土岐麻子(撮影:野原誠治)
 前作『TOUCH』から1年4ヶ月、5月26日に伊澤一葉(東京事変)・いしわたり淳治・奥田健介(NONA REEVES)・川口大輔・G.RINA・さかいゆう・桜井秀俊(真心ブラザーズ)・森山直太朗・渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET / THE ZOOT16)・和田 唱(TRICERATOPS)ら豪華作家陣を迎えたニューアルバム『乱反射ガール』を発売した土岐麻子。2004年1月のCymbals解散後にソロ活動を開始し、数十社にも及ぶ企業CMでの歌唱・ナレーションから“声のCM女王”との異名をもつ彼女に、『乱反射ガール』と自身の音楽活動について話を聞いた。

――今回アルバムのタイトルは何故「乱反射ガール」にしたんですか?

土岐麻子(以降、土岐): 私が音楽を創作する上での原動力になっているもののひとつは、子供の頃の原体験なんですよ。80年代の東京のイメージ。若い大人の文化や、その当時のムードへの憧れみたいなもの。すごくキラキラした世界で、物が溢れていて、豊かで元気があるという漠然としたイメージなんです。でも、ただ、ずっとそれがあまり言葉で上手く説明できなかったんですよ。「憧れていた80年代の空気感って何?」という、全体を貫く、一つにまとめたキーワードが分からなかったんです。

その時に「Yuge」という洋服のブランドのデザイナーさんと出会って。同世代なんですけど、最初はただ服が好きで、ご本人に会う前にもしかしたら自分の音楽に通ずるものがあるんじゃないか?という想いが勝手にあって。実際に会ってみたら、同じような原体験があって、同じような憧れがあって。向こうはそれを洋服に落とし込んで、私は音楽に落とし込むというだけの違い。ということで、「何か一緒に出来たらいいね」と話をしていて。その手始めになったのが、「乱反射ガール」という「Yuge」の2010年春夏コレクションなんです。元々、「乱反射」がテーマだったので、「それに沿ったようなものを」と頼まれて、「解き放て、乱反射ガール。」というキャッチフレーズを書いたんです。洋服のために作ったキャッチフレーズだけど、自分でもすごくポップな響きだなと思って。そこから広げて、「乱反射ガール」のための曲を作っても面白いなと思って。最初、アルバムタイトルにしようとは思っていなかったんですけど、曲が全部出揃って聴いてみたら、歌詞のテーマとか曲の成り立ちが、今回のアルバムを貫く一つの核になっているんじゃないかなと思い、決めました。

それで、今回そのキャッチフレーズを書いた時に、80年代の広告の本を参考にしたんですよ。それを見ていたら、なんで自分がこの時代を好きなのかがすごく明確に分かったんです。どの広告も、今の広告と全く趣が違っているといっても過言ではないぐらい、見せ方が違うんですよね。今だったら、商品の効能とか性質を分かりやすい文章で、ちゃんと簡潔にまとめたものがまずバーンと大きくあって、商品の写真なりが出ているようなものが主流だと思うんです。だけど当時の広告を見ていると、そうではなくて、すごく抽象的に捉えられるものなんですね。写真もアーティスティックで、今と対比がすごくハッキリしていて。「それは何だろう?」と思ったら、おそらく消費者の、広告を見る側のイマジネーションをとても信頼しているというか、信じている感じがしたんですよね。今だったら効能を買う時代だと思うんですけど、当時はムードを買う時代だったのかなと思って。今は景気も悪いし、あまりお金を使いたくないので、効果がハッキリしていたり、確かなものが無いと、お金を払いたくないですよね。

だけど当時は、音楽にしても、商品にしても、広告にしても、テレビ番組にしても全部、作る側も受け手側も、イマジネーションに溢れていたんだと思うんですよね。音楽も、歌詞に関して言えば、今はすごくハッキリとなされているけど、当時の歌謡曲とか、売れていた主流な曲でも、どんな感情かは明確になされていなかったり。そういう豊かさみたいなものが好きで、今も音楽をやっていることが分かったので…。すごく長くなったんですけど(笑)、今回アルバムを作る上で「そこだー!」と思って。今まで自分が憧れ続けていたものの正体がハッキリと分かったんです。