使用中止が決まった佐野研二郎氏デザインのエンブレム

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 エンブレム佐野の件がまだまだ燃えております。そろそろ鎮火するかと思いましたが、ネットの暇な人々が熱心に発掘作業をしているので、「女は黒タイツをはくべき」という手紙を女性に渡したとかいう変態をしのぐ、今年最大の炎上ネタに昇華する可能性があります。

 今回の件で、ネット民を中心に大炎上している理由は、そもそもオリンピックのロゴが、大福の包み紙みたいでイモ臭いというのもありますが、デザインや広告業界という、最もリベラルで、時代の最先端を行っているはずの業界でも、「えこひいき」と「縁故主義」が当たり前で、お友達でグルグル仕事を回している、チンカスの様な縁故村社会だったことばがバレてしまったためでしょう。

 お友達ならコピペだろうが、盗作だろうが、小学生の落書き並みのキャラだろうが、なんでもいいのです。

Oxford Dictionariesによる「えこひいき」と「縁故主義」の定義

The practice of giving unfair preferential treatment to one person or group at the expense of another(誰かを犠牲にして、特定の人やグループに不公平な優先権を与えるおこない)

The practice among those with power or influence of favouring relatives or friends, especially by giving them jobs(力や影響のあるものの親戚、友人を優先するおこない。特に仕事を与える場合)

「えこひいき」と「縁故主義」は、どこの国にもあるものですが、それが行き過ぎると、国が活力を失い、最悪の場合は崩壊します。その象徴の一つはソ連でありましょう。

 ソ連が崩壊した理由の一つは、「みんな平等」という共産主義の建前と反対に、エリートとそれ以外の「階級」ができてしまったことです。エリート達は仲間内だけで外国商品や美味しい仕事、利権を譲り合い、外国商品が並ぶ店で買い物し、スキー場で休暇を過ごしていました。

 一般民は車を手に入れるのに何年も待ち、薬は手に入らず、パンを買うのに何時間も並びました。能力のある人、画期的なアイディアを出す人は登用されず、経済は停滞し、とうとう崩壊したのでした。

実力より属性を重要視する日本社会

 私の大学や大学院時代の友人の多くは、ソ連時代に子供だった人達です。病気のお婆さんのために、母親とパンを買う列に並んだこと、それがどれだけ寒い日だったか、初めてジーンズを見た日のことをいまだに話します。

 ソ連時代の「えこひいき」と「縁故主義」の伝統は、今でも変わっていないどころか、悪化しています。経済は解放され、外国と自由にやり取りできるようになりましたが、根本的な仕組みは大きくは変わっていません。その結果、起こっていることは頭脳流出です。

という調査研究によれば、ロシア政府の統計によると1989年から 2004年の間に、2万5000人以上の科学者が国を去り、3万人以上の理系技術者が海外で働いています。2012年には12万2000人の人がロシアを去り、2011年の2倍近くの人が海外移民してしまいます。同研究は、「えこひいき」と「縁故主義」はロシアにとっての最大の危機の一つであり、いくら頑張っても報われない仕組みに嫌気がさして、優秀な人材はどんどん移民してしまうのです。

 そういうロシア人達が向かうのは、北米、北欧州、オセアニアです。技能があれば移民しやすいというのもありますが、移民する最大の理由は、「機会が公平である」からです。

 これらの国にも、もちろん、「えこひいき」と「縁故主義」はあります。昔に比べると、教育により階層が固定化されてしまっている、という側面もあります。

 ただ、ロシアや日本と異なるところは、それでも、一応メリットクラシー(実力主義)や、手順の透明化を重要視しているところです。重視される理由は、透明性や機会の公平性が、民主主義の根幹である、という「理念的な側面」もありますが、実は実利的な目的もあります。

「TINYpulse」が、300社で働く4万人に対して実施した調査では、「透明性のある組織」で働く人は、意欲が高く、ハッピーである、という結果が出ています()。「透明性のある組織」とは、意思決定社が、ビジネスの目的や結果、プロセスなどを公開し、オープンにコミュニケーションする、というマネージメントのやり方の一つです。

