食道という臓器を普段、気に掛けている人は少ないだろう。「胃が痛い」「胸やけがする」などとはよく聞くが、「食道が痛い」と訴える人はほとんど見掛けない。
 「食道の病気に対する認知度が低く、危険を知る人が少ないということです。しかし、食べ物の通り道であるだけに、様々なトラブルが起こりがち。食道の粘膜に炎症が起きれば胸やけが生じるし、逆流性食道炎も起こる。これを放置していると、最悪の場合は、がんになります。健康診断などによる早期発見、早期治療は心掛けなければいけません」(専門医)

 東京都内で総合医療クリニックを営む久富茂樹院長も、こう指摘する。
 「食生活の欧米化や人口の高齢化にともない、食道の病気は、近年、増加傾向にあります。食道の病気で代表的なものは、逆流性食道炎、食道がん、食道静脈瘤の3つ。その中で逆流性食道炎に罹るのは中高年者に多く、症状としては、ほとんどに“胸やけ”が生じます」

 その胸やけは、食後に起こる。仕組みは、どういったものなのか。
 「食後の胃の中では、入った食べ物を消化するのと同時に、食道から食べ物と一緒に胃に入り込む細菌を殺すために、胃酸やペプシンが分泌されます。食事直後は、胃の中ではまだ胃液と食べ物が混じり合っていません。特に上層部は非常に強い酸性の胃液があり、食道の粘膜を刺激して逆流しやすい状態にあるのです。口にその胃酸が戻ることを避けるためにも、少なくとも食べた後はすぐに横になったり、寝てしまうことだけは避けるべきです」(同)

 逆流性食道炎では、喉の違和感はもちろんのこと、喘息のような咳が出たり、狭心症に似たような胸の痛みも襲う。
 また、健康な人でも満腹時に出る“げっぷ”は、食べすぎで胃が膨張し、胃の中の空気が食道の境目にある弁を押しのける現象だが、その際に胃液も逆流させてしまうことがある。

 逆流性食道炎を引き起こしやすい条件に付いて、医療ジャーナリストの深見幸生氏はこう説明する。
 「食後に体を横にさせて寝ることはよくないと指摘していますが、食べ物では酸性度の高いものは避けたいところ。酸性食品、言わゆる酸っぱいものは胸やけを起こしやすい。例えば、酢、果物や果汁、スタミナドリンクなども、酸性度が高いので注意が必要です。また、煙草も論外で、胃酸の分泌を増やし、下部食道括約筋(胃の入り口部分)の締まりを悪くし、胃液の逆流や胸やけを一層悪化させてしまいます」

 さらに大事なことは、「食事をする際の“姿勢”」だという。
 「食べる時の姿勢や動作の仕草によっては、逆流性食道炎が起きてしまいます。食道と胃が水平、あるいは食道が胃よりも低い姿勢を取ると、当然のことながら胃の内容物が食道に流れ込むため、胸やけが生じる。背筋を伸ばした姿勢でいるのがよく、逆に前かがみ姿勢だと逆流しやすい。ベルトや帯、ガードルなどでお腹を締めつけ続けることもよくありません」

 腹が締めつけられれば、胃酸が食道の上部まで逆流し、食道に触れることで刺激を与え、傷つけることがある。とくに咽頭部の粘膜は胃酸などの刺激に弱く、胃酸が触れると傷つき、炎症を起こす。
 「咽頭に炎症が起こると、喉に何か詰まったような違和感が生じます。そうなると不快な症状を払拭しようと、無意識のうちに咳払いを頻繁にするようになる。この状態が長らく続くと、声帯にポリープができて、声のかすれや発生がしにくい状態に陥る。ここまで来てしまうと、耳鼻咽喉科での治療が必要になってくる。
 咳や声枯れの症状は、素人判断するのは禁物です。そもそも、肺や気管支などの呼吸器の病は、咽頭がんなどの疑いもあるので、悪性の病気かどうか、しっかりと診てもらうこと。逆流性食道炎の場合は、喉の炎症が続き、蠕動運動の機能低下が生じ、逆流した胃の内容物をスムーズに押し戻すことができなくなる。この状態も決して放置できません」(前出・久富氏)