創業時の企業価値の半分はチームメンバーで決まるといっていい(写真:psisa / PIXTA)

基本的な型を身に付ければ「失敗しないスタートアップ」は高い確率で実現できるという。『起業の科学』を書いたベーシック チーフ・ストラテジック・オフィサー(CSO)の田所雅之氏に詳しく聞いた。

スタートアップの要領が一目でわかるスライドを

――「失敗しないスタートアップ」を20ステップに整理し公開していて好評です。

この本のベースになっているのが1750ページのスライド。5年ぐらい書きためてきて、このペースだと最終的には2400ページぐらいまで膨らみそうだ。

とかく起業系の本はメンタル面や抽象的な話が多い。経営学者の著書を読むと、スタートアップでも3C分析やファイブフォース分析から入ってしまう。そのフレームワークでは実はミスリーディングになり、間違った意思決定に陥りがちといっていい。

私自身のキャリアで特徴的なのは起業家と投資家の両側面を持っていること。そこで、日米でのスタートアップの起業と投資の経験を踏まえて、体系的に研究してきた。いろいろなステージの起業家が「アイデアに気づく」ところから、「スケール(事業拡大)する」ところまでのコンテンツをまとめた。一般企業では売り上げ目標を立てる、事業計画を立てるところから始まるが、スタートアップはそこに行くまでに95%が死んでしまう。それは社会的に無駄だから、そもそものスタートアップの要領が一目でわかるスライドを豊富に提供し明確にした。

――5章立てになっています。

「アイデアの検証」「課題の質を上げる」「ソリューションの検証」「人が欲しがるものを作る」「スケールするための変革」と、5つの段階に分けるとわかりやすい。


田所雅之(たどころ まさゆき)/1978年生まれ。大学を卒業後、外資系コンサルを経て、日米でスタートアップを起業。帰国後、米ベンチャーキャピタルで新規投資を担当。現在、事業創造会社やウェブマーケティング会社のCSOを務める。起業・投資についてのスライド集を公開(撮影:梅谷秀司)

事業のベースになるアイデアがそもそもよくなかったら、始める意義がないから、まずアイデアに気づくことが必要だ。そのアイデアは考え抜いた気合いを入れたものではなく、「サイドプロジェクト(気軽な副業)」のような普段の課題の中から発見する。初めから「プランA(最善の仮説)」などと気負うことはない。

よいアイデアはいわゆる一般常識や直感とは異なる。一言で表せるものがいい。しかもスタートアップにおける取り組み方と一般企業のそれとは違ってくる。すでにビジネスモデルが存在しているスモールビジネス型は採らない。起点が違うからだ。

スタートアップとベンチャーも違う。ベンチャーはそこらにあるラーメン店でもベンチャーといえる。フランチャイジーだとしてもベンチャーでもある。フランチャイズモデルはある程度検証された型ができている。スタートアップはそもそも共感する課題が存在するのか、お客(カスタマー)はいるのかから始まる。

ユーザーにどう感じ取ってもらえるか

――勘違いしがちなのですね。

ユーザーエクスペリエンス(体感経験=UX)、つまりユーザーから、そのアイデア、作り出されるプロダクトに期待されるものがある。スタートアップにはUXがあるものだ。ユーザーにどう感じ取ってもらえるかという仮説がきちんと立てられていないと、スタートアップはできない。

その際、スタートアップには最初に優秀な営業マンはいらないし、資金調達に動く人たちも必要ない。特に、一緒にやる人が、スタートアップとスモールビジネスとでは違ってくる。スタートアップは基本的にまだ売り物がないが、実験する人は必要だ。

――創業メンバーは大事。

どういう人と共にやるか。スタートアップは人生をかけたプロジェクトだから、強い共感性を互いに持っていることが大きく成功するための必須条件だ。人の要素はアート的でもあるので、「因数分解」できるものではないが、ある程度のパターンはある。

チームには補完関係があって、皆がエンジニアでは駄目だし、お客と話せる人も必要。基本的には創業時の企業価値の半分はチームで決まるといっていいほどだ。メンバーはそれぞれのストーリーとスキルを持つ。初期はリスクがいちばん高く、いわば知識量はいちばん低い。目の付け所がよくても、変なメンバーが入ったことで駄目になるパターンも少なくない。

――アイデアはプランAでなくプランBでもいい?

アイデアは確かに重要だが、大切なのは実行だ。アイデアを教えたら盗まれそうだと隠したり、逆に諜報したりするのも意味がない。プランAという呼び方をしているものがB、C、Dとどんどんバージョンアップしていくことにポイントがある。ビジョン以外はいくらでもピボット(軌道修正)できる。アイデアで大事なのは仮説としているお客がいるのかどうか。そこの最低限のリサーチをし続ける。

――狙いは簡潔に。

核心をつくことだ。事業についても3つの言葉で表せると思っている。「誰が」「何を」「どのように」で。つまり誰の、どのような困りごとを、どのように解決するか、の3つが事業の80%を占め、残りの20%にどんなソリューションでやるかが入ることになる。どんなビジネスモデルにするのかは、実はさまつなことなのだ。

スタートアップをするにあたって大事なこと

――課題そのものの質も上げるのですね。


スタートアップをするにあたって大事なのは、人生をかけて課題を解決したいと本気で思うかどうか。覚悟がないのにやってしまうと、その人は不幸になる。やりたくもない課題解決を自らに課すのではなく、むしろ課題を磨き上げる。言い方を変えれば、自分の課題として深く共感するものに仕立て上げ、問い続ける必要がある。

――顧客の欲しがるものを地道に作りながら。

スタートアップやベンチャーは地道な活動。データを取りながら日々改善していく。定量化し、どこがネックになっているのか探索する。カスタマーの行動をベースにして因数分解していく。自分の事業がよくわかっていれば因数分解できる。スライドなどで意図的にビジュアル化するのはチーム間の、つまり創業者間の共通理解を増やすためもある。

経営は創業者の質で決まる。ある程度のスケールになった際の一番のネックは経営者自身。経営者はスーパー人材であり、何でもやっていい。それがしばらくすると一番の弱みになる。いかに委譲していくか。そのためにも、前段としてあらゆることを定量化したり可視化したりすることをこの時点で習慣にしておきたいものだ。