4球団以上を渡り歩いた助っ人列伝

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 得点力不足にあえぐロッテは、2015年まで楽天などNPBでプレーしていたウィリー・モー・ペーニャを獲得、6月10日に入団会見を行った。35歳となったペーニャが、かつてと同レベルのパワーを発揮できるかどうか注目だ。

 なお、ペーニャはソフトバンク(2012年、2013年)を皮切りに、オリックス(2014年)、楽天(2015年)と日本球界を渡り歩き、ロッテが4球団目。これは、外国人選手では史上最多タイとなる。

 ペーニャの再来日を記念して、過去に日本で4球団以上在籍した外国人を紹介したい。

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■JPという名前でもプレーした猛牛戦士

■ジェレミー・パウエル
(アメリカ出身)

NPB所属球団:近鉄(2001〜2004年)→オリックス(2005年)→巨人(2006〜2007年)→ソフトバンク(2008年)

NPB通算成績:173試合/69勝65敗/防御率3.97

 パウエルは先発投手として活躍し、日本在籍8年で2ケタ勝利を4回記録した。特に近鉄時代の2004年は、17勝10敗という成績で最多勝、最多奪三振(182個)、最優秀投手(今の最高勝率)のタイトルも獲得した。

 オリックス時代の2005年は、その1年だけ登録名を「JP」としたが、巨人に移籍した2006年以降は本名の「パウエル」に戻している。

■腕グルグルでもおなじみのリリーバー

■ブライアン・シコースキー
(アメリカ出身)

NPB所属球団:ロッテ(2001〜2003年)→巨人(2004〜2005年)→メジャーリーグ復帰→ヤクルト(2007年)→ロッテ(2008〜2009年)→西武(2010〜2011年)。

NPB通算成績:438試合/37勝34敗58S/防御率3.10

 150キロ超のストレートを武器に、主にリリーフとして活躍したシコースキー。中継ぎで起用されることが多かったが、西武在籍時の2010年は33セーブを記録し、最多セーブ投手のタイトルを獲得している。

 登板時は、まずマウンドを足で丁寧にならした後、腕を前に5回、後ろに3回ほど激しくブン回してから投球練習に入るパフォーマンスでもおなじみだった。

■3球団に出戻った助っ人

■ホセ・フェルナンデス
(ドミニカ共和国出身)

NPB所属球団:ロッテ(2003年)→西武(2004〜2005年)→楽天(2006〜2008年)→オリックス(2009年)→西武(2010〜2011年)→楽天(2012年)→オリックス(2013年)

NPB通算成績:1253試合/打率.282/206本塁打/772打点

 フェルナンデスは日本球界11年間で206本塁打を放ったスラッガー(外国人選手歴代13位)。時期や在籍年数が違うとはいえ、あのバース(元阪神)を4本上回っている。打率3割オーバーも4回達成した(うち1回は規定打席未達)。

 在籍した4球団のうち、最初のロッテを除けば、残りの西武、楽天、オリックスには、いったんはチームを離れても出戻っている。

■どこでも守れる器用な男

■ホセ・オーティズ
(ドミニカ共和国出身)

NPB所属球団:オリックス(2003〜2004年)→米独立リーグ、メキシコリーグなど→ロッテ(2007〜2008年)→ソフトバンク(2009〜2011年)→西武(2012〜2013年)

NPB通算成績:821試合/打率.271/135本塁打/433打点

 身長177センチと、日本人選手と比較しても決して大きくない体格ながら、来日初年度は33本塁打と、パワーも持ち合わせていたオーティズ。内外野のどこでも守れる器用さも各チームで重宝された要因のひとつだ。

 打撃タイトルは獲得できなかったが、ロッテ時代の2003年にはサイクルヒットを記録した。

 最後のチームとなった西武では、2013年途中に成績不振で解雇されるも、その年のオフには駐米スカウトに就任している。

文=藤山剣(ふじやま・けん)

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