海外から来るパラアスリートや観客を受け入れる宿泊施設は圧倒的に足りていない(写真:SeanShot/iStock)

東京2020オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、競技会場の整備が着々と進んでいる。とくにバリアフリー対応のため、東京都心の駅ではホームにエレベーターを建設する工事が行われているのが目立つ。
しかし、「東京のバリアフリーは遅れている」と、パラリンピック関係者や、障害がある人の団体からは指摘されている。その1つが宿泊施設だ。国際パラリンピック委員会は、東京2020の大会組織委員会に対して、ホテルのバリアフリー対応が進んでいないことに懸念を示している。
東京パラリンピックまであと1年半。バリアフリーの整備が開催までに間に合わない懸念が払拭できない現実がある。

「チームでまとまって宿泊できるところはない」

「現状では車いすの競技の選手や監督が、試合のために東京に訪れた際、チームがまとまって宿泊できる施設はありません。バリアフリーの部屋が1つのホテルにわずかしかなく、分散して宿泊しなければならないため、ミーティングもできないのです」

これは、車いすを使ったスポーツの競技関係者から聞こえてくる声だ。東京では、来年のオリンピック・パラリンピックの開催や、外国人観光客の増加を見込んで、ここ数年ホテルの建設ラッシュが進んだ。東京都によると「毎年数千室規模で増えているとみられる」という。

しかし、バリアフリーの部屋は同じようには増えていないようだ。バリアフリーの部屋は、比較的料金が高いラグジュアリーホテルには数室あるものの、ビジネスホテルにはあまりない傾向にある。部屋を探すという面でも、料金の面でも、関係者は負担を強いられている。

バリアフリーの部屋が少ない理由は、日本のバリアフリー法に原因がある。2006年に施行された現行のバリアフリー法では、ホテルや旅館に対し、部屋、トイレ、浴室の出入り口の幅が80センチ以上で、段差がない客室を一定数設置するよう定めている。ところがその基準は「50室以上の施設に1室以上」。客室が多いホテルでも、1室あれば十分としているのだ。しかも罰則規定はない。

この現状に対して、2018年5月、パラリンピックの事前協議のために東京を訪れた国際パラリンピック委員会は、「ホテルのバリアフリーが進んでいない」と懸念を示した。さらに「バリアフリー化できる客室の数の見通しを示す必要がある」と指摘した。

この指摘を受けて、国土交通省はバリアフリー客室の基準を見直した。50室以上に客室数の1%以上(小数点以下切り上げ)の設置を義務付けたのだ。この改正法の施行は、2019年9月だ。

また東京都も、今後新築や増築する部分の床面積が1000平方メートル以上のホテルに、客室は80センチ以上、トイレや浴室は70センチ以上の出入り口を全室で確保することを義務化する条例案を作成。現在開会中の議会に提案しており、今年9月の施行を目指している。すべての客室で誰もが使いやすいユニバーサルデザイン化を目指すもので、国内では画期的とも言える。

条例施行でも、状況は変わらない?

ところが、条例が今年9月に施行されても、来年のパラリンピックまでにはほとんど状況は変わらないという見方が主流だ。

東京都ホテル旅館生活衛生同業組合は、「組合に加盟する施設は10年以上前から改修に取り組んできたので、これから改修する動きはそれほどないのでは」と、各ホテルの改修はすでに終わっているという見方だ。また現状については「客室で80センチ以上、トイレと浴室で70センチ以上の出入り口を確保できているホテルは現時点でほとんどない」と話している。

一方で、トイレや浴室の出入り口を70センチ以上とした基準自体にも疑問の声も上がっている。96の障害者団体が加盟する認定NPO法人「DPI日本会議」の今西正義顧問は、東京都が机上だけで基準を作ったとして、問題点を指摘している。

「私たちが実証実験をした結果、トイレと浴室の出入り口に75センチ以上の幅がなければ、直角に曲がって入ることができない車いすは多いと考えています。東京都の条例がモデルになって、他の地方自治体が同じ条例を作ったときに、せっかく義務化したのに結果的に使いづらい、もしくは使えない部屋がたくさんできる、ということが起きるのではないかと懸念しています」

国と東京都、どちらの見直しも、今後バリアフリーの客室を増やすという点で意味があるが、決定のタイミングは遅く、どこか中途半端だ。いずれにしても、来年のパラリンピックまでに客室が少ない状況が改善されるかといえば、疑問符がつく。

そもそも現状、東京都心にはバリアフリーの客室がどれだけあるのか。東京都、国土交通省、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部にそれぞれ聞いてみた。しかし、その数を把握している役所はなかった。