 北米、北欧州、オセアニアの政府や企業は、日本に比べると、有権者や従業員に対して、大変オープンなので驚くことがあります。例えばアメリややイギリスで、政府が何かの政策を実行する場合、その数値的な裏付けや理由を調査した報告書が、政府のサイトに公開されます。会社の場合、幹部や社長が従業員と一対一の面接をやったり、クリスマスパーティーではフランクに話しかけてくるので驚くことがあります。カナダのオンタリオ州では年収10万カナダドル以上の公務員の給料と氏名がネットで公開されています。

 透明化することで、従業員も有権者もハッピーになり、仕事がやりやすくなります。会社の場合は、従業員のモチベーションが上がり、新しいアイディアや企画が出やすくなるでしょう。ハッピーな人が増えれば病欠だって減りますから、会社の生産性がアップします。

 透明性を重視している地域の多くが、社会学者のエドワード・ホールが呼ぶ「個人主義文化圏」だという点にも注意が必要です。「個人主義文化圏」において重視されるのは、その人の「資格」や「技能」、その人「個人」であり、アウトプットであり、どこに属しているかではありません。

 一方その反対は、「集団主義文化圏」です。この文化圏には、日本、ロシア、インド、中東、アフリカの国々が入ります。個人の「資格」や「技能」、また、その人が何であるか、アウトプットがなんだったかよりも、「どこに属しているか」を重要視します。つまり、地縁、血縁、学閥、職場など、どこに属しているかが重要であり、その人のアウトプットや考え方の優先順位は低くなるわけです。

 日本はこのような「集団主義」の社会に属していますが、明治維新や高度経済成長期の際には、地縁や血縁を無視して、その人のアウトプットを重視するとうメリットクラシーを取り入れました。高度経済成長期の頃は、教育システムを通したメリットクラシーを実施し、優秀な人を選抜しました。私の親の上司だった人や知人の中にもそのようなシステムの恩恵を受けた人達がいます。

貴族階級と下層階級の二極化が進む日本

 ところが「エンブレム佐野事件」が象徴するように、今の日本で起きていることは、その反対です。良い条件にありつけるお仲間だけで身辺を固め、適当な仕事でやり過ごし、その他大勢からは搾取し、やる気のある人間、面白いことを考える人間を踏み潰してしまう。これは小保方事件の仕組みと全く同じです。

 つまり、縁故がある貴族階級と、それがない下層階級に二極化しているのが今の日本です。

 類似する事件が、短期間の間に何件か発生して、それが大炎上するというのは、単なる偶然のようには思えません。日本のシステムのどこかが狂っていることに、怒りを感じている人達が大勢いるからです。

 人のサイトから盗んだ画像で数百万円、数千万円を手にする「貴族」がいる一方で、技術は一流でやる気もあるのに、一生表舞台に立てない人達。

 その人達に自分の姿を重ね合わせた人達が大勢いたはずです。

●博士号があり海外で論文を発表しているのにコネがないために正規職員になれないオーバードクター
●派遣社員の自分の成果を盗む正社員
●いくら顧客サービスしてもボーナスすらもらえないブラック企業社員
●自分より若い男性社員より学歴もスキルもはるかに上なのに、子供がいるから正社員にすらしてもらえない女性
●エクセルすら使いこなせないのに年収1000万を越える無能な上司に顎でこき使われる契約社員

 今回の件を徹底的に総括し、膿を出し切らない限り、日本の将来は悪化していくでしょう。

 市場が完全に機能するには、完全な情報が必要であり、情報は隠されてはならないからです。組織が適切に機能するには、意思決定の仕組みや結果が公開されなければなりません。「えこひいき」や「縁故主義」は、不完全な情報が市場に出回ることであり、組織の機能に欠陥があるということに他なりません。

 今回の件で怒りを感じる人達が、日本を実力がある人間が活躍する世界にしたいのであれば、不正を次々に追求しなければなりません。

著者プロフィール

コンサルタント兼著述家

May_Roma

神奈川県生まれ。コンサルタント兼著述家。公認システム監査人(CISA) 。米国大学院で情報管理学修士、国際関係論修士取得後、ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経てロンドン在住。日米伊英在住経験。ツイッター@May_Romaでの舌鋒鋭いつぶやきにファン多数。著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)など。最新刊『添削! 日本人英語 ―世界で通用する英文スタイルへ』(朝日出版社)好評発売中!

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