ボールに願いを込めました!

燃えた。痺れた。疲れ果てた。キックオフ時間は日本時間の午前3時45分。おはようの方にも、これからお休みの方にも厳しい時間帯。そのとき地球の裏側で奮闘をつづけていたのは、我らがなでしこJAPAN。女子ワールドカップ・ドイツ大会準々決勝。日本は3連覇を目論む地元ドイツと対戦。超が3つほどつくアウェーの中で、過去一度も勝ったことのない相手に挑んだなでしこたち。しかし、延長120分の死闘の果てに、勝者としてピッチに立っていたのは…なでしこでした!

試合前になでしこたちは「足がもげても走りつづける」と語りました。大一番の前によく聞くフレーズ。ただ多くの場合、疲労や試合展開によって忘れられていくフレーズでもあります。しかし、この日のなでしこに嘘はありませんでした。120分間走りつづけた。身体を投げ出した。足を伸ばした。ここしかないという一瞬に、小さな身体を伸ばしてその足を届かせていました。

しかもただ走るだけではない、薄氷の上を全力疾走するような緊迫感。

体格で圧倒するドイツは、地元の声援を受けて猛烈なプレッシャーを掛けてきます。一瞬でも判断が遅れればたちまち寄せられ、ボールを奪われそうな圧力を感じます。その圧力にワンタッチのボールさばきで対抗するなでしこ。裏にこぼれそうなボールですら、後ろ向きのままダイレクトで味方にはたいてつなぎ、「パスをつないで崩す」日本のスタイルを貫きます。いや、スタイルを貫いたというよりは、そうしなければあのプレッシャーにたちまち飲まれていたというほうが近いかもしれません。

ただ、ダイレクトでつなげばミスが出るのは当然。少しでもずれたり、横パスのスピードが遅くなれば、ボールを奪われ一気に日本はピンチに陥ります。そのたびに高い集中力でゴールを死守したDF陣。一回しかアタックのチャンスがない場面で、届くか届かないかギリギリの距離で、何度ボールに触りピンチを防いだことか。ゴールライン上でのクリアも一度や二度ではありませんでした。まさに、日本の精神力VSドイツの体力という壮絶な消耗戦の構図。

そんな苦境の中で日本が勝利できたのは、月並みですが「チームがひとつになった」ことに尽きるのでは。ひとりのミスを全員で取り返すような守備と、ひとつのチャンスを全員でつかみに行くような攻撃。サッカーがひとり対ひとりではなく、11人対11人であることの意味が、この試合にはよく表れていたように思います。

延長後半3分、日本の決勝点の場面。中盤でボールを受けた岩渕が澤に渡し、澤は「願いを込めた」ボールを裏へと走る丸山へ。丸山はここで起死回生のゴールを奪い取るのですが、驚くべきは味方のフォロー。丸山が右サイドからシュートを放った際、スタメンで出場し、前線でボールを追いかけ回していた安藤はエリア中央へ突入。さらに、逆サイドには宮間が走り込み、跳ね返されてもすぐさま押し込める位置へ。重い足取りでジョギングをするドイツ守備陣は、3人の誰も捕まえられませんでした。

「願いを込めた」ボール。「願いを込めた」ゴール。「願いを込めた」サポート。クリアのとき、パスでつないだとき、ポストでこらえたとき、ドリブルで駆け上がるとき、少しずつなでしこたちが込めた願い。それはサッカーの神様への祈りではなく、信じ合う仲間への「頼むぞ!」という願い。心で響くその叫びは、ドイツサポーター2万人の声をも上回るものだったのかもしれません。「絶対にドイツが勝つべきだ」というスタジアムの空気すら、なでしこは跳ね返してしまったのですから…。

ということで、歴史を作ったなでしこたちの雄姿と、試合後の若干の肩透かしについて、女子ワールドカップ「日本VSドイツ戦」からチェックしていきましょう。



◆目標はあくまでも優勝!ベスト4進出で満足したりはしない!

準々決勝の舞台となったのはヴォルフスブルクのアレーパーク・アリーナ。フォルクスワーゲン・アリーナ、あるいは長谷部のホームスタジアムと言ったほうがわかりやすいでしょうか。日本のファンにもお馴染みのスタジアム。日本女子サッカーの歴史を変える大事な一戦が、勝手知ったるゲンのいい場所で行なわれる…これも日本サッカーの成長の表れなのかもしれません。

試合は前半から壮絶なプレッシャーの掛け合い。日本が激しくボールを追い回せば、ドイツも日本のDFラインに圧力を掛ける。イングランド戦では動きが鈍かった日本ですが、この日は気合漲ったキレある動き。特にあらゆる場面に顔を出す大黒柱・澤は、いつもの倍くらい動いているような錯覚を覚えるほど。

死闘を予感させるように、まず動きがあったのは前半8分。ドイツはセットプレーの際にクーリッヒが足を痛め、何とここで交代。「煮詰まった時間にフレッシュな交代選手にやられる」という王道パターンを持つ日本にとって、この時間で相手のカードが一枚減るのは悪い話ではありません。

その後もたびたびセットプレーから日本ゴールに肉薄するドイツ。10分、13分、15分と危ない場面がつづきますが、ここは熊谷らが身体を張って日本は耐える。逆に日本も15分に阪口、20分に宮間がシュートを放つなど反撃を試み、30分には相手のミスから永里が決定機を迎えますが、いずれもゴールは奪えず。ドイツにもシュートミスが目立ち、前半は0-0のまま終了。

↓永里のシュートは惜しくもゴール左に外れる!


チャンスは作れてるぞ!

あとは決めるだけだ!







後半頭から日本は永里に替えて丸山を投入。唯一ポスト役となれる永里を外して、ドリブル得意の丸山を入れた日本は、裏へ裏へとボールを送り始めます。後半20分には大野を下げて、やはりドリブル得意の岩渕を投入。高さと体格で上回るドイツ、スピードと技術で上回る日本。その構図がより鮮明になり、疲労もあってか両ゴール前を往復するような展開が増加。攻防も激しさを増していきます。

そして、時間が経つごとに激しくなっていくサポーターの声。2万人を超える観衆が詰め掛けたスタジアムには、ドイツを後押しする大きな声。選手が交錯する場面、日本がゆったりとボールを持つ場面、ドイツ不利の判定が出た場面ではすかさず大ブーイングが起こります。

開催国で優勝候補。絶対に負けられない、負けてはいけない、勝つべきだという空気。テレビ中継などで見守る世界の多くの視聴者も「まぁドイツだろう」と考えており、日本のファンは結構な割合で寝ているとあって、いやーな雰囲気も漂います。実際、何度となく危ない場面が訪れ、「いつもどおり負けるのかな?」と思う瞬間もありました。

しかし、粘るなでしこ。ここまで攻撃陣に比べ、やや心配な感じがあった守備陣が、ブーイングを浴びながらも身体をぶつけ、身体をねじ込み、最後の一線を越えさせません。

↓ライン上で近賀がクリアするなど、日本は首の皮一枚で耐える!


ドイツもなかなか決めないな!

こんだけ外して勝てると思うなよ!



試合は0-0のまま延長戦へ突入。両チームがどこで最後のカードを切るかにらみ合う中、日本にヒヤッする状況が。延長前半1分に澤が接触プレーで痛み、タンカで運ばれたのです。痛みに強いタイプの澤がここまで苦しむのは珍しく、抑えている場所が股間ということもあり、日本からも「ジャンプしろ」「誰か腰を叩いてやれ」「キューッと上がっちゃってるんだよ」という心配の声が上がります。

幸いにもここは大事に至らず、澤はピッチへ戻ります。まだ残る痛みから足を引きずる澤でしたが、ピッチに戻るや相手ゴール前に駆け上がりチャンスを演出。澤がいなくても大丈夫とは思いつつ、やはりこのチームは澤あってこそ。ドイツのエース・グリンクスがこの試合シュートミスを連発したのと対照的に、この日の澤は頼りがいありすぎです。

そして、試合を動かしたのはその澤でした。延長後半3分、中盤でボールを奪った日本は岩渕から澤へつなぎ、裏へ走り込んだ丸山へ浮き球のパス。本人曰く「願いを込めた」と語るパスには、今日だけでない10年いや20年分くらいの願いが乗っていたのかもしれません。フワリと落ちたボールは最高のアシストとなり、丸山がこれをダイレクトで逆サイドネットに突き刺し、日本が先制!

↓その時、歴史が動いた!願いを込めたボールは、ゴールへ!


我が家:「ウォーーーーー!」
隣の家:「(壁ドンドン!)」 ※「うるさい!寝ろ!」の意
我が家:「(壁ドンドン!)」 ※「やったな!起きろ!」の意

丸山よく決めた!いろいろあったけど、全部吹き飛んだな!






みんながひとつになったゴール。チーム全員で奪ったゴール。この1点を守りきるため、なでしこは最後の粘り。ドイツも同点とすべく、残り10分決死の猛攻。しかし、チーム全員が「ひとつ」になった日本には隠していたチカラがまだありました。ここまでの3試合、やや不安定さを見せていたGK海堀が、溜めていたチカラを吐き出すかのように好セーブを連発。さらに守備がウリの宇津木が延長後半11分から出場し、ドイツの攻撃を寸断。最後はクリア、クリア、クリア、クリア、クリア、クリアと蹴り出すばかりの日本でしたが、ついにゴールを守りきったのです。

↓120分の死闘、痺れる激闘は耐えて凌いだなでしこJAPANが勝利!


ヒヤヒヤで寿命が縮んで、喜びで寿命が延びたわ!

どうでもいいけど解説のハワイさんが「カッターーーー」ハシャギすぎでワロタwww





死闘を物語るように崩れ落ちるドイツ選手たち。そして涙を流しながら、彼女たちに手を差し伸べるなでしこたち。常に大きな壁となり、北京五輪でも3位決定戦で敗れた因縁の相手・ドイツからの初勝利。試合後の両者には勝った負けたを越えた、互いへの敬意が感じられました。この日を夢に見て、長くチームを牽引してきた澤の目にも光るものが浮かびます。涙はすべてを美しく見せる…そんな名場面です。

試合後のインタビュー。殊勲のゴールをあげた丸山は「岩渕がいいボールをくれた(キリッ)」と盛大な勘違い。佐々木監督は「すごいアウェーだったが、我々は中国で慣れている(キリッ)」と根に持ってる感を表明。阪口は「試合中は、日本で応援してくれてる人がいる…ってのは考えませんでした(キリッ)」と僕らの感動を肩透かしで抑えます。

そう、本当に喜ぶのはまだ先。これだけの激闘、これだけの快挙のあとでも、彼女たちは「優勝を目指す」と、さらに上を見据えています。2連覇中のドイツを破った世界ランク4位の強豪ならば、優勝を目指すのが当然。世界で見守るサッカーファンのためにも、これで満足してはいけないのです。ここで燃え尽きてはいけないのです。日本がそういう立場になったのだなぁ、という率直な嬉しさを押し殺し、僕らも優勝を目指して応援していきたいものですね。



ありがとう、お疲れさま、そしておやすみなさい、なでしこJAPAN!





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