そもそも現在のバリアフリーの客室数を把握していないのに、国際パラリンピック委員会に示すべきだと指摘された、「バリアフリー化できる客室の数の見通し」などわかるはずがない。しかも、今後調査する予定はないという。

さらに、大会期間中の宿泊者の推計も存在しなかった。2020年のパラリンピックで販売されるチケットの数は230万枚。海外から来る観客向けに振り分けられるのは2割程度と見られている。しかし、車いすユーザーがどれだけ宿泊するかといった推計はなく、今後も作成する予定はないという。

ちなみに、オリンピックのチケット販売数は780万枚。オリンピックにも、車いすユーザーの観客は当然訪れるだろう。東京都はオリンピックの期間中よりもパラリンピック期間中の方が車いすユーザーの宿泊客は少ないのではないか、と話しているがその根拠は不明だ。いずれにせよバリアフリー客室は足りない。

選手が宿泊する選手村は7000室以上が車いすに対応しているので、パラリンピック期間中の方が車いす対応の客室は少なくて済むと考えているのかもしれないが、各国から関係者も大勢来る。見通しが甘いと言われても仕方がないのではないだろうか。

後手に回った宿泊施設の用意

東京都は条例によって、東京都内のバリアフリー客室は飛躍的に増え、来年のパラリンピックまでにも効果が期待されると話す。一方、国土交通省はバリアフリー法の改正は、パラリンピックのレガシー(遺産)として考えているという。

しかし、現状の数字が分からなければ、オリンピック・パラリンピックまでにどれだけ増やせばいいかもわからない。こんな状況で、本当に世界中から来るパラ・アスリートや、車いすを必要とする観客らを受け入れることができるのだろうか。

それにしても、東京都内ではパラリンピックの競技会場や、パラ・スポーツ専用の体育館「日本財団パラアリーナ」の建設が進められているのに、宿泊できる場所が用意されていないのは、対策が後手に回ったためと言わざるをえない。

海外のホテルはバリアフリーになっていなくても、出入り口や浴室などのサイズが日本のものよりも大きいため、車いすで利用できる部屋も多い。そのため最近行われたパラリンピックで、宿泊施設は特段問題になっていない。さらに競技会場の近くには、多くの車いすユーザーがより快適に宿泊できるように、バリアフリーが整った施設もある。

筆者は2018年10月、パラリンピック発祥の地である、イギリス・バッキンガムシャー州にあるストーク・マンデビル村を取材した。ロンドンから高速道路を使って車で2時間ほどかかるこの村の、ストーク・マンデビル病院が、脊髄損傷患者のリハビリのためにスポーツを取り入れ、1952年から国際大会を開いたことが、パラリンピックの起源になっている。

病院の隣接地には、過去にパラリンピックの会場にもなったスタジアムがある。競技場、体育館、プール、ジムと、20種類以上のパラスポーツを楽しめる。障害のある人もない人も、朝早くから夜遅くまで、この施設を利用してスポーツを楽しんでいる。

当然、今でもスタジアムでは国際大会が開かれる。車いすユーザーの選手たちの多くは、同じ敷地内にある「Olympic Lodge」に宿泊できる。部屋数は50室あり、ツインルームが主体で、ダブルルームもある。


シャワー室と一体化したトイレ。車いすでも十分に動ける広さがある(筆者撮影)

ホテル内の通路幅は広く、エレベーターも、部屋も、会議室も、入り口の幅が広い。シャワー室とトイレは一体化していて、車いすで十分動き回ることが可能な広さがあり、シャワー用のいすもある。

もちろんホテル内のどこにも段差はない。設計を変えるだけで、障害のあるなしにかかわらず、誰でも快適に過ごせるホテルになるのだ。それでいて、宿泊料金はリーズナブル。残念ながら、このような宿泊施設は日本にはない。

目標値がなくてバリアフリー化が進むのか

国土交通省は、障害のある人や高齢者など、すべての人が円滑に移動できる建築設計のガイドラインを作成中で、3月10日までパブリックコメントを募集していた(ホテル又は旅館における高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準(追補版)案)。策定後、来年から全国で説明会を開催して周知を図るという。

障害者団体からも意見を聞いて、ハード面だけでなく、ソフト面の配慮も盛り込んでおり、東京都の条例同様、一般客室のユニバーサルデザイン化も示している。ただ、問題は数値目標がないこと。DPI日本会議の今西氏は「国内の客室全体の何パーセントでユニバーサルデザイン化を目指すのか目標がないと、結局は進まないのではないか」と実効性を疑問視している。

基礎となる数字もなければ、目標とする数値もない。パラリンピック開催まで1年半を切る中でこのような状態では、ホテルの改善は間に合わず、その先のレガシーもないのではないか。残された時間の中で、できるだけの対策を再考するべきだろう。