうしたブランド作りは、以前よりもはるかに難しい任務となっているのだから、A110に求められる役割は、これまでとはまったく異なるものになるのかも知れない。

それでも、A110が示しているのは、世界中のスポーツカーやスーパーカーメーカーは、このクルマから何かを学ぶ必要があるということであり、スポーツカーだからといって、実用性を犠牲にするほどのワイドボディや、印象に残るドライビングのためだからと言って、驚くほどのパワーを誇る必要などないのだ。

その対極に位置するA110は、軽量コンパクトなモデルとして、スポーツカーが必ずしも暴力的であったり、快適性を犠牲にする必要もなければ、その結果、ドライビングの楽しさが奪われることもないということを証明している。

だからこそ、A110は重要なモデルなのであり、少なくともそう評価されるべき存在なのだ。このクルマほどの楽しさを備えたモデルを探し出すには、違った時代に目を向ける必要があり、それはわたしが生まれる以前にまで遡るが、それでも、A110は1964年に初めてポルシェ911や901を運転したひとびとが感じたに違いないものを思い起こさせてくれる。

アルピーヌもポルシェも、真のドライビングマシンは毎日乗ることはできないなどという思い込みを真っ向から否定している。実際、この2台であれば、例えもっとも不似合いなシチュエーションであっても、常に運転を楽しむことが可能であり、その事実こそが、むしろこの2台にとってはもっとも重要な点とも言える。

911は史上もっともアイコニックな不朽の名作であり、このクルマの後を追う資格はA110にも十分備わっている。それでも、実際にそうなるかどうかは、まったく別の問題だ。

番外編:さらに良くするために

もし、理想的なA110を創り出すことができるなら、3つほど大きな改良を加えるだろう。メガーヌ・トロフィーと同じ300psにまでパワーアップしたいが、それほどコストや手間のかかる作業にはならないはずだ。同じく、メガーヌ・トロフィーが積む6速マニュアルギアボックスも採用したい。

その後、公道とサーキットそれぞれで、ウェットとドライの挙動を確認したうえで、リミテッドスリップディフェレンシャルの必要性を検討することになる。おそらく必要になるだろうが、その作動特性は非常にマイルドなもので十分だろう。そして、その結果は劇的な違いをもたらすことになるはずだ。

では、実際にそんなことは可能だろうか? パワーアップとリミテッドスリップディフェレンシャルについてはおそらく問題ないだろうが、マニュアルギアボックスの採用は難しいかも知れない。それでも、3つのうちふたつが実現するなら、それほど悪い話ではない